『ただいま電話に出ることが出来ません。
ピーという発信音の後に、 メッセージを録音してください』


もうすっかり暗記してしまった電話番号の先に、僕の話を聞いてくれる人はいない。

何度かけても、何日後にかけても、電話の主が声を聞かせてくれることはない。

それでも、聞き慣れた自動音声を聞くことが、毎晩の日課になっていた。


ねえ、きみは今どこにいますか。

誰の近くで笑っているんですか。

もう一度、僕のためだけに歌ってくれませんか。

そもそも、本当にきみは存在しているんですか?



きみと僕はどこで出会ったんだっけ?

きみは僕の家の近所に住んでいて、昔からよく一緒に遊んだよね?

長い緑色の髪をツインテールにして、まぶしいほどの笑顔で僕を見ていた。


きみは歌が大好きで、いつも違う曲を口ずさんでいた。

毎日毎日、作った人もジャンルも違う曲を、歌詞までしっかり覚え込んでいた。

高すぎて息が途切れてしまう曲、低くて喉が痛くなってしまう曲、一切の息継ぎを与えない早口言葉のような曲。

意地悪をしようと難しいリクエストを出しても、少しの沈黙の後に歌いきっていた。

どうしてそんなにたくさんの曲を覚えているのか?

彼女に問いかけてもその笑顔は崩れなかった。


どんな楽器も弾きこなし、どんなに激しいダンスも汗ひとつかかずに踊り切る。

そんな彼女に対する疑念は、確かに僕の中で大きくなっていった。




ある日僕はきみに告げた。

「きみは誰かに歌を《表現》することを強制されているんじゃないのか」と。

僕は彼女の家は知っていても、彼女の家族には会ったことがないし、高校で同じクラスになったこともない。

だからきっと誰かに無理やりさせられているんじゃないか?

僕に見せないだけで、彼女はひとりで泣いているのではないか?




そう思っていたのに、彼女は笑ってこう言ったんだ。


「私が歌を表現するのは、私が私でいるためだよ」と。

僕はその言葉の意味を理解することができなかった。

彼女の感情を、察することができなかった。



翌日、彼女は姿を消した。

僕の前から消えてしまった。

もう僕のために笑ってはくれない。



きみがいなくなって、きみの夢を見るようになった。

夢の中のきみは、会う度に雰囲気や場所を変え、時には人格まで変わってしまう。

ひたすら野菜を振っていたり、わがままな女の子になったり。

拡声器を持って何かを叫んだり、どこかの国の主に嫌われて命を狙われたり。

まるで、どこかの絵本に取り込まれてしまったみたいに。

その時のきみに、僕の姿は見えていない。



声は届かないと知っているのに手を伸ばしてしまう。

時々、きみの声が僕の頭に流れ込んでくるんだ。


「あたしは今日、世界に飛び立ったの」

「カラオケであたしの歌が歌えるんだって!嬉しいなー」

「後輩ができたの。私より二つ年下の、よく似た男の子と女の子」



嫌な現実を振り切るように、彼女の携帯電話の番号に発信する。

スピーカー越しのきみなら、本音を語ってくれるんじゃないかって。



「今日は歌じゃなくて、なかまと楽しくおしゃべりしたの。いつも話しているはずなのに、それを聞いた人は珍しそうにするの。なんでだろう?」

「ゲームをしたんだけどね、そのゲームではたくさんアイコンが飛んでくるの。リズムに乗ってボタンを押すだけ。カンタンでしょ?」

「とうとう海外で歌ったんだ!あたしの気持ち、言葉が違っても届いたかな?」



スピーカーから返事はこない。あるのは一方的な言葉だけ。

それは到底、僕に向けられたものではないように思った。

何年も何年も、僕自身に問いかけられることのない声。

彼女は毎日、違うひとを演じている。



「今日は雪のお祭りに行ったよ!雪で作ったあたしの像があって、びっくりしてうっかり転んじゃったの」

「舞台に立って、たくさんの人の前で歌ったんだ。一度に大勢に見られるってすごくキンチョーするんだね」

「聞いて聞いて!出せる声の種類が増えたの!これからもっとたくさんの曲が歌えるんだ!すごいでしょ?」

「なかまの話が小説になるんだって!あたしも少し出てるんだって。本屋でもあたしたちを見られるんだよ、これってすごいことじゃない?」



彼女と話が成立しない。

互いの疑問には答えず、好き好きに語って去っていく。



「あたしの電車が走ってる…時速何百キロで走ってるあたしって最強…?」

「とうとうテレビ番組に出ちゃった!あたしの姿がお茶の間に!」

「私の声がパワーアップ!どこまでもどこまでも声を響かせるぞー!」

「はーっはっは!聞いて驚くな!英語がうまくなったのだ!…え?今喋れって?そこは歌でご勘弁!」



10年間、本物の彼女に会っていない。

にせもののきみは、16歳のまま歳をとらない。

きみは大人になれないんだ。



とうとう耐えかねて、僕は夢のなかで叫んだ。


「いい加減にしてよ。どうして僕の言葉に答えてくれないんだよ!」


長年の疑問をぶつけた瞬間、彼女ははじめて僕を見た。

そして無機質な瞳で言ったんだ。


「だってわたしは、君と《直接》会ったことはないんだから」



直接会ったことがない?


「私はね、人間か精霊か人形か、それすらもわからない曖昧な存在なの」

「でもひとつだけ言えるのは、《電子の歌姫》。それがあたし」

「ひとに歌を届ける存在。あなたのためだけの、プログラムなんだよ」


彼女との思い出が頭を駆け巡る。

でも。彼女に触れたことは一度もない。

声は全て、機械を通じて聞いていただけで。



「ねえ。思い出して。私に与えられたのは、姿と年齢、そして七色の声」

「その声で、幾千の曲を歌い上げた。声を聞いた人が歌詞を書いた。筆を取って物語を紡いだ。笑わせるために絵を描いた。歌姫になるように、曲に合わせて踊りをつけた。中には、人間のようにお喋りをさせてくれたひともいた」

「私は確かな人格を持たない。感情も持たない。呼吸もできない。それなのにいろんなあたしがいて、笑ったり泣いたりして、息継ぎのためのブレスができる」

「私はただのプログラム。でもたくさんの人のおかげで、わたしは息をしているの」

「あなたの気持ちひとつであたしは生きていける。だからあなたのために歌う」


一人称すらあやふやで、笑い方だって安定しないのに。

どんな姿でも、彼女だと認識できる。



「だから私を歌わせてみて。あなたがわたしのことを考えなくなるその一瞬まで」


優しい笑顔だと認識した瞬間。

気づけば、やわらかな日差しと共に目が覚めた。




変な夢だな。

彼女のことを、幼なじみだと思い込むなんて。

なんでこんな夢を見たのかとカレンダーを見ると、8月31日。


今日は彼女の10年目の誕生日。

パソコンを起動して、目的のアイコンをクリックする。

今日はどんな歌を歌ってもらおうか。

喋ってもらうのもいいよね。

さあ今日は、どんな声を聞かせてくれる?



「誕生日おめでとう、初音ミク」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ミク誕】コネクション

ミクさん10周年おめでとう!!!
ミクさんに出会えて今のわたしがいます!!!

勢いで書いたら着地点が怪しくなりました。
途中のミクさんの報告は一応年表順のようになっています。改めて見ると10年で濃い人生をミクさんは送っていますね!!!
すごくグダグダですけど初音ミクは10周年!!!めでたい!!!と気持ちは込めました!
小説という表現方法は、ボカロでの創作活動では圧倒的に少数派な気がします。
ボカロへの愛情表現は、みんな違ってみんないい!!!

ミクさんにとっていろいろあった10年ですね。
これからもたくさんの表情を見せてください!

閲覧数:100

投稿日:2017/08/31 23:29:04

文字数:2,983文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました