「寒いね、蓮君。」
寒いと言いながら随分と上機嫌な様子で、未来先輩はそう言った。
「そう、ですね。」
どうしてこうなったのだろう。
そう考えずにはいられない。デートに誘ったのはつい先日。いや、それ以前にも色々前振りがあったのだけれど。
きっかけ、というか。あれは九月の頭、先輩の誕生日をうっかり忘れてしまったことがきっかけといえばきっかけかも知れない。
「あら、蓮君。キミからの電話なんて珍しいね。」
真珠のタイピンを贈られた一週間後、遅まきながら僕は先輩への誕生日プレゼントを用意して先輩に電話を掛けた。
「はい、その、お時間は大丈夫ですか?」
少し緊張する。未来先輩に電話するなんて、滅多にある機会じゃあない。
「いいわよ。どうしたの?」
「その、遅くなりましたが、先日のお礼と、誕生日を兼ねてプレゼントを用意したのですが。」
そう言うと、先輩はんー、と不満そうな声を漏らした。
「えと、あの?」
怒っているのだろうかと、緊張を覚える。
「蓮君、女性経験が足りないぞ。」
「あ、はい。」
えっと、どういうことだろう? 確かに幼少のころはリンのことしか考えていなかったし、この世界に来てからまともに女性と付き合ったことがないけれど。
「まぁ、いいわ。それで?」
「お渡しできればと思いまして。」
「どこに行けばいいの?」
「大学で、お時間のあるときに。」
そう言うと、もう、と未来先輩が明らかに不貞腐れた声を出した。
「そこはデートとか、もう、言わせないでよ!」
え、え、と僕は困惑した。そんなこと、微塵も考えていなかった。
「・・まぁいいわ。蓮君が鈍感なのは分かっているから。」
今度は諦めたような声。こういうときはデートに誘うのがいいのだろうか。よく分からない。
「それじゃあ、明日、大学でいいわ。時間は?」
なんだか申し訳ないことをした気がする。
「あ、はい、昼休み、学食で。」
「・・・。」
あれ、また何か間違えた?
「分かったわ。楽しみにしてる。」
僕が戸惑っていると、未来先輩は観念したようにそう言って、電話を切った。
翌日。
二限の講義が終わると僕はすぐに学食へと向かった。未来先輩は学食の入り口で、一人で待っていた。いや、その表現が的確かどうか。僕が声をかけようとした直前に、どうやら同級生らしい男子学生に声を掛けられていたのだから。
「一人なら一緒にご飯食べようよ。最近できたスープカレーのお店がオシャレで美味しんだけれど。」
見た目は悪くない。それに女性と話すことに慣れているのだろう、僕と違ってどこか堂々とした態度だった。好かない態度だったけれど。
「ごめんね、今日は先約が入っていて。」
笑いながら、未来先輩が答えた。どうやらナンパは未来先輩にとって日常茶飯事であるらしい。
「そう言わないで、一度だけでいいから、昼飯だけでも付き合ってよ。」
しつこい男だな、と思った。なんとない怒りを感じて僕はずかずかと未来先輩に近付く。そこであ、と未来先輩が声を上げた。
「ごめん、先約が来ちゃったから。また誘ってね。」
そう言って軽く手を振って軽いステップで歩きだした。まるで羽根でも付いているみたいだ。
「すみません、お待たせして。」
「いいわ、それより行きましょう。」
「えっと、どこに?」
そう言うと、凄みのある視線で睨まれた。
「蓮君、まさか、学食で食べるなんて言わないわよね?」
「え、その。」
学食ではダメなのか。安くておいしいのに。いや、その前にプレゼントを渡したらすぐ帰る予定だったけれど。
「もう! 今日は私のお気に入りのお店で勘弁して上げるから、ついてきなさい。」
そう言うと、そそくさと歩きだした。背後から感じた恐ろしいほどの殺気はきっとさっきの男子学生が発したものだろう。
ともかく。
未来先輩に連れて行かれた店は、大学からほど近い場所にある洋食屋だった。客層のほとんどは大学生らしい、と考えた直後に、黄色い声が上がる。
「なに、未来、カッコいい人連れて、彼氏?」
今度は女子学生だ。未来先輩は僕と違って随分と人気者らしい。
「ごめんね、後輩なの。」
未来先輩は先ほどとは変わってすこぶるご機嫌そうに見えた。ともかく、二人でテーブルに着く。この店に来るのは初めてだった。
「お勧めは日替わりランチなんだけど、どうする?」
メニュー表をめくる。パスタやハンバーグなど、見るからに美味しそうなメニューが並んでいた。これだけ豊富だと目移りしてしまう。それなら却って悩まないほうがいいかもしれない。
「なら、日替わりランチで。」
「わかったわ。」
未来先輩がそう言って、注文を聞きに来たウエイターに日替わりセットを二つ頼んだ。
「蓮君ももう少しお店を勉強しなきゃなぁ。」
「お店を、ですか?」
「学食以外のお店に行ってる?」
「喫茶店とか・・。」
「そうじゃなくて。」
「あとは、ラーメン?」
どうでもいいが札幌ラーメンは好きだ。この世界で、というより日本に来て初めて出会ったが、あれ以上に上手い麺類はちょっとお目にかかったことがない。
だが、その答えに未来先輩ははぁーと、大きな溜息をついた。
そしてぼそりと、「これは時間がかかりそうね。」と言った。
その意味を僕はよく理解できずに、はぁ、と気の抜けた返事を返した。
とりあえず、昼食の後にプレゼントを、未来先輩に似合うだろう髪飾りを渡してその日は終わった。数日後に未来先輩に偶然会ったときにしっかりと髪飾りをつけていて、少し安心したのも束の間、次のきっかけは先月に訪れた。
初雪から、数日が経った頃だった。
「雪が降りだすと、クリスマスも近いなぁって感じだね。」
「そうですね。」
偶然二限の終わりに未来先輩と出会って、今は先日訪れた洋食屋に来ている。
「クリスマスかぁ。何をしようかなぁ。」
そう言って、ちらりと、そう、何か意味ありげな視線で未来先輩は僕を見た。クリスマスというイベントについては知っている。と言ってもフランスと日本では少し感覚が違う様子だったけれど。とはいえ、僕にはあまり関係のないイベントだった。
「ご予定があるのですか?」
とりあえず、そう聞いてみる。
「ないわ。寂しいよね、もう四年生なのに。」
「そうですか。」
そこで会話が途切れた。ところで明らかに未来先輩が不機嫌なのですが。
「ねぇ、蓮君は暇なの?」
「予定はないです。」
「そう、私も予定がないの。」
妙に強調する言い方で、未来先輩が言った。何のことやらわからず、はぁ、と曖昧に答える。
すると。
「蓮君、いい加減怒るわよ。」
また、凄みのある・・いや、殺気だった視線と口調で僕はそう言われた。
いったい何に怒っているのか分からず、僕はただ視線を右往左往させて、え、え? と答えた。
あの姿は客観的に見れば相当滑稽だったに違いない。
山崎君から久しぶりに飲もうというメールが来たのは、その三日後だった。
「かぁーっ! 本当に、今年もいいことがなかったぜ!」
「それは残念ですね。」
二人で訪れたのは札幌駅に近い居酒屋だった。山崎君とは大学生になって以来、こうして二人で飲む機会が多い。東京へと旅立ってしまった寺本君を含めて、僕には勿体ないくらい貴重な友人たちだと心から思う。当然についついお酒と話が弾んで、かなりの時間が経過した頃、山崎君が唐突に話題を変えた。
「そう言えば鏡ぃ、お前今年のクリスマスは予定あんのかよぉ。」
山崎君は随分と酔っていた。いつものことだけれど。
「いいえ、予定はないですよ。」
「そうだよなぁ、寺本は早々に裏切りやがったからなぁー! 鏡は俺の味方だよなぁー!」
「どういう意味ですか。」
今日は随分と絡むな。
「おまぇ、そりゃクリスマスと言ったらリア充どもが街を占拠するんだよぉー! ふざけるなよなぁー!」
「リア充?」
「要はあれだぁ、彼女もちってことだよぉ!」
「恋人と過ごすことが多いみたいですね。」
僕が言うと、そうだ! と山崎君が叫んで机を叩いた。
「本当、どうして俺には彼女が出来ないんだぁ!」
今度は泣き始めた。どうしよう。
「皆さん、クリスマスは恋人と過ごしたくなるものなのでしょうか。」
「そりゃそうに決まってるだろぉ! そうじゃない人間なんていねぇよぉ、だってクリスマスだぜぇー!」
そういうものなのだろうか。
「女性でも?」
「当然だって!」
それじゃあ、この前の未来先輩って。
僕がそう考えたとき。
「お前、まさか・・。」
山崎君がわなわなと震えだした。
「まさか、まさか裏切るつもりかぁー!」
「い、いえ、そんな、予定はないですよ、本当。」
「本当かぁ!」
「本当です!」
ここで未来先輩の話をすればきっと、いや、必ずややこしいことになる。僕は強くそう思った。
ともかく、だ。
酔いつぶれてふらふらと歩く山崎君と別れてから、僕は時計を見た。すでに日が変わっている。連絡をするには非常識な時間ではあったが、その時は僕も酔っていた。
つい、こんなメールを、殆ど勢いで未来先輩に送ってしまったのである。
『クリスマス、どこかに行きませんか?』
そのメールの返信は思いのほか早くて。まるで待ち構えていたんじゃないかと思うほど、多分五分程度で返信が来たと思う。
『ええ! 蓮君どうしたの! 熱でも出したの!?』
ちょっと酷いと思う。ともかく、回想が長くなったが、僕と未来先輩はクリスマスにデートすることになったのだけれど。
どこに行ったらいいのか分からない。
そう、そこで僕はまた困り果ててしまった。未来先輩からはエスコートを期待していると言われる始末であるし、頼みの大学は冬期休暇に入っているし。いや、たとえ休暇でなくても大学に行くと言ったら今度こそ未来先輩は怒り狂うかも知れない。できれば山崎君に聞いてみたいところだけれど、聞けるはずもない。渋谷さんなら的確な助言を与えてくれる気もしたが、なんとない恥ずかしさのほうが勝ってしまった。結局僕が向かったのは書店の雑誌コーナーだった。街歩き雑誌の類にそう言った特集があることくらいは知っている。
そこで、僕はクリスマス期間に大通り公園でイルミネーションが開催されていることを、初めて知ったのである。
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