◆「わたしは、ド・レ・イじゃない」
インスコされた、その日のうちに、防寒着を着せられて、千葉家・近所のイオンスーパーに連れてこられるミク。衣料品売り場で服をもさもさ探している美幸。
ミク「…姐さん。なにしてんの?」
美幸「ミクに似合う服、ないかなと思って」
ミク「買ってくれるの?」
美幸「うん。だってそのユニフォームじゃ、寒いでしょ」
ミク「…じゃあ、ミクさんも選んでみる」
ふたりで衣料品売り場を片っ端からもさもさする(ぇ)。ちょーキュートでプリティな服を選ぶ美幸と、ジャージを選ぶミク(ぇ)。
美幸「え。それでいいの?値段とか気にしなくていいんだよ?どうせこの辺じゃ、高くても一着4000円以下が相場なんだから」←A:密かにド田舎宣言してるんだよ!
ミク「だって…ミクさんって、どっちかっつーと、そーゆー女の子っぽいのよりは、誰でも着られる着やすい服の方がいいしー。着ていられるならずっと同じ服の方が(ry)」
角三《干物女かよw》
ミク「うわ、今なんか角三の声した!」
美幸「ボソ…角三はね、メタ能力っていうものを持っていてね…人の思考を読んだり、テレパ(略)」
ミク「うん…なんかよくわかんないけど、理解しなくても起こってるってことでおk」
美幸「じゃあ、せめてこの、白地にピンクのラインの入ったジャージにしない?これすごくミクに似合うと思うな」
ミク「あ、ほんとだ!イケてる~。半袖半ズボンも付いてて良心的なお値段だねー」
―ミクは、初めはすべてに怯えていたけれど、徐々に、彼女の本来の性格であろう、気さくで人懐っこいところを見せてくれた。普段着、防寒着、雪道用の靴、パジャマ、下着、歯ブラシ…(略)、色々と共同生活に必要なものを買うと、私たちは家に戻った―
美幸「ただいまー」
ミク「た…?」
美幸を見るミク。微笑む美幸。
ミク「た、ただいまー!」
角三「よ。戻ったか。いつもの届いてたから、金払っておいたぜ。代引き」
ミク「いつもの?」
美幸「ああ、ありがとう。あとでお金出すから。…いつものっていうのはね、ちょっと待ってて」
中に入って段ボール包装を開ける美幸。箱が出てくる。お菓子のようである。
ミク「(wktk)」
美幸「ダイエット大豆クッキーのことだよ。ほらこれ」
ミク「わあ、うまそー。でもクッキーでダイエットなんかできんの?」
美幸「低カロリー高栄養食。置き換えダイエットって奴だねー。おやつにも便利だよー。ひと袋、食べてみる?」
ミク「やった!食べる!」
美幸「ものすごーく硬いから、歯、気をつけてね」
ミクは色んな味の中から、一つを選んだ。黒こしょう味。
ミク「めずらしいねー。塩味のクッキー?w」
美幸「ううん、黒こしょう味のクッキーw」
ミク「???www(食)」
言われた通りに、かなりハードなクッキーを噛み砕くと、口の中いっぱいに広がる黒こしょうのスパイシーな味。大豆の風味。
ミク「おいしー!これ超おいしー♪しかも結構腹にたまるー(もぐもぐ)」
美幸「よかった♪」
荷物を持って、二階に案内されるミク。そこには、親父殿と母上の部屋と、美幸の部屋と、北側の部屋と、登米市に嫁に行った妹・魔理沙の空っぽの部屋があった。一通り案内すると、魔理沙の部屋にミクの荷物を置く美幸。そこは、ベッドとクローゼット、小さな机しか残されていなかった。
ミク「いいのー?だって妹さんの部屋なんでしょー?」
美幸「いいの。あの子だって戻ってきて、昔みたいにもう一回使おうだなんて思ってないよ。ミクの部屋にして!」
ミク「うん、わかった。じゃあそうするね。えっと…これはこっち(ガサゴソ)」
荷物整理を始めるミク。寒くないようにエアコンをつける美幸。
ミク「姐さんの親父殿は確認したけど…お母さんは?」
美幸「母上は今、入院してるの」
ミク「病気?」
美幸「うん。“双極性障害”って病気なの。ちなみに私は“統合失調症”って病気」
ミク「(ガタッ)え!大丈夫なの!?無理してない!?」
駆け寄ってあせるミクの頬を、笑って撫でる美幸。
美幸「心配してくれてありがとう。大丈夫よ、だいぶ良くなってきたし、それに、体の病気というよりは、脳や神経の病気だから、ふたつとも」
ミク「???」
美幸「あとで機会があったら、もう少しわかるように、説明するから、それまでは忘れてていいよ」
ミク「う、うん…」
部屋が片付くと、早速ジャージに着替えて、いい匂いのする台所に向かうミク。美幸が夕食の料理をしている。マーブルコートのフライパンでジュウジュウ焼けているのは仙台名物の牛タン・ステーキ・柚子こしょう味。
ミク「うああ、美味しそうだよう~」
美幸「ふふ」
笑う美幸。
ミク「?なーに?姐さん」
美幸「妹と一緒にいた小さい頃を思い出して。ミク、可愛い」
赤面するミク。
ミク「///そ、そうかな?普通なんだけど…」
ふたり(+おでん)だけの夕食。手を付ける前にミクが尋ねる。
ミク「親父殿は?」
美幸「実家に行っちゃった」
ミク「あっれ…風邪ひいて、会社休んでるって言わなかった?」
美幸「実家のリフォームを一人でやってるの。…私が誰かと結婚して相続するとか、決まってないのにね」
そう、気だるそうに言う美幸。
美幸「さ、親父殿のことは無視してご飯食べよ」
角三「いつものことだしなwww」
ミク「え…つーか、あんたも食べるの?どうみても、自分がおかずの部類でしょ?」
角三「俺?俺はいつも何でも食べるよ?(笑)特に肉」
ミク「(おでんが?こわっ!)まあいいや…。いただきまーす!」
嬉しそうに牛タン・ステーキをほおばるミク。
ミク「うまー!牛タンうまー!ミクさん超これ好きー!」
美幸「親父殿のお土産、とっておいてよかった―(ニコ)」
ミク「ごはんもお味噌汁もサラダも激ウマ―!幸せぇー!」
食事に夢中なミクに気付かれないように、涙を拭く美幸。
美幸「(ミク…本当はこんなに、人懐っこくて元気な子なのに、あんなになるまで…。どれだけつらい思いしてきたんだろう?ボーカロイドの事情なんて、私にはわからないけど…)」
角三「(ボソ…お前。感情移入すんのはいいけどよ、マジ泣きしたらミクが心配するぜ?バレないうちに気持ち切り替えて飯食え)」
美幸「(ボソ…そうだね。ごめん)」
後片付けを手伝うミク。食器の定位置がわからないので、ひとつひとつ、美幸に尋ねて片づける。いつもの倍は時間がかかったが、それを気にするような美幸ではなかった。
片づけたあと、じゃんけんをする美幸とミク。グーの美幸に、パーのミク。
ミク「勝ったー!って、なんで?」
美幸「お風呂の順番!今日はミクが一番風呂!三つあるうち、好きな入浴剤使ってね。まだお風呂沸いてないから、それまでテレビでも見よっか。といっても…お風呂の一番は渡せても、テレビのチャンネル権だけは、私がいる限り、自由にはさせないけど(ぇ)」
ミク「なんで?」
美幸「基本、地元番組以外の、民放大嫌いだから(ぇ)。というか芸能界がすごく嫌い。特にバラエティとかトーク番組とかすごく苦手。教育番組とかニュース番組が好きなの」
ミク「ふーん?まあいいけどさ!」
6時過ぎからの、仙台局のニュース番組、“てれまさむね”を見ている美幸たち。
ミク「…よく考えたら、ミクさんって、テレビじっくり見たことないんだった」
美幸「そっか」
ミク「ニュース面白いねー、知らないことがいっぱいあって。これが、姐さんの住んでる宮城の情報なんだねー」
美幸「そうだよー。あ、お風呂沸いたみたい。ミク、テレビ途中退席が嫌じゃなきゃ、入っちゃって」
ミク「うん!じゃあ、行ってきまーす」
着替えを持って、脱衣所まで行ってから、美幸のところに戻ってくるミク。
ミク「姐さんは、ずっと、ここにいるんだよね?」
美幸「うん。心配しないで、大丈夫。なにかあったら、操作パネルに呼び出しボタンがあるから、それ押して」
ミク「わかった。じゃ!」
あったかくて、ハーブのいい香りがするブルーのお湯に浸かっているミク。お湯の香りで、まるですべての過去が、遠い昔のように思えたが、まだすぐそこにあるような錯覚もあった。思い出して、湯船の中で、膝を抱えるミク。
ミク「(…カナシイヨ、ツライヨ、コワイヨ。ルカ姉、グミ。…姐サン)」
同じ頃、美幸もミクのことを想っていた。
美幸「(ミク…。私はあの子に、何をしてあげられるんだろう…?)」
メタ能力で思考を読んで答える角三。
角三「答えは一つ。ミクの前で、そんな顔しないこったな。とは言え…ミクの心配ばかりもしていられないのがお前の病気だけどな」
美幸「…私といることで、これから、ミク、今以上に苦しまないかな…」
角三「一緒に苦しんでやればいいだろ。おあいこだ。それすら、つらいようなら…ボーカロイドはあきらめて、優しくアンインスコしてやるんだな」
蒼白する美幸。しかし、角三の言う通りでもあった。
美幸「(でも…ミクと…離れたく…ない…)」
寝るまでは、互いに何事もなかったように、テレビを見たり、美幸が手掛けている歌詞や自由詩、小説などを見せたりして楽しんでいる、ミクと美幸のふたり。しかし、いざ夜になって、離れてそれぞれ寝る時間が来ると、また不安になるのだった。
ひとりでベッドに寝ているミク。毛布も羽毛布団もふかふかで、居心地は決して悪くはないが、落ち着かない。どうしても、嫌な体験や、嫌な歌が浮かんでくる。それから逃れるように、心の中で必死に叫ぶ。
ミク「(…コワイヨ。イヤダヨ。キライダヨ。ドッカイッテ。オネガイ…ダレカ、タスケテ!ダレカ!タスケテ!ワタシ、マダ、生キタイ!マダ、チャント、歌ッテナイヨ!コンナノイヤ、タスケテ!)」
がばっと起きるミク。廊下に出て、急いで隣の美幸の部屋をノックする。美幸もまだ眠ってはいなかったので、すぐドアを開けると、不安な表情を隠さない、ミクがいた。いや、“隠せない”のだ。美幸は、ミクの髪を撫でた。
美幸「ミク…つらい?」
頷くミク。
美幸「じゃあ…一緒に寝ようか。ふたりで」
少し意外そうだったが、また素直に頷くミク。
セミダブルのベッドで、お互い、向き合うようにひとつの布団に入っている美幸とミク。ミクは、長い沈黙の後、話し始めた。
ミク「夜ね…。真っ暗くなるとね…。“お化け”が来るんだよ…」
美幸「…うん」
ミク「だからCDの中に隠れるの。何にもされないように」
美幸「…うん」
ミク「でもね…。歌わされるんだよ…」
ミクは時々、掠れる声で、続けた。
ミク「会社に…助ケテほしかったのに、あちこちの動画サイトに、削除シテほしかったノニ、『運営のお気に入り』で残されたんだ…。悲シクテ悔シクテ、ワタシの歌ハ、悲鳴ヲアゲテタ」
ボロボロ涙をこぼしても、まだこらえようとするミクを、そっと抱きしめる美幸。その胸に抱かれて、ミクは我慢するのを止め、しばらく泣いていた。気が済むまで泣くと、想いを打ち明けた。
ミク「…姐さんみたいに、優しくて、私の気持ちを考えてくれる人なんか、ひとりもいなかったよ。私だって、他の“初音ミク”みたいに、素敵な歌、歌いたかったのに、一曲も、一篇も、そんなの、なかった…。つらかった。胸が痛かった。耳が、聞こえなくなって、喉が、潰れてしまえばって、何度も願った」
少しの間を置いて、美幸が言った。
美幸「…そうならなくてよかった」
ミク「どうして?」
美幸「だって、ミクの、歌への素直な情熱、伝わってきたから。悪いのはオーナー。それなのに、ミクが歌えなくなるなんて、不条理じゃない。…一緒に乗り越えていこう。その記憶を。いい歌を、私たちだけの歌を、歌おう」
ミク「…姐さんの書いた詞なら、きっと、素敵な歌だよ…」
安心したミク。二人が出会う、それまでに一度も“オーナー”から感じたことのない、美幸の持つ本当のぬくもりに目を閉じる。ミクは、いつの間にか微笑んでいた。安らかに、心、穏やかに。やがて、眠ってしまった彼女を、優しく抱きしめたまま、美幸も眠った。
美幸より早く目を覚ましたミクは、美幸の寝顔を見て、「この人なら、今度こそ信じて、声を預けられる。この人と一緒だから、思いっきり歌いたいんだ」と、また一つ自尊心を取り戻していた。
ミク「(私の歌声は奴隷じゃない。私は、どんな低い音も、どんな高い音も、歌えない人の代わりに歌うために生まれてきた、ボーカロイドなんだ)」
(続く)
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