学校近くのラブホテルに平気でわたしを連行しようとする七瀬くんを全力で制止して、どうせ家にはだれもいないからと言いくるめて、わたしは七瀬くんを家に引っぱっていった。わたしの両親は自営業で遅くまで帰ってこないので、家はラブホテルに入るのを友だちに目撃されるよりよっぽど無難な場所だった。七瀬くんをまっすぐ部屋に連れて行くと、とりあえずわたしは台所でお茶を入れて持っていった。「別に気ぃ遣わなくてもいいのに、なにも座談会しようとしに来たわけでもあるまいし」七瀬くんは苦笑しつつグラスに入った麦茶を立ったままぐびぐびと飲み干した。暑かったらしい。首筋を伝う汗が見えて、ちょっとどきっとした。
「…それで、どうするの」
 ベッド脇のテーブルに空のグラスを置いた七瀬くんはベッドの上にどすんとあぐらをかいた。なんだかわたしのほうが恐縮していて自分でおかしかった。でも不安なのは言うまでもない。
「そうさねえ、」七瀬くんはあくまで淡々としていた。「セオリー通りにいけば、とりあえず脱がせる」それでわたしの腕を引っぱってきて強引にブラウスのボタンを外しにかかったので、「っと、ちょっと待って」と七瀬くんの手を止めさせた。「電気、消してもいい?」
「え、セックスって目でも楽しむもんじゃないの?」
 知らないけど、と振り払う言葉は本気だった。セックスは、したい。でも見られたくはない。自分の醜い体を、七瀬くんに見られたくはない。そういうプライドがあった。
「ああもしかして、暗くなきゃイケませんみたいな?いいよ、別に」
 ややあって七瀬くんはふてくされたように言った。ちがうけど、と口の中でもごもご言いつつ、わたしは部屋の電気を消した。部屋は、カーテンの向うからわずかに差しこむ光のほかはなにも光源がなく、ほとんど視界はゼロになった。手探りでやんなきゃじゃん、とか文句を言いながらも、七瀬くんはまたわたしをぐいと引き寄せるとボタンを適格に外しはじめた。
 わたしをブラジャーとショーツだけにすると、七瀬くんは今度は自分の制服を脱ぎはじめた。ネクタイをほどく音がした。ああはじまるんだなという気がいよいよ高まって、心臓がかすかに大きく鳴りはじめた。ベルトを外す音がして、スルッというスラックスを下ろす音がして、七瀬くんが再びベッドに戻ると、心臓音は最高潮に達した。
「力、入り過ぎ」
「…ごめん」
「まあ仕方ないか。はじめてだもんな」
「…七瀬くんは、はじめてじゃないの?」
 七瀬くんがちょっとわたしの方を見た。…ような気がした。
「まあね」
 それから七瀬くんは、さてと、と軽く呟いてわたしの肩を軽く押した。すとん。わたしの体はあっけなくベッドに横倒しにされた。
「はじめるよ」
「…はい」
「まずさ、今までAV、見たことある?なんでもいいんだけど」
「…ないです」
「あっそ」と、そこまで淡々と、まるであのAV男優のように話を進めていく七瀬くんではあったが、わたしとしてはまず七瀬くんが、こんなに近くで、耳元でささやくかのように話をしていることだけで充分まいってしまっていた。言ってしまえば七瀬くんはかっこいいのだ。あの尖った鼻や切れ長の目やかたちのいいくちびるがすぐそこにあるのかと考えただけで頭がくらくらした。加えて今は夏だった。汗の匂いがこれほどまでいい匂いに感じたことは今まであっただろうか?
「AVとかだと、いつも女の子の緊張ほぐすために先にキスから入るんだけど…いい?」
「…七瀬くんは今までしてきたセックスで、どうしてきたの?」
「そうしてきた」
「…そうですか」
 じゃあ、とわたしが言うか言わないかといううちにくちびるが塞がれた。こんな暗いのによく適格な位置がわかるもんだなあと頭の片隅で感心しつつも、そんなのそっちのけで意識が軽く遠のきそうになった。七瀬くんの舌が、まるで意志をもつ生き物のようにわたしの口の中を這い回りはじめた。わたしも自分の舌をそろそろと伸ばして、七瀬くんの中に入ってみた。まさかファーストキスがこんなふうになるとは思ってもみなかった。
「リラックスしてきた?」わたしのくちびるに振動が伝わるくらいの距離で七瀬くんがささやいた。
「…うん」
「じゃあそろそろ次いくよ」
 七瀬くんの両手がわたしの肩を抱き起こして、わたしはされるがまま七瀬くんに体を預けた。両手はそのままわたしの背中に伸びてきて、ブラジャーのホックを外した。
「ごめんね、おっぱいちっちゃいんだ」
「いいよ、別に。俺、あんま大きいの好きじゃないし」
 よかった、とわたしは少しほっとした。間もなく、七瀬くんの舌が乳輪のまわりをなぞりはじめた。くすぐったいのときもちいいのとで、わたしは自然と足に力が入るのがわかった。伸ばしていた膝が勝手に立ち上がった。
「…きもちいい?」
「…うん」
「よかった」
「でもちょっとくすぐったいかも」
「そんなもんさ」
 七瀬くんが立ち上がった。何だろうと思ったら今度はショーツが下げられた。あっという間にわたしは裸にされた。でももうなにもなかった。ああ、これがセックスなんだなという、ただ事実を確認しているだけの自分が、今はここにいた。
「…入れるの?」
「まだだよ」七瀬くんが苦笑した。たぶん今目尻に皺ができただろう。見えなかったのがちょっと残念だった。
「潮、吹くんだろ?」
「うん」
「じゃあ次はクンニ」
「…なにそれ」
「舐めるの」
 え、と思わずわたしは言った。「×××は指だけで吹かせてたよ?」
「それは、技術なの」七瀬くんはあきれたように言った。「その人はプロだからできるけど、俺にはその技術はないから」
 え、とまたわたしは言った。「じゃあ吹けないかもしれないってこと?」そんなんだったらこんなことやってる意味ないじゃん。わたしは思わず肘で半身を起した。なんだか急に正気に返ってしまいそうになって、すべてが台無しになりかけていた。
「そうじゃなくて、」七瀬くんはため息をついた。「ただ俺のできる範囲では、指だけでは吹かせられないってだけ。難しいんだぜ?おまえが思ってるよりずっとずっと」
 ふうん、まあいっか。わたしはまた横になった。すると両足首が持ち上げられて、股が開かれるのがわかった。羞恥はあったけど、暗闇にかこつけて、ないことにした。
 七瀬くんの舌が、クリトリスをこねはじめた。それはいつものオナニーなんかよりもずっとずっときもちよかった。我を忘れそうになるので、やめて、と小さく呟いてはみるけど、それ以上に体が七瀬くんを求めていた。
「きもちいい?」
 わたしは大きく頷いてみせた。
「声、出してもいいんだよ?」
 さすがにきもちよくても声までは出せなかった。それには恥ずかしさが勝っていた。息を何度も何度も呑むようにして耐えていた。
 でもクンニリングスを再開した七瀬くんの舌はさっきよりもより激しく動くようになって、最終的には声が出た。んっ、んあっ、あぅっ。ヒトとして生きている気はもうまるでしなかった。
 いいじゃん。でも七瀬くんは満足そうに言った。「声、出してくれた方が気分乗るから、そうしてよ」
 そんなこと言われたって返事なんてできるわけがなかった。
「いいかんじに濡れてきた」
 七瀬くんはそう言うと半身を起した。するとなにかがわたしのなかに入ってきた。指だ。
 指は、くいと曲がったり奥から手前を往復運動をしていたけど、あまりきもちいいとは思えなかった。それは自分でやってたときとさして変らなかった。
「きもちいい?」
「…ううん」
「あ、そう。じゃあ、これは?」
 すると指は今まで入ってこなかった部位を行ったり来たりしはじめた。なにか電気みたいなのが脊髄を通って脳天に走りはじめた。「あぅっ…あっあっ」
「ここか、ここがたぶんGスポットなんだな」
 七瀬くんが独り言みたいに言った。その声はすごく楽しそうだった。指の動かし方はみるみるうちに速くなって、それに合わせて衝撃も、声も、一緒になって出た。「あああああああああああっ…」
 ピュッ
「あっ、ほら、出たじゃん!遊佐、潮吹けたじゃん!」
 わたしは潮を吹いたらしかった。自分ではまったく意識しないで、ただ勝手におしっこが出るところとおんなじところから、でもまったく違うものが、出ていった。
「よかったな」
「…うん」
 恥ずかしさはあったけどそれ以上に嬉しかった。恍惚がわたしの頭を満たしていた。わたしは、今、くじらになったのだ。
 でもすっかり満足したわたしが半身を起して立ち上がろうとしたら、七瀬くんからストップがかけられた。「ちょ、待てって。まだ用事は終わってない」
「え、だって潮吹けたし」
 あのなあ、と七瀬くんはあきれたように言った。
「忘れたのかよ。これ、セックスだろ。まだ本業が成されてない」
 衣擦れの音が聞こえた。え、と思ったら、肩を強引に押し倒されてまた足が開かれた。「ちょっ、」
「入れるよ」
 わたしの返事も待たずに七瀬くんがわたしのなかに入ってきた。それは予想していたのよりも案外簡単にするすると入ってきた。そしてその大きさもまた予想のはるか上だった。大きくて、固くて、温かい。
「どこまで入れるの…」
「決まってんだろ、入るところまでだよ」
 しばらくすると徐々に鈍痛が出ていた。あ、と思った直後だった。「痛いっ」それはそれは鋭い痛みだった。
「入れすぎたかな…痛かった?」
「うん…」
「そっか。ごめん」
 あ、謝った。
「じゃあ、もうすこし手前でピストンするから」
 七瀬くんはそろそろと手前に移動すると、そこで体を上下しはじめた。それに伴ってわたしのなかの七瀬くんのペニスも上下した。それはきもちよかった。「あ、あ、あ、あ…あ、あ…あっ、あっ、…」
「遊佐の喘ぎ声、かわいいな」
 七瀬くんが荒い息の中でそんなことを言った。「は?」「いや、なんでもない」
 きもちよさがだんだん正の無限大に拡散しはじめた。これはひょっとして、イク、かもしれない。
「いっちゃうかも」
「いいよ」
 っは、はっ、という獣のような息づかいのなかで、七瀬くんとわたしとは無心で互いの肩を抱き寄せた。そしてわたしは、イッた。
 息を整えながら、七瀬くんの肩甲骨を掴んでいた手をさりげなく離した。それは、汗でちょっとべたついた、きれいな凹凸の肩甲骨だった。だから離すのが少し惜しいような気もした。
「遊佐ぁ」
「なに?」
「もう一発、やりたい」
「もう疲れたよ」
 七瀬くんは苦笑した。「だよな」
 互いの息づかいを聞きながら、少しの間沈黙が流れた。
「遊佐ぁ」
「なに?」
「よかったな、潮吹けて」
「うん」
「なあ」
「なに」
「俺と付き合う気、ない?」
 苦笑するのは今度はわたしの番だった。
「普通、順番逆だよね、セックスと、その言葉と」
「まあね」
「ていうかわたし、恋愛感情に鈍いんだよね。それでもいい?」
「どゆこと?」
 わたしは天井を見上げた。
「七瀬くんがかっこいいなあとかさ、例えば今日だって、どきどきしなかったわけじゃない、ていうかむしろめっちゃどきどきしたけどさ、でもそこまでしかいけないっていうか。分かるかなぁ」
「ひとを本気で好きになれないってこと?」
「たぶん、そういうこと」
「いいよ、別に」
 七瀬くんは笑った。思えばこの台詞、さっきからずっと聞いているような気がする。七瀬くんは、今までそう言っていろんなことを諦めてきたのだろうか。
「高校生の恋愛なんて、しょせんそんなもんだろ」
「やれればいいか、みたいな?」
 七瀬くんはまた笑った。「それもあるかもしんないけど、」それからぼさっ、という音がして、おそらく七瀬くんもまた天井を向いた。
「とにかく、そんなもんなんだって。まだ、本気とかそういうのがわからない。度合いを学ぶ時期なんだよ、たぶん」
「そんなもんかなあ?」
「そんなもんなんだって」
 わたしは笑った。「じゃあいいよ、付き合っても」
 それからなんとなくわたしたちはキスをした。それは付き合ってからはじめてのキスだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

くじら 3/

閲覧数:121

投稿日:2014/01/26 16:56:15

文字数:4,956文字

カテゴリ:小説

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