―麗らかなる日和・とある喫茶にて―

「いらっしゃいませ…あら、いつもお世話になっております」
「一週間ぶりかな?お久しぶりです、流花(るか)くん」
「いつものお席ですよね?ご案内いたします」
「相変わらず律儀だよねぇ、いつもので。おしぼりは一緒に持ってきてもらえればいいから」
「あ、ありがとうございます」

 そういうと客は、大柄なをわずかに揺すりながら窓際の二人がけの小さな餐卓(てえぶる)に腰掛け、向かい側の席に鞄を置いた。大きな窓から眼下に目をやれば、青空が移りこんだ川のほとりで、数人の少年が半袖のままはしゃいでいるのが見えた。すぐそばの桜の木から持ってきたのであろう枝切れを振り回し、チャンバラか何かをして遊んでいる。あぁも腕白な格好をして遊んでいては怪我をしてしまうのでは、と客が懸念していると、案の定、遊んでいるうちに子どもの一人が転んで、擦過傷を作ってしまった。
 言わんこっちゃない、とため息をついた所で、ふと思い出す。「自分にもそんな時期があったものだ」と。離れた街で旧知の友人に出会うような懐かしさに顔を緩めたところで、先ほど声をかけてくれた給仕が盆に珈琲をのせて戻ってきた。

「桜も散ってしまって、物悲しいものですね」
「え、そ、そうでしょうか」
「はっは、流花さんにはそう見えるかい」
「えぇ、華やかな景色のほうが私は好きです。先月までは桜色に染まっていて、とても美しかった。仕事をするにもうきうきしてしまいます」
「そうかい。確かに今の景色は物足りないかもしれないね、特にあなたにとっては」
「私にとっては…ですか?」
「あぁ、要らぬ話をしてしまったね。いただくよ」
「大変失礼いたしました」
「はっは、気にすることはないよ。こちらこそ変な話をしてしまったね」
「いえ、お客様は悪くございません。私がただ口ごもってしまっただけでして…」
「まぁ、そういうことにしといておくれ。ちょっと意地悪を言いたくなったものでね」
「な、何を仰いますか!」
「これで怒られては敵わんなぁ、失礼したよ流花くん、この通りだ」
「お客様はいつも意地悪を仰られます。乙女なら充分、それに傷つきもするものです」
「はっは、歳をくうと娯楽が少なくてね。花も恥らい紅葉も青ざめるような乙女を赤くしてやるっくらいしか、楽しみがないのだよ」
「その様では、私より奥様がお赤くなられますよ」
「はっは、全く流花くんには敵わんな」
「旦那さ、あ、お客様ほどではございません」
「お気になさらず」
「失礼いたしました。つい、お客様が旦那様によく似ていらっしゃったもので、つい」
「そうか、僕に似てハイカラで聡明な殿方がいらっしゃるとはな。まことに眉唾物だがぜひ一度お会いしたいものだ」
「容姿こそお客様に瓜二つではございますが、生憎ながら旦那様はお客様ほど好色な殿方ではございませんでした。とても、真面目な方でした」
「いや、僕の見立て、いや聞き立てでは間違いなく好色な男に違いないだろう。流花くんのような美人を目の前にしては声を掛けぬほうが失礼とでも抜かすようなとんでもない色好きな奴だぞ」
「…えぇ、きっとそうでしょうね」
「はっはっは、全く以て流花くんには敵わんな」

 男は珈琲に砂糖を匙半分ほど溶かし、わずかに口に含む。苦みばしった風味と供に香ばしい香りが口の中を巡り、給仕と話していたときよりも更に顔がゆるみ、いよいよ男は饒舌になった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【一項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】

黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。

もっと見る

閲覧数:248

投稿日:2012/07/21 23:42:18

文字数:1,423文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました