仕事から帰ってきたら、何故か玄関口に一人の女が座っていた。
真っ先に思ったのが「誰だ?」とかではなく、「鍵かけたよな」なのが俺らしいと言えば俺らしい。が、すぐに思い直して、
「あの……、どちらさんでしょう」
思えばこれも随分とずれた問いかけだが、これがベストだと思ったのだ。
「え、ええと、わ、私、お、おお、鬼です」
女は答えながら、顔を上げる。黒髪ロングの前髪パッツンktkr。じゃない。いきなり「鬼です」と言われて「そうですか」なんて思えるはずもなく、かといって、別の可能性が浮かび上がるわけでもない。つか何だ、鬼て。
よほど、ぽかんとしていたのだろう、女は申し訳なさそうに
「あの、えと、ここの家は、き、昨日、わ、私たちを、お、おお、追い出してなかったので……」
昨日?ってーと節分か、ああ、そう言えば。
「豆まきしてなかったなぁ」
「そうです!それです!!」
何故か喜色満面の鬼女。鬼女って書くとなんかイヤだな。
「いやいやいや、それでもいきなり鬼です、って言われて信じるわけにもいかんでしょう」
そうである、改めてみると、まぁそこそこ美人なのは良いのだが、虎柄のビキニの着てもいなければ、角もない。雷も出さないし、語尾が「だっちゃ」でも無い女を、そう易々と鬼と認めるわけにはいかんのである。
……今あげた特徴を全て備えている女がいたら、それはそれで別の問題があるだろうが。
今のでガチに信じて貰えると思っていたのか、女は急にしょげかえると、
「えと、その、ど、どうしたら……」
「え?」
「どうしたら信じて貰えるんでしょう……」
「んー、何か見えるもので証明してくれれば、それなりに疑いは晴れるかな……」
と、俺がやや妥協した案を提示すると、女は顔を真っ赤にしながらもじもじしはじめた。
なんだその萌え仕草は。ダマされんぞ。……後5分は。だがその心配もなかった、ちょっとすると女が、キッとこっちを見て言った。
「え、えとえとえと、そ、それじゃ、つ、つつ、角をお見せします」
いや、あんのか、角。俺は逆にそっちに吃驚するのだが。
「ほ、ほら、こ、ここです」
長い髪を分けて、頭皮を見せる。綺麗な髪だが、今はそっちを見ている場合じゃない。
あったよ、確かに角が。……2cmくらいの……。
「えーと、このなんかちっこいのかな……」
「そそそそそそうです!!」
「確かに角に見えるな」
えい、と俺は何の気無しに角に触った。その途端、女の動きがピタリ、と止んだ。
しまった、何せ自称人とは違う娘さんである、我々人類には他愛もないことが、相当に恥ずかしい可能性は存分にあるのだ。
俺は即座に謝った。
「ご、ごめん、触っちゃまずかったかな」
「い、いいいいいいえ、そそそそんなことはないですよ」
そわそわ具合が二段目に点火した宇宙ロケット並に加速しはじめる女。このまま行くとそわそわ具合が第二宇宙速度を突破しかねんので、話題を逸らす。
「で、何か用とかあったのかな」
「あ、えと、それはですね」
女がややホッとした感じで説明をはじめる。
「見えていなかったと思いますが、このおうちは豆まきをしていませんでした。
なので、昨晩私はこのおうちに逃げ込んで、なんとか被害をまぬがれたんです。」
へぇ、何もしないことが人助け、いや、鬼助けになることもあるんだな。
「そこで、ですね、え、えと、さ、昨晩助けて頂いたお礼に、ここ今夜一晩何でも致します」
……鬼の恩返しというのは聞いたことがないな。
「えーと……」
俺は本気なのか、と聞こうとした。だって、何でもですよ。
いわば「それなんてエロゲ」ってやつですよ。
「の、はずだったんですが」
不穏なことを言い出す女。なんだ、何が起こってるんだ。
話の着弾点が、今度は某北の国のロケットになりつつあった。
「ここ、今夜だけでなく、ずずず、ずっとと言うことに……」
いや、ちょっと待て。
「なんで!?」
「あの、さっき、角に触りましたよね?」
オイ待て、コレはひょっとしてあれか。ラノベなんかではありえなくはないが、現実にあったらドン引きかもなぁ、と思っていたあのシチュエーションか。
「つ、角を触られた、お、鬼は、その人と、その、あの、けけけけけ、結婚しないと、あの、いけないんです。こ、これからあの、えと、ふ、夫婦なので、ずっと、お側にいます…。ふ、ふつつか者ですが、お、お願いします。」
つ、と三つ指ついてお辞儀する女。
さっきも言ったと思うが、これはなんてエロゲなんだろう。あまりにも現実から乖離しすぎている。
第一、いきなり会った男と結婚とか、かわいそうだろう。
「あの、それってごまかせないのかな?」
「?」
「いや、今晩はとりあえずウチに居て、明日何事も無かったかのように帰るとかは出来ないの?」
「……私と結婚するの、お嫌なんですかぁ……」
「いや、君レベルで可愛い嫁さんが来てくれれば、それは嬉しいのは確かなんですけれども、
何分、お互い何も知らないわけでございますし」
焦るあまり語尾が丁寧になる俺。しかし、女はそんな俺に最後通牒をたたき付けた。
「で、でも、角は触られると、誰に触られたのか分かるようになってて……で、ですから戻ってもばれます」
なにやら決意を秘めた目でこっちを見てくる女。
「と、とりあえず、わ、私のことはこう呼んでください。……」
こうして、もう一人との生活が始まったのである
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