「お前らおせーよ」
 旧校舎についた時の第一声はそれだった。
 九重翔〈ここのえ かける〉。赤い髪に蒼と紫のオッドアイ。学ランの前は全開で、中には指定のシャツではなくカラーTシャツという、どう見ても真面目には見えそうもないこの男。これでも生徒会役員だ。
「あぁ、悪い・・・もしかして」
「もう、先に来てんぞ、あの子」
 翔の後ろからもう一つ同じ顔が出てくる。
 九重健〈ここのえ たける〉。翔の双子の弟。オッドアイである目の色だけが左右逆だがそれ以外は同じ見た目、同じ格好をしている。この男も生徒会役員だ。
「じゃぁ、待たせるのも悪いし行こうか・・・。で、四ツ谷は?」
 見当たらないもう一人について聞くと双子が同時にため息を吐いた。
「もう、とっくに来てる。あと、あの依頼人の子を気づかれない位置から見てもらってる」
「一番いなきゃいけないお前らが一番最後だったんだよ」
「悪かったって・・・」
 これ以上、双子の機嫌を損ないたくはないので依頼人のところに向かうために昇降口へと向かう。
 唯一使われているのは部活棟だけだが、生徒棟とは渡り廊下でつながっている。
 上履きを持たない俺たちはそのまま土足で上がることを許可されている。そのため、廊下は砂埃〈すなぼこり〉で黒く汚れている。
 階段を上ると三階の踊り場に隠れるように四ツ谷がいた。
「ずいぶんと重役出勤ですよねぇ会長さん?」
明らかに嫌味が込められているが今回ばかりは俺が悪い。
「悪かったって。で、依頼人の子は?」
「あそこです」
 四ツ谷が指差した方を覗くと生徒会室の前で壁に寄りかかっている少女が見える。
「で、どうします?」
 四ツ谷の問いに少し考える。
 今までは依頼人より先に来ていたので、依頼人が先に来てしまうこのパターンは初めてだ。
 生徒会室という限られた空間だけで接触したかったのだが、今回は仕方がない。
(原因は俺だからなぁ)
「先に、俺と柳であの子と生徒会室に入るから、後はいつもと同じで」
「今回は、それで行きましょう」
 満面の笑みで返してくる四ツ谷は怖い。〝今回〟の部分をやたら強調してきたことから次回はないらしい。
「柳」
「うん」
 踊り場から生徒会室のほうに向かって歩き出す。それに気が付いた少女が顔を上げ、目を見開いた。
「どうしたんだ?こんなところで」
 とりあえず、先手を打ち、会話の主導権を握る。この開〈ひら〉けた空間で長話はしたくない。
「や、八木沢先輩こそ、なんでここに?」
「生徒会室に古い資料を取りに来たんだけど・・・君は?」
 もう一度、聞き返すと何度か口を開いたり閉じたりしていたが最終的には小さな声を出した。
「メビウスを待ってたんです」
「メビウスって?」
 俺は、わからないフリをして少女に問いかける。
「この学校にある裏サイトの掲示板に消したい過去と〝∞〟の記号を打ち込めばメビウスがそれを消してくれるって言う噂で、指定された場所がここだったんです」
 そう、メビウスの活動は依頼人の記憶を消すことだ。俺の能力記憶操作〈メモリーコントロール〉によって。正確には、消すのではなく改竄するのだが、その違いは依頼人本人にはわからない。
 依頼された記憶が消されてしまえば、辻褄〈つじつま〉を合わせるために書き換えた記憶と照合することが出来ない。そのため、書き換えた記憶が自分の記憶だと認識してしまうからだ。
 少女の話を聞いて少し考えるような仕草をしてから提案をする。
「真偽はともかく、ここは一般生徒立ち入り禁止だから待つなら中にいたほうがいいんじゃないかな?それに、もう少しその話について聞きたいことがあるし」
 そこまで言って、生徒会室のドアを開ける。
「でも・・・」
「ほら早く」
 笑顔で促すと一瞬迷ってはいたが、柳に続いて少女は生徒会室に入った。
 俺は、四ツ谷たちに合図を送り、ドアを閉めた。
 ここからが本番だ。四ツ谷たちが配置についた気配を感じて口を開く。
「単刀直入に聞こう。君の忘れたい人は誰だ?」
「え・・・」
「そのためにここに来たんだろ?」
 低い声で言いながら少女と目を合わせる。
「まさか・・・」
「あぁ、俺らがメビウスだ。で、忘れたい人っていうのは誰だ?」
 逃げられないようにドアに寄りかかり再度同じ質問をする。
「もう、進君。それじゃ悪役だから」
 柳は苦笑しながら少女の手をそっと握った。
「大丈夫。私たちなら貴女を助けてあげられるから。ね、話して?」
 一瞬悩んだようだが、決心したらしい。
「三年の、星川卓〈ほしかわ すぐる〉。私の彼氏です」
(やっぱり・・・)
 内心、思わずにはいられなかった。
 メビウスの活動を始めてから一番多かった依頼内容は彼氏や彼女、恋人関係のモノがほとんどだった。
 高校生だからと言えばそれまでなのだが・・・。
「で、理由は?」
「この間、たまたま知ったことなんですけど・・・。彼は、私の兄だったんです。私たちは異母兄妹だったんです。彼の部屋に飾ってあった写真に彼と父が二人で映ってるものがあって、聞いてみたら父親だって彼が言ったんです」
 少女はそこで口を閉ざし俯いた。
「こんな、こんなことなら・・・」
 少女の足元にぽつりぽつりと染みができる。
「こんなことなら出逢わなければよかった!」 
 顔を上げた少女の瞳からは涙が溢れていた。
 その表情も、その言葉も〝あの日〟の〝アイツ〟に重なって見えた。
 だからなのか、何とかしてやりたいと思ってしまった。けれど今回は〝あの日〟とは状況が違う。
「それで、どうして欲しい?」
「私の中から彼の全てを消してください。彼と出会う前に戻してください」
 少女の声はとても弱かった。
 泣き崩れるように床に座り込んだ少女を柳が抱きしめる。
「そっか、辛かったね」
 彼女はそのまま、少女が泣き止むまで頭を撫でていた。

「じゃぁ、始めるぞ」
「お願いします」
 目の端に残る涙を拭いながら少女は立ち上がる。
 柳に目で合図を送ると一つ頷き目を閉じた。
 次の瞬間、生徒会室という空間に色が付く。薄い緑のセロファンが蛍光灯の光を染めるような色。
 柳の能力性能強化〈エンハンサー〉だ。特定の範囲にいる能力者の能力の性能を上げる力。
「なに、これ・・・」
 驚く少女をそのままに俺は仕事に取り掛かる。
 少女の肩に手を置き能力を発動させる。
 青い強烈な光と共に目の前に大きな扉が現れる。その扉を押し開ければまぶしい光の中に吸い込まれる。
 身体の浮遊感がなくなった時にはもうソコについている。俺だけの俺にしか入れない空間。
 前を見ても後ろを見てもどこまでも続く本棚。その中には綺麗に本が詰められている。此処は記憶の書庫。
 今、俺は精神体であり、人の記憶に関わるところにいる。この空間にある本一冊一冊に記憶が記録されている。
 そして、目の前にある本棚が依頼人の少女の記憶の本棚だ。
 右手を翳〈かざ〉し、星川卓に関係する書物を検索すると数冊の本が本棚から抜かれる。その本のページを順番にめくっていくと、触れた部分の内容が映像になって脳に直接映し出される。
 最初のページは、少女の入学式だった。特殊な作りの校舎の中で迷い、式場までの道を案内してくれたのが星川卓だった。既に、このとき少女は恋に落ちていたらしい。頬を染めながら式場に向かう少女はまだ、恋に恋する女の子という感じだった。
 次のページは、球技大会だった。ミニ体育祭みたいな感じで、クラスごとの縦割りチームで行われた行事だったが、どうやら星川卓と二人でサボっていたらしい。中庭の桜の木の下で仲良く昼寝をしる二人の手は重なっていた。
 そのあとは、夏休みに二人で出かけたり、文化祭で一緒にフォークダンスを踊ったり、クリスマスに告白して、バレンタインにチョコが原因で小さな喧嘩をしたり。
(幸せそうだな・・・)
 この一年と数か月の少女が幸せだった記録が記されていた。
 今からこの記録すべてを改竄する。二度と少女がこの記録にたどり着けないように。
 俺には、制限がある。相手に触れていること。対象が単体であること。改竄できるのは記憶だけだということ。自分自身には使えないということ。しかし、これは俺一人だけでの話だ。
 柳の能力を使えばある程度までは可能になる。
 今、生徒会室の中全体が性能強化〈エンハンサー〉の効果範囲だ。その中に俺の肉体があり、能力を使っている状態だ。この状態ならば、相手に触れていなくても複数人に能力を使用でき、限られた範囲ではあるが実際に起こってしまったことすらも改竄できるようになる。
 厳密にいえば、どんなに性能を強化しても必ず一人には触れていないといけないことに変わりはない。しかし、唯一触れている少女の記憶を基に、同じ記憶を共有する〝モノ〟とリンクさせることで、触れていない複数の〝モノ〟を対象にすることが出来る。
 この〝モノ〟というのは生物だけではない。写真やメールなど、生きていないものにも記憶という名の〝記録〟が宿る。
 例えば、写真は一瞬を切り取って記録したものだ。それを、≪写真を撮らなかった≫という風に改竄すればその写真は存在しなくなる。結果的に実際に起こった出来事がなかったことになる。ということだ。
 今回は、星川卓と少女が関わっていたことを知るすべてのモノをリンクさせ改竄する。思い出を何一つ残さないように。
 少女の記憶が記された本に力を注ぎ、リンクさせる。
 蜘蛛の糸のように細い青白い光が空間を駆け巡り次々と記憶を繋いでいく。光が少女の本に戻って来た時が、少女の最期だ。
 一度改竄してしまえば、もう二度と思い出すことはない。次に会う時は、もう俺たちの知っている少女ではなくなっている。
〝少女〟が〝少女〟で在るために生まれた星川卓との物語。それを無くした〝少女〟は全くの別人だ。
(それを望んだのはあの子だ)
 少しでも罪悪感を減らすためにそう思ってしまう。なんたって俺はこれから少女を、いや、少女と星川卓を含めた関係者全員を別人に創り返るのだから・・・。
 少女の本に右手を翳すと、まるでゲームのメニュー画面のような表示が現れる。
 他人から見たら象形文字のように見えるモノの中から改竄と消去のコマンドを選ぶと、入力画面が現れる。あとは、頭の中でイメージするだけで入力することが出来る。
『入学式の日、そもそも少女は迷子にならなかった。だから、誰にも会わずに式場に向かった』
『球技大会、少女はサボらずに自分のクラスを応援していた。桜の木の下でサボっていたのは星川卓だけだがそれを少女は知らない』
 という感じで、触れている本から見える記憶の映像を基に矛盾が生じないように次々と改竄していく。
 その間は、何も考えないようにしている。淡々と作業をこなさなければこっちの心が折れてしまう。
 それでも、こんなことをしている理由は〝あの日〟俺と〝アイツ〟で決めたことだから。
 ある映像に切り替わった時、ふと作業が止まってしまった。
 少女が真実を知った日。その数時間前に、ペアリングの片割れを貰って嬉しそうに笑っていた。
 改竄に私情を挟むべきではない。けれど、あまりにも幸せそうな笑顔の少女が柳に重なって見えた。
(柳もこんな風に笑ってたな)
 それでも、このまま何もしないわけにはいかない。例え、私情を挟むことにしたとしても。
 最後の改竄が終わるとメニュー画面は消え、光の糸で繋がっていた本は一冊の本になって俺の手の中に納まった。これが、少女と星川卓に関係する全ての記録だ。
 それを持ったまま向かうのはこの空間で唯一存在する部屋だ。
 ガラス張りの部屋の中には一つの本棚がある。そのなかに収まっている本すべてが、持ち主から切り離された記憶、無かったことにされた記憶だ。ざっと数えても百冊以上は入っているだろう。
 前回入れたところの隣に今日の本を入れる。これで、俺の仕事は終わりだ。
(さて、戻るか・・・)
 眠るように目を閉じると一瞬で意識が飛んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

零の鎖 ~星の華編~ 2

自作楽曲「放課後∞メビウス」の小説版
4章構成(予定)の1章
完成後は零の鎖シリーズのCDとセットでイベントに出す予定です。

ピクシブにも同じものを投稿してます。

閲覧数:152

投稿日:2014/03/23 15:15:46

文字数:4,962文字

カテゴリ:小説

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