その日は別にどうということのない、平凡な日だった。
暇つぶしに聞いていたラジオから、とんでもないことが流れ出すまでは。
どこかの国の大統領が泣きながら
        「非常に・・残念なことですが、本日・・
                       地球は終わります。」
そう言うまでは。
ラジオの声が全く頭に入ってこない。
窓をちらと見ると外で鳥達が三日月の方向に向かって一斉に飛んでいる。
動物の危険予知、という奴だろうか。

今やっていたゲーム機が手の中から滑り抜け、床に落ちた。
衝撃で電源ボタンが押され、画面は真っ暗になった。

まだやりかけのゲームだってある。
まだ手つかずだけど勉強もある。
まだ、やりたいことがたくさんあるのに・・・。

溢れ出した感情を抑えるため、首に掛けていたヘッドフォンを耳に当てた。
着けた瞬間、知らないアーティストの知らない曲が流れる。
知らないアーティストなのに、初めて聞いた気がしない。

「生き残りたいでしょう?」

だって、この声は自分の声だから。
訳がわからない。
それに答えるようにヘッドフォンからは声が流れてくる。
「あの丘を越えたらその意味を嫌でも知ることになるよ
                  疑わないで耳を澄ませたら20秒先まで」

走って玄関に行き、靴に足をねじ込んだ。
台所では母親がラジオの前で立ち尽くしている。


あの丘、というのは町はずれにある立ち入り禁止の丘のことだろう。
立ち入り禁止の理由を聞くと大人たちもよくわからない、という顔をする。
立ち入り禁止のところに子供は入りたがるものだが、不思議とそういう事は無かった。

街の中心の交差点では道にしゃがみ泣いている少女、怒号を上げる若い男、目を見開いている老婆、赤ん坊の泣き声など、もう老若男女は関係なかった。
車のクラクションが鳴り響き、皆一斉にテレビ局などの方向へ向かっている。
自分だけが町はずれ、あの丘へと向かう。
それまで黙っていたヘッドフォンから
「あと12分だよ」
と声がする。何が12分なんだ。世界が終わるのか。あと12分で?
足に一層力を込め、地面を蹴る。
もう終わってしまうのなら、なす術は無いけれど。
人込みを掻き分け、悲鳴を涙目になってかすめる。まるで合唱だ。
もうこんな人類賛歌はたくさんだ。しかしもう誰がどうやっても、終わることがない。
「駆け抜けろ、もうあと残り1分だ」
こうしているうちに刻々と時が過ぎていく。
もうヘッドフォンの声も聞こえない位、自分の荒い呼吸音が頭の中に響く。
丘が見える。
もう目の前だ。
なだらかな坂を駆け上がり、丘の上に立つ。
その向こうに行こうとしても、壁があって進めない。
「ッ・・は、あぁ・・・何・・これ・・ッ」
向こうで白衣を着た男が言う。
「素晴らしい」
笑いながら手を打った。
目を疑った。
向こうは何かの実験施設のようだった。
「しかしもう不必要だ」
科学者の男は爆弾のようなものを投げた。
瞬間、耳を劈く爆発音。壁に映し出された空が真っ赤に変わる。
振り向くと街だったものが燃えている。煤の黒と血の赤、炎の橙に染まっている。
ああ、今まで、箱のような世界で、生きてきたんだな。



燃え尽きる街を呆然と眺めていると耳元で声が聞こえた。

「ごめんね」


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ヘッドフォンアクター

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投稿日:2012/03/14 19:14:59

文字数:1,386文字

カテゴリ:小説

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