◇◇◇◇
高校の卒業式をあと数日後に控えたある夜。
俺は家に帰らず、美久と二人で高架下の河川敷に座り込んでいた。
空には怪しげな雲が立ちこめていたが、そのすき間をぬうようにして明るい月光が降り注いでいた。
「……」
「……」
お互い黙ったまま、もう数時間が経過している。単純に寒いし眠たいというのもあったのだが、もちろんそれだけではなかった。
いつまでも続くと思っていたこの高校生活が、あと数日で終わろうとしている。それがどういうことなのか、俺たちは未だによくわかっていなかったのだ。
大学になど行く気はなかった。そもそも受験なんざ受けてもいないし浪人なんてする気はなかった。挙句に就職活動らしきものもしていないので、とりあえずは二人ともフリーターになるかニートになるかの二択だった。美久の好きな、究極の二択ってやつだ。
しかし、そのどちらもまったくと言っていいほど現実感がなかった。四月を過ぎてもまた、行きたくもない学校に行き、いつものグループでつるんでいるような気がしているのだ。もう、そんなことできやしないのに。
ため息をついて、隣に座る美久を見る。
月明かりが、彼女の横顔を照らし出していた。いつかと同じ、真剣なまなざしで向こうを見ている。
彼女ほほには、一筋の涙の跡があった。
それをからかう気には、ならなかった。
綺麗だな、などと考えていたら、彼女は突然はじかれたようにこっちを向く。
「なっ……。バカ、こっち見んな!」
「んだよ。照れてんのか?」
月明かりのせいで、美久の顔が赤くなるのがわかってしまった。慌ててほほをぬぐうと、顔を隠すようにうずくまる。
「……化粧が服につくぞ」
「死ね! お前なんか死んでしまえ! むしろあたしが死にそうだ……」
「何なんだよ……」
こいつの思考回路はよくわからないが、涙を見られたのがよほど恥ずかしかったらしい。
俺はため息をついて、美久の頭をポンポンと叩く。
「まぁ……なんだ。卒業したって会えないわけじゃないしな」
俺の言葉に顔をがばっとはね上げて、顔を真っ赤にしたまままじまじと俺をのぞき込んできた。
「な……なんだよ。俺、そんな変なこと言ったか?」
動揺する俺に、美久は妙に嬉しそうな顔をして「別にー」と言った。
この時初めて、俺は美久も女の子なんだなと思ったのだ。それまではずっと男友達とたいして変わらない感じだったのに、この最後の最後になって。
「あ、雨」
美久の声に、俺は高架の外を見やる。
いつの間にか月はかげってしまい、ぽつぽつと雨が降り出していた。
「げ。傘なんてねーよ」
「あたしも」
雨はすぐに本降りになってしまった。さっきまで月が光り輝いていたとは思えない降りかただった。
「朝には止んでっかなぁ」
「えっ! あんたここで夜明かすつもり?」
ぎょっとする美久に、むしろ俺がぎょっとした。
「この雨の中、外に出るつもりなのかよ」
「だってここ、寒いし。雨とか降ったらもっと寒くなるだろ!」
「濡れた時の寒さはそんなもんとは比較にならねーぞ」
美久は立ち上がってのびをする。泣いたせいか服の袖でぬぐったせいか、化粧は少しくずれていた。
「そんなのシャワーでも浴びれば平気だ!」
「どこにそんなもんがあるんだよ」
俺はあきれ気味につっこむ。
「む、向こうに……ホテルが」
美久には珍しく恥ずかしそうに、遠くを指さしながらそう言う。彼女の指差す先にあるのは、グループ内でも時々話題にする、ここらへんには一件しかないラブホだった。
「お前と? それは無いわ」
「死ね!」
思わず口をついて出てしまったセリフのせいで、思い切り殴られた。結構痛かった。本気で殴ったのかもしれない。
「てめーなんかこうだ!」
美久はそう叫びながら、俺の腕をとってひっぱる。
何をするのかと思えば、そのまま勢いをつけて俺を高架下の外へと――。
「うわっ! 待てお前、それは無い。それはねーよ!」
俺の悲鳴もむなしく、勢いを殺せずに雨の中に飛び出してしまう。無理矢理ひっぱられたせいでバランスをくずし、俺はよろめいて濡れた地面に尻餅をついた。
「てめー……」
当の美久は、うまいこと高架下に隠れてほとんど濡れていないままだった。びしょ濡れになった俺を見て、大爆笑している。その様子に、俺はキレた。
「あははははっ! びしょびしょになってやがんの! あーおっかしい。これで選択肢はもう一個しか――」
「……その前に、てめーもびしょ濡れになりやがれ!」
濡れてしまうと、何か色々とどうでもよくなってしまうものだ。
俺は立ち上がると、美久をつかんで外へと引きずりだす。
「うわ、こらやめろ!」
「何がやめろだ! ざけんな!」
美久は雨に打たれてギャーギャーと騒いだが、自業自得、もとい因果応報ってやつだ。……どっちも微妙に違う気がするが。
「てめーのせいでびしょ濡れじゃねーか!」
美久が叫ぶ。完全にやつあたりとしか思えなかったが、その台詞の割に、彼女は笑顔だった。
「あーあ。これじゃマジでホテル行くしかねーじゃねーか」
俺のため息混じりの言葉に、美久はしてやったりと言わんばかりににやりと笑った。
「俺、金ねーからな。ちゃんと半分払えよ」
美久は目を剥く。
「はぁっ? 女の子に金出させる気?」
「そう思うんなら、俺の所持金を確認してからこーゆーことやれよな」
そう言って俺は肩をすくめる。思わず「てめーが女の子ってガラかよ」と言いそうになるのを、かろうじて思いとどまる。普段ならともかく、今そんなこと言ったら美久がキレるどころじゃ済まない気がしたからだ。
「しゃーねーなー。半分しか出さねーかんな!」
彼女も濡れてしまったら吹っ切れたのか、俺と同じでわざわざ高架下に戻ろうとはしなかった。
「むしろ無理矢理行かされるハメになった俺からすると、お前が全額払うべきな気がするんだがな……」
「あんだって?」
「んでもねーよ」
「ていっ」
何を思ったのか、美久が抱きついてきた。
「おまっ……。やめろ!」
「なーに女の子に抱きつかれてあわててんの? 意外にウブだねぇ」
「てめーが女の子ってガラか!」
ガスッ。
とうとう我慢できずに言ってしまった。
そしたら、抱きつかれたまま頭突きが飛んできた。そんなもの避けられるわけもなく、結構いい音がした。
「てめぇ……」
「あー。お・ん・な・の・こ、に抱きつかれて鼻血出してる。やらしーんだ」
声のトーンが低かった。女の子をわざわざ強調して言う美久は、どう考えてもキレていた。
鼻血はどう考えても頭突きのせいだ。そしてお前は女の子ってガラじゃない。
そう思ったが、また頭突きを食らうので言わなかった。
俺は反論せずに黙って抱きつかれるままにした。
雨のせいで、体が冷える。
美久の体温を感じる。
美久の呼吸を感じる。
心臓の音を感じる。
一生忘れられないだろうな、何てバカなことを思った。
それらが、俺の脳裏に深く刻み込まれるようだった。
くしゅん。
寒さに耐えかねてくしゃみをすると、美久のそれと重なった。思わず二人で顔を見合わせて、小さく笑う。
「……シャワー浴びるんなら、さっさと行こうぜ」
恥ずかしさをごまかすようにぶっきらぼうに言うと、美久はさみしそうに「そーね」と言った。
◇◇◇◇
あの時、そうやって結局二人でラブホには行ったが、別にそーゆーことなど一切なかった。
別々にシャワーを浴びて、いつものように二人で騒いで、そのまま寝た。
彼女が本当に俺とそういう間柄になりたかったのかどうかは、結局わからずじまいだ。恋人同士になりたかったのかも、と思う半面、あいつのことだ。ただ勢いであんなことになっただけではないかとも思える。
あの頃、俺たちはお互いにまだまだガキだったし、ガキのままでいようとしていた。
大人になるつもりなんてサラサラなかった。
だが、時という名の見えない磁場は俺たちを捕らえ、確実に、一歩ずつ、勝手に大人へと仕立て上げようとしていた。高校の卒業なんて、それの最たるものだった。
高校を卒業してから、俺は働いて金を稼がなければ生きていけなくなったし、そのために地元から離れなければならなくなった。
俺と美久の二人の間にあったはずの、根拠のない絆は簡単に断ち切られ、霧散してしまった。
今の今になるまで、その絆の重要性を俺はまったくわかっちゃいなかったのだ。
◇◇◇◇
神様なんていない僕らの 中 ※2次創作
この曲はPolyphonicBranch様の「拝啓、水底より。」というCDで聞いていました。なので、当初は初音ミク曲だという事さえ知らないままでした。
今回書いている上で気をつけている事は、現在と過去とで文章の密度を変化させる事です。文章の雰囲気で現在か過去かが見分けられるようになればいいなぁ、と思います。
あと、会話の時に、今までのように余計な文章を書きすぎないよう、といったような事にも気をつけてみました。
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