第12章 都バスの運転手
土岐はJRの鶯谷駅まで歩くことにした。鬼子母神の前を通って、JRの鶯谷駅に着いたのは一時過ぎだった。山の手線で田端についたのは一時半ごろだった。駅員に喫茶店ヤマナカの所在を聞くと知らないという。
「ナカヤマという喫茶店なら陸橋を渡り右方向に坂を下り、横断歩道を渡ったところ」
と言う。言われたとおりに歩いてゆくと、埃っぽい外装の安普請の喫茶店ナカヤマがあった。二時までまだ二十分近くある。入り口から一番近い席に座ると宇多に電話をかけた。三時過ぎに九段の事務所で会えないかという要請に、自宅で休んでいた宇多は不承不承で承諾した。つぎに、土橋に電話した。五分ほどで土橋が現れた。四角い顔の小柄な男だった。土岐と一瞬、目線が合った。土岐は名刺を差し出した。
「土岐明調査事務所。どんな調査をされているんで?」
と土橋は名刺に目を落としている。
「なんでも。ある法律事務所と嘱託契約結んでまして、今日伺ったのはその関係の調査で」
「・・・どういうことですか?」
「1月17日、殺人事件がありまして。その被疑者が9時21分発の都バスに上野公園から隅田公園まで乗車したとアリバイを主張してるんです。ピューマのグレーの上下のジャージーを着て、濃紺のニューヨークヤンキースの野球帽かぶり、白いマスクをかけ、肩から緑色の袋を下げてたんですが、見覚えありませんか?」
「・・・それなら、刑事さんに同じことを尋ねられました」
「どう答えたんですか?」
「・・・『始発に乗っていたような気がする』、と答えました」
「それ聞いて刑事はなんか言いました?」
「・・・『気がするというのは確かじゃない、ということだろう』、と言われました」
「それで、なんと答えたんですか」
「・・・『そうです』、と答えました。・・・それから、『スポーツセンターを利用する人間は隅田公園で降りるじゃないか。そういう人間はジャージーを着ていたり、野球帽をかぶっていたり、運動用具を持っていたりしていることが多いんじゃないか』とも言っていました」
「それには、どう答えたんですか」
「・・・『そうです』と答えました」
と言う土橋から目線を逸らして土岐は軽く舌打ちした。
「都バスの防犯カメラの画像は、チェックしなかったんですか?」
「右のミラーの上と左のミラーの上とフロントガラスの下にカメラがあるんですが、これは事故を記録するのが目的で、あと車内の料金箱を撮影するために乗車口の真上にあります。このカメラの画像をチェックしたんですが、上書きされていて、確認はできませんでした」
「その後、警察から問い合わせありました?」
「・・・いいえ。ないです」
「さっきの、『見たような気がする』とゆう理由はなんですか?」
「始発の場合、前後の交通や時間に気を配る必要がないので、乗客に神経がゆきます。ほとんどはボーッとしていることが多いんですが、他のバス停よりは乗車客に注意が向きます。始発以外のバス停では早く右折のウインカーを出したいので、後方の交通に注意が行きます」
「隅田公園のバス停は、どうでした?」
「・・・どうといいますと?」
「ピューマのグレーの上下のジャージーを着て、濃紺のニューヨークヤンキースの野球帽をかぶり、白いマスクをかけ、肩から緑色の袋を下げてた男に記憶はありませんか?」
「降車口はバスの中央なんで、ドアをしめなければならないんで、おり切ったかどうかの確認はしますが、それに最近インバウンドの乗客が、浅草から乗車してスカイツリーまで利用するのが増えて、降車口あたりが見づらくなっています。昔は、利用客が少なくて、隅田公園で降りる客がラケットを持っていると、テニスでもするんだな、と気付いたもんですが」
「男に気付かなかった、ということですか?」
「その時であれ、最近であれ、突飛な格好でもしていれば別ですが、全く記憶にないですね」
と土橋は目をテーブルの上に落としたまま言う。それだけを聞くと土岐は九段に向かった。
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