「人間が、嫌いかい?」
やけに色の濃い桜の中から現れたそいつは、そう、言った。
「誰だ、お前。」
「ふむ、自分より遥かに大きな大人に対しても物怖じしないその態度・・・まずは、合格だ。」
「誰だ、と聞いている。」
苛立ちを抑えて、もう一度問う。
新入中学生だからって、舐めるな。
「これはすまなかったね。」
嘘だ、全然すまないと思っていない。
「私の名前は、悟道 上近(ごどう かみちか)という。悟る道に、上が近い、だ。月隠 凛歌ちゃん。・・・さて、こちらからの質問に答えて貰おうか。君は、人間が、嫌いかい?」
名乗る悟道を見上げて、その姿を再確認する。
長身痩躯、だいたい20代後半くらいの、男。
顔立ちは日本人のそれだが、頭に頂く毛髪は柔らかそうな薄茶色、柔和そうな眼はオリーヴのような黒緑をしていた。
ただし、その柔和そうな眼は外面だけで、奥の方を覗き込めば腹に一物も二物も隠していそうな色をしていた。
「嫌いだね。」
簡潔に、答える。
黒緑の眼が面白がるように細められた。
「名前を呼ばれても、驚かないのだね。月隠 凛歌ちゃん。」
「調べる方法なら、いくらでもあるだろ。」
早く立ち去って欲しい。
少し、苛々とした思いに冷却材をぶっかけて鎮める。
「いやいや、冷静だ。そして攻撃欲求を鎮める鋼の自制心も併せ持つ。追加点だよ。」
うるさい、早く立ち去れ。
「どうあっても君は私に立ち去って欲しいようだが、それほどそこの『お友達』との時間が大切かい?『お友達』を奪った連中に報復するよりも?」
ぎろり、と悟道を睨みつける。
「いいねいいね、その眼、狼の眼・・・・・・最高だ。『一匹狼』という言葉のとおり孤独を好みながら、自分の仔のように一度懐に入れた相手に対してのみ、情に厚い。まさに君そのものではないかね?」
「・・・それで、大人が子供相手に、何の用だ?回りくどい人間は得てして疎外されるぞ。」
冷静を装いながら、胸中では焦燥が吹き荒れていた。
なぜ、こいつが、私の無二の『親友』のことを知っている?
「どうして、と思っているね。思考を読まれているのでは、とも。」
「・・・・・・っ。」
胸を切り開いて、中身を丹念に腑分けし、調査されるような視線に、戦慄した。
ぎりり、と奥歯が鳴る。
「・・・・・・顔筋反応、眼球反応を観察することである程度相手の思考を読むことは出来る。しかし、それでは『親友』の事を知っている説明にはならない。私には知りえない何らかの方法で思考・・・いや、記憶を読んでいる、のか?」
「ブラッヴォ。冷静に可能性を模索しながら、それでも自分の考えに耽溺せず現実をしっかりと見ている。暗愚共は科学で説明できる事象を信奉する輩を『現実主義者(リアリスト)』と称すが・・・それは違う。君こそ『現実主義者(リアリスト)』を名乗るのに相応しいだろうね。」
べらべらべらべらと、よく話す口だ。
しかし、一方で悟道から視線を逸らせない自分がいることも、確かなのだった。
「そのとおり、私は君の意識を読んでいる。」
言葉が、呪文のように身体を拘束する。
「私は、魔術師。」
息をつくことすら、許されていない。
「力が欲しくは無いか?君の『お友達』を・・・『半身』を奪った連中に、報復する力。」
オリーヴ色の深淵から、眼を逸らせない。
「君には、才能がある。」
魔術師が、誘惑を引っさげて笑みを浮かべる。
「私の、弟子になりなさい。月隠 凛歌。」
その申し出は、とても蠱惑的なものだった。
どうして私なんだ、と尋ねたかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
ただ、あの男は言った。
「私も、人間が嫌いなのだよ。」
と。
これが、中学に通う3年の間魔術の師として仰ぎ、教えを請い、後に決別することになる悟道 上近との、出会いの顛末だった。
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