大窓から覗く星明かり。
脆木で囲まれ、白布がかけられただけの簡易ベッド。その他には何もなく、背後には闇の中にぼぅっと私の影が映し出される。

民にとっては、「巫女の社(やしろ)」と崇められる聖域。国の内情を知る者からは、「囚われ姫の牢獄」と揶揄されるこの場所。

そんな居場所で、
膝を抱え、外の世界を見つめる私は。


――イリーナ・カタトゥルフ。

カタトゥルフ王家に所属する巫女(シャーマン)。民が慕い、崇拝する存在でもある。それは唯一、国の神たる聖霊様の声を聞くことができる能力を授かったからだ。

人々に崇められ、王家に所属し、聖職者として名をはぜる。それらはどれも十二分に、私の存在を高貴に押し上げる。


けれど、

 ・・・
「お一人ですか、イリーナ姫?
 今宵はとても月明かりが綺麗ですね」


―――…ヒトリ。


そう、孤独だ。

首を這う植物を、胸に巻き付く花たちを、この身に受け入れたその日の記憶すらない私は、ひとりぼっちで、空っぽなのだ。


「……私には、ほの暗く見えますが」


優しげに語りかける声の主に、私は、目を閉じて返す。


「せっかくの夜空、ですのに……

 どうですか、ここは気分を変えて、
 今宵はひとつ、私と円舞曲(ワルツ)でも?」


おどけた口調で優しい言葉は続く。


「さぁ、私の手をとって?」


背後に感じる私よりも一回りは軽く大きいであろう気配。ひんやりと柔らかな冷気を纏ったそれが私の肩に手を伸ばす。


「……去りなさい、ヒトならざるモノよ」


言葉と同時に、そっと髪飾りに手を重ねる。
刹那、足元に広がる桜色。植物模様の陣を描く。


「……くっ!?」


バチンッ、と伝わる感触。
姿は見えずとも、それが私から弾き飛ばされたのだと教えてくれる。

発動には詠唱が必要。だけれど、この程度の相手、吹き飛ばす位なら魔方陣だけで十分なはず。


「民は私を"イリーナ姫"等とは呼ばない。
 そしてこの時間は結界で私の部屋は閉じられている。
 だから、誰も近寄れないはずなのです。
 
 それに、"お一人"、だなんて。
 私の心を乱すつもりだったなら浅はかですね」


淡々と、機械のように告げるそんな私の顔は、月明かりからは遠く相手の瞳にすら映らない。


きっと民は知らない。

【巫女】とは、聖霊の声を聞き、伝える者の名称ではないということを。


「私の声が届きますか?
 【……その詞は、誰がために】」


――――花が、咲く。

胸元に掲げられた薔薇の花が赤く色付き部屋を桜色に照らす。

そして、


「戦いましょう?
  ・・
 【巫女】の名のもとに……」


民のために、
・・・・
戦う使命を併せ持つ、その意味を。



「バレたのなら力づくで奪うまで!!
 その宝と命奪わせてもらう!!」


背後から頭上に移動したそれ。
優しさに満ちていた声はうって変わって凶暴なノイズに変わる。


「さて?」


私の背より大きな桜色の琴。
詠唱によって、髪飾りから具現化したそれを狙っているのだと言う。


……まったく、野蛮ですね。

右手を開けば指先に現れる琴爪。
そっと琴線に触れれば、桜色の瞳を紅く染めて。


「……ぁ、ぅ?」


宝楽器であるこの【桜琴】を奏でる私は、時に、別の名で呼ばれていると聞いたことがある。


「―――赤の、旋律。

 ……ふふっ。
 こんな事を言うから、【荊姫(イバラヒメ)】
 なんて、呼ばれるのでしょうね?」


おどけてみせる私は、きっと滑稽であることはわかっているけれど、こんな風に、笑顔でいることが。

戦うことが、民や世界の平和に繋がっているのだというのなら。


私はそれで幸せなのです。

例えどれだけ、【イリーナ・カタトゥルフ】という存在が空っぽでも。


消え行くヒトならざるモノを、尻目に私は目を開く。


そして、


「……あぁ、嘘ではなかったのですね。
 月明かり、確かに綺麗かもしれません」


にこりと、優しく微笑んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

イリーナ短編「巫女の名のもとに」

ユニット企画の
「イリーナ・カタトゥルフ」の短編ですー!

勝手に楽器使って戦わせてみました⬅️

戦闘は書くとどこか厨n…げふんげふん⬅️
になるので得意ではないのですが…
(;´∀`)


イリーナちゃんが救われる未来(メインストーリー)を祈りながら、あげておきます(笑)

閲覧数:55

投稿日:2018/07/30 23:12:00

文字数:1,686文字

カテゴリ:小説

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