あの後、バンダースナッチが僕の尻尾にまとわりついて離れないわ、メアリ・アンがバンダースナッチに銃を向けようとするわ、それに怯えたバンダースナッチが尻尾を思いっきり握りしめるわ、ようやっと追いついたパールがそれを見て思いっきりバンダースナッチを睨みつけるわ、アマルがそれを見てくすくす笑っているわで、結構な時間が経過したことだけは記録しておく。
明らかに機嫌の悪いパールのナビで迷路庭園に足を踏み入れ、一時間ほど歩いた場所。
迷路が切れて、少し開けた小さな広場に、彼女等はいた。
まず、目に入るのは大きなテーブル。
そして、大量のティーセット。
所狭しと茶菓子が並べられ、山を成している。
異なる三対の眼が、こちらを見た。
一人は、少し濃い水色の眼。
黒い燕尾服に身を包み、柔らかそうな栗色の髪に黒い帽子を乗せている。
少し濃い水色に果てしない疲れのようなものを滲ませて、それでも、へらりと笑っている。
一人は、明るい翠の眼。
長く伸ばしてうなじのあたりで括った鮮やかな金髪の間から、同じく金色の兎耳が生えている。インディオのポンチョのようなものを身に纏っていた。
明るい翠色に、小さなささくれの様なものが見て取れた。
一人は、とろりとした緑の眼。
白いブラウスに茶色のジャンバースカートの彼女は、机に突っ伏している。とろりとしているのは元々の眼の色もあるのだろうが、それ以上に眠そうであった。少年のような短い黒髪の間から丸っこいネズミの耳、スカートの裾からミミズに似たネズミの尻尾がのぞいていた。
三者とも、姿は凛歌と同じくらい。
ただ、ほんの少しだけ幼いというか若い印象だけがあった。
「やあやあ・・・ようやっと来たね。」
やる気のない口調で、帽子の彼女・・・たぶん、『帽子屋』が口を開く。
「諦めるのには慣れたが・・・もう少しで待つことを諦めるところだったよ。掛けるといい。お茶をどう?」
『帽子屋』が、片手でとぽとぽとカップに茶を注ぐ。
一つを僕の方に押しやり、もう一杯を注いで自ら口をつけた。
「わたしばかりが喋りですまないね。なにせ、『三月兎』は無口だし、『眠りネズミ』はあの通りだ。他の皆々様も座って、休むといい。なに、ここにある茶や菓子はいずれも最高級品だが遠慮することはない。おっと、そのポットは割ってくれるなよ?高いんだ。」
物珍しげに手を伸ばしたバンダースナッチが、びくりと手を引っ込める。
その隣で、アマルがクッキーをかじりだした。
パールが席に着き、メアリ・アンがそのカップに茶を注ぐ。
「ここでわたしに与えられた役割は三つ。ひとつは、君にこれを渡すこと。」
『帽子屋』が、頭の帽子を持ち上げ、僕に差し出す。
受け取って見てみても、それはただの帽子にしか見えない。
「『虚帽子(うろぼうし)』、という。『帽子屋』に与えられた能力でね。その帽子にはあらゆるものを収納し、取り出すことができる。昔、象が踏んでも壊れない筆入れなんてものが流行ったらしいが、それは象でも収納できる帽子だぞ。」
ためしに、近くにある椅子の足を、帽子の中に突っ込んでみる。
それは手ごたえもなく、明らかに帽子の高さを超える長さを収納し・・・帽子だけが、残った。
帽子に手を突っ込んで手探りすると、硬いものに触れる。
引っ張り出すと、先ほどの椅子だった。
『帽子屋』が、満足げに頷いた。
「ふたつめは、『三月兎』と『眠りネズミ』を君に引き合わせ、ついでに作戦会議の場を与えること。この『イカレタお茶会(マッド・ティーパーティー)』は、それだけのために用意された舞台だ。『白兎』、君は急ぐあまりに、わたし達『欠片』に与えられた能力のことも、ろくすっぽ説明していないようだね?彼が驚いている。」
「・・・・・・アマルが急かすから。説明しようとした時に帯人が耳引っ張ったし。それにそれに、帯人はそこのケダモノに構いっきりでボクに構ってくれないし。」
パールの機嫌が急降下。
空気がひんやりと冷たい。
「流石は『白兎』、とでも言うべきなのだろうけれど、それではいけないだろう?わたしが安心して諦めていられなくなる。この際だから、わたしの口から説明してしまおうか。帯人、わたし達『欠片』は、月隠 凛歌が書いた小説通りの能力が与えられている。」
白手袋に包まれた手が、パールを指す。
「『白兎』には、『ラビット・フット』。彼女単体ならばこの世界のどこへだって、一瞬で行ける。無生物なら一緒に持って行けるらしい。」
その手が、パールの傍らに控えるメアリ・アンに。
「『ハンプティ・ダンプティ』の能力は、もう目の当たりにしているようだね。彼女は、『孵化』。みっつの役に文字通り『孵る』ことができる。」
続いて、バンダースナッチ。
「『バンダースナッチ』には、『留め難し時』。彼女を拘束しても、絶対に留め置くことができない。いつの間にかいなくなってしまう。」
手をおろし、実に美味そうに茶をすする『帽子屋』。
「君たちは、自分で自己紹介でもしなさい。喋れない訳じゃあるまいし。いい加減疲れた。お茶が飲みたい。」
それきり、『帽子屋』は何も語らない。
ただ至福の笑みでもって茶をすするのみ。
天使が列を成して通り過ぎられるくらいの、かなり長い沈黙が横たわる。
「・・・・・・『三月兎』。能力は『三月の行軍歌(マーチ・マーチ)』。呼び名はそれこそ、『マーチ』とでも。」
言葉少なに沈黙を破ったのは、金色の兎耳を生やした『三月兎』だった。
続いて、『眠りネズミ』が首だけを起こし、とろりとした目でこちらを見る。
「『眠りネズミ』・・・『平等なる眠り』・・・・・・『フルム』・・・。」
ぱたり、と再び突っ伏す。
眠気に負けたらしい。
フルム、とはアマルと同じくアラビア語で『夢』という意味だったはずだ。
「・・・・・・まあ、二人にしては良くやった方かな?ギリギリ及第点をあげよう。補足するとだね、『マーチ』は『異端者の歪んだ矜持』、『フルム』は『現実からの逃避願望』だ。」
わずかに濃い水色が、虚空を眺めている。
「あなたは、『帽子屋』は、『何』?」
尋ねる僕に、水色が向けられる。
その奥の、深淵。
「わたしは、『諦念』。諦めだ。礼を言うよ、帯人。わたし達は、月隠 凛歌が君に出会ったおかげで、これ以上育たずにすむ。君に出会ったその時点で、わたし達は成長を止めているんだ。」
どうりで。
だから、彼女等からほんの少しの幼さが垣間見れたのだ。
アマルとは逆の理由で、彼女等は少し幼かった。
「さて、みっつめの役割だ。」
差し出されたその手が、ほどけた。
糸のようにほどけて、虚空に消えていく。
「わたしの中の『欠片』を渡す。諦念たるわたしは、あまり役には立たないものでね。それに、君らについて行ったら、諦めることができないじゃないか。」
冗談のように笑って・・・その笑みがほどけて消えた。
『帽子屋』の消失はあまりにもあっけなく、椅子の上には鏡の欠片のみが残された。
鏡に手を伸ばす、触れる。
『違う』
熱いものにでも触れたような気がして、慌てて手を離す。
やがて、それが流れ込んできた感覚のせいだと悟って再び手を伸ばした。
『違う。私は、違う。』
『異端。人には、なれない。』
『誰も、私が私でいることを認めてくれない。』
『私は私ではいられない』
『異端はなにも許されない』
『それでも私は人にはなれない』
『諦め』
『諦め』
『諦め』
『全て』
『諦め』
握りしめる、鏡の欠片。
わずかに掌が切れて、ジンと痛んだ。
「帽子屋は、死んだわけじゃあないわ。ただ、その姿が不活性化しただけ。」
傍らにきた、アマルが言う。
「彼女は、凛歌の一部なのだもの。凛歌に返せば、その中にいるわ。」
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 21 『Teaparty arrabbiato』
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章21話、『Teaparty arrabbiato(テパーティ・アッラッビアート)』をお送りいたしました。
副題は英訳すると『Mad Teaparty』。
『イカレタお茶会』です。
お茶会メンバーと合流。
帽子屋は自ら消失いたしました。
相変わらず帯人のセリフが少なくてごめんなさい。
だって、殆どが帯人の一人称だから、セリフにする必要性が少ないんだもの・・・(←超言い訳)。
そして更新滞ってごめんなさい。
いや、体調崩しちゃいまして。
ともあれ、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。
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