ただ、淋しいとだけ。
<王国の薔薇.3>
リンと別れてからの数ヶ月は、まるで風のように素早くあっさりと過ぎた。
いや、単に俺がぼんやりしていたからそう感じただけかもしれない。
里親になってくれたのは役職で言うなら外交官の夫婦で、育ててもらった数年―確か六、七年だった―の間にいろいろな国を渡り歩いた。
どこかの国に行って、また黄の国に戻る。
確かに頻繁に他国に出掛ける家庭は僕の存在を隠すのには打ってつけだったのだろう。
でも、もしかしたらその間定住生活をしなかったことが、家族、いやリンへの郷愁の念を強くしたのかもしれない。
珍しいものや面白いものは幾度となく目にする機会があったけれど、そういったものに心奪われることもなかった。
ここは僕の居場所じゃない。
里親になってくれた二人には失礼だけれど、心の奥ではその言葉が反響していた。
引き離されて改めて気付いた。
リンは大切だと思っていたけれど、本当は彼女に対する依存度は思っていたのより遥かに高かったのだ、と。
そして、それに気付いてからは何故だか余計に思いが強くなってしまった。
僕は孤独だった。
いくら里親が優しくても、いくらいろいろな土地を回っても、ふとした瞬間に引き離された片割れの姿が頭を過ぎる。
だから最初の一年位は、我ながらずいぶん後ろ向きで女々しい奴だったと思う。
大丈夫だと口で言いながら、やっていることは端から見れば落ち込んでいるとしか見えない行動。
気の強いリンが相手なら『はっきりしなさい!』と怒鳴り付けられていたかもしれない。正直、自分でも自分に苛立っていたし。
事情を知っていたとはいえ、里親達はあの状態の僕を良く見限らないでいてくれたものだ。
―――はやく!
何度も何度も耳の中でリンの言葉が響く。
リンはあんなに泣き虫なのに意地っ張りで、本当の気持ちをなかなか口に出せない子なんだ。
だから僕が側にいてリンを支えてあげないといけないのに。
誰かが側で支えていなければ、彼女はきっと折れてしまう。
それをみすみす許すだなんて以っての外だ。
でも、空回って焦るのは心だけ。
―――僕が何を出来るというんだろう。
そう考えてはじめて、僕は自分の立場に気付いた。
僕は「王族」じゃない。
ただの国民は、簡単にリン王女と会うことさえ出来ない。
ましてや、支える云々だなんて失笑ものだ。
―――そんな・・・!
それでも時間とは凄いもので、やがて僕は段々明るさを取り戻して来た。
ではきちんと記憶と感情に折り合いを付けられたのか―――というと、答えはNOだ。
心に「戻りたい」という渇望を抱えた状況が普通になってしまっただけ。決して良い状況ではない。
もちろん頭では、そうそう叶うような願いじゃないと理解している。
でも納得しきれない自分がいて、心がそっちに引きずられているのだと分かっていた。
ところが問題は、分かっているだけでは駄目だという点だ。きちんと行動に移せなくては。
何年も何年も、僕は過去の思い出に縋って生きてきた。
帰りたい。戻りたい。
戻れない時間だと分かっているからこそ思い出は綺麗なのだ、本を読んでいて出くわしたその言葉には涙すら出て来た。
リンに、会いたい。
また下らないことで喧嘩をしたい。
あの笑顔を、もう一度見たい。
そんな感情は、日を追うごとにゆっくりと高まった。
―――本当は、ふっ切ることが出来れば一番良かったはずだ。彼女とは離れなければならないんだと納得する事が出来れば。
でも僕には出来なかった。
いや、しようともしなかった。その時にはそんな選択肢は思いつきもしなかったから。
だから僕はひたすらに信じ込んでいた。
いつかはリンの所へ帰って、また側に居続けるんだ、と。
別に「片割れ」としてじゃなくていい。というかそれは流石に無理だろう。
だからどんな形であったって平気だった。
リンの側に居て、彼女を守れるのなら。
そうか。
頭の中に光が点った気がした。
リンの隣に戻る。
それを試してみる価値はあるんじゃないか?
その日から僕はいろいろな事に真剣に取り組むようになった。
いずれ彼女の側に戻ることが出来たときに力になるように、「流石に使わないよな」と思うようなものまで手広く。
そのせいで後年は自分でも驚く程技能が増えた。思った通り半分位は使わなかったけど。
里親たちが口を出してくるようなことは全くなかった。
彼等は腫れ物に触るように僕に接していた。強く言うことに躊躇いを感じているような態度は、果たして兄弟と離された僕を気遣っていたのか、命令によって預かった子供であるが故の遠慮なのか。
僕は前者だといいと思いながらも、心の底ではきっと真実は後者なんだろうと疑っていた。
『レン、最近いろんな事に熱心ね』
『出来ることはたくさんやっておきたいんです・・・もう少ししたら、王宮で働きたいので』
『・・・そう』
それで彼等は納得したようだ。
推測だけれど、こうなることはなんとなく想像がついていたんじゃないだろうか。だから心の準備は出来ていたのでは。
一つだけ、今になって申し訳なく思うことがある。
どんな理由であれ、彼等は僕に何くれとなく気を配ってくれた。
なのに僕は、彼等を一度も「親」だと呼んだことがなかったのだ。
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