一ツ目*笑うこと*


六月の初夏の太陽が濡れたアスファルトを照らし反射するせいで、
街中はじめじめと蒸し暑く、少し息苦しい。

それに加えて、温暖化対策のために道に植えられた木々には、
何匹かの蝉が、まるでそれが生きる意味だと誇示するように、
力強く鳴いていた。

その声は真夏を連想させ、なぜだか暑さを倍増させる。

そんな排気ガスくさい街中を歩く人々は、大抵の人間は暑さに顔を顰め、
逆になんともないように振る舞う人間は、
額に汗を浮かべながら日陰を選んで歩く。

そんな中、汗一滴掻かずに無表情で歩く少女がいた。


 彼女は、亜麻色の細く腰まで届く程の長い美しい髪を下ろし、
生温かい夏独特の風に靡かせている。

ぱっちりと開いた茶色の瞳には、感情は一切映されておらず、
周りの景色をただ無機質に映し出しているだけだった。

彼女の瞳に感情が映されていないのは、当然のことと言えるのかもしれない。



 彼女の名前は《試作機 二〇八号》



 名前から言って分かる様に、彼女は人間ではない。

西暦二〇三〇年で最も人間に近い、最新型アンドロイドだ。

用途は、全く無いに等しい。

彼女は、今まで造られた戦闘用アンドロイドや、
メイドとしての能力が長けている訳ではない。

彼女は言語能力に長け、世界の全ての言葉を理解し、話すことが出来る。

だが、今までのアンドロイドでもそういった部分に長けた者もいた。

言うなれば、彼女は人間の中に居ても可笑しくはない程度の能力を持った、
総合的能力の高いアンドロイドなのだ。

そんな彼女を特に必要とする人間はいないだろう。

今では一家に一台アンドロイドのいる時代だ。

それも、その人間のニーズに応える専門的能力を持ったアンドロイドだ。
彼女に興味を持つ人間は少ない。

持つ人間と言えば、彼女の身身体の構造を理解した、一部の科学者のみだ。

試作機二〇八号は、生きている細胞を持った個体だ。

核と呼ばれる機械を心臓の代わりとしているが、
その他の部分は人間とほぼ同じ造りをしている。

人間と異なる部分は一つだけだ。

それは、細胞は核が壊れなければ永遠に再生し続けるという部分。

いわば、不死身の人間といったところだろうか。

 そして、今までのアンドロイドに無かった、

彼女が人間に最も近いと言われる最大の要素。

それは、彼女には感情があるということ。

茶色の瞳には無感情のようにも見えるが、

それは彼女がまだ生まれたばかりだからだ。

彼女は今、感情を手に入れるために、街中を歩くことを許されている。


「……蝉、アブラゼミ」


 ぽつり、と呟いた彼女に、急ぎ足の人々は気付くことはなく、
通り過ぎていく。

彼女の視線の先には、青々しい木々にとまり、
身動きさえせずに鳴くアブラゼミがいた。

初めて見る、人間以外の生物に好奇心が湧いたのか、
彼女は立ち止り、じっと見つめている。

「……?」

 ジジジ、と蝉の声が足元から聞こえたことに驚き、足元を見下ろした。

そこには、仰向けになってジタバタと足を動かす蝉がいた。

「……」

無言でその蝉を仰向けから直してやる。

そうすれば何処かに飛んで行くのだろうと考えていた彼女は立ち上がる。

だが、蝉は飛ぶことはせずに、風に煽られてまた仰向けになって、
ジタバタと足を動かすだけだった。

もう一度しゃがみ込み、蝉をじっと見つめる。


「…死ぬのね」


 生物には平等に訪れる死。

だが蝉の寿命は成虫になってからはたったの一週間だ。

その間に相手を見つけられなければ、子孫を残すことはかなわない。

だが、今は六月だ。

成虫になった蝉はまだ少なく、相手を見つけられる確率は低い。

「……まだ生きたいのね」

ジタバタと足を動かす蝉を、今度は眉間に皺を寄せて見つめた。

「人間はお前を疎む人が多い。それでもお前には関係ないのね」

蝉に問いかけてみたものの、勿論、蝉に言葉は通じない。

そうね、と小さく呟いて、そっと両手の上に乗せた。

そして立ち上がり、元来た道を引き返した。


 その行動の一部始終を監視する者たちがいた。

彼女の製作に関わった科学者達だ。

蝉を手にした彼女の行動を興味深げに観察し、
手に持った小さなパソコンに打ち込んでいく。

「どうやら研究所に戻るようですね」

パソコンも何も持たず、ただじっと見つめていた、
一番若く見える短髪の青年が呟いた。

彼は、若くして科学者になり、彼女を造った科学者だ。

彼の名は、藍河 壮也(あいかわ そうや)という。

彼の言葉を聞いて、科学者達も元来た道を歩き始めた。

だが、ここでも彼女からは目を離さない。

エラーを起こす可能性はほぼ無いに等しいものの、無いとは言い切れない。

彼女は壊れやすい機械なのだから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

5つの約束。

オリジナルの小説です。
結構長めになると思いますが、
最後までお付き合いいただければ幸いです><
意見やアドバイス、感想などいただければ嬉しいです!!

閲覧数:146

投稿日:2009/08/04 20:13:15

文字数:2,022文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • sugayama

    sugayama

    ご意見・ご感想

    本件のみで失礼します
    あくまで、個人的感想なので、、

    「そんな排気ガスくさい街中を歩く人々は、大抵の人間は暑さに顔を顰め、」
    [人々]と[人間]が同格なのでしょうが、主語助詞?が二つ続いてしまっているので変な感じがしました。
    「人々の大抵は、暑さに顔を顰め~」などが自然かと

    「独特の風」
    →「夏特有の風」雰囲気に合うかなと

    瞳が映すのは基本的に、その人物の外側なので、
    「感情が灯されていないようで、」とか
    感情が無い、的な表現は後に続くためにも曖昧にしたほうが良いと思いました

    「名前からわかる様に」で十分な気がしました

    「彼女は言語能力~時代だ。」まで、なんだか矛盾点があるというか、もったいない気がしました。

    蝉に関して初めてみるわりには予備知識があるなぁ、と思いました。許容範囲内ですが、文字では知っていた、やありがちですが、体内にインストールされた辞書で検索等の描写があれば自然かもです。

    私もこういう文調好きです。
    まだこのページしか読んでませんが、続編、頑張って下さい

    2009/08/06 03:09:15

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ヘルフィヨトルです^^
    よかったと思いますよ!
    ただ、最後あたりというか最後ですね。
    もう少し相手をひきつける終わり方をするべきだと思います。
    たとえば
    ―――――――――――――――――――――――――――――
    彼の言葉を聞いて、科学者達も元来た道を歩き始めた。

    だが、ここでも彼女からは目を離さない。

    エラーを起こす可能性はほぼ無いに等しいものの、無いとは言い切れない。



    彼女は壊れやすい機械なのだから。

    ―――――――――――――――――――――――――――――
    こうするだけでも結構違う気がします。
    最後の一文が強調されて読者は「壊れやすいって?」と疑問を持つというか続きが楽しみになると思います。

    勝手なことを言ってすみません><

    2009/08/05 05:33:02

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