なんとも不思議な感覚、
自分の記憶が突然始まるというのも。

前の事がなにも思い出せない。

今、僕が持っている記憶は、つい先程からの青と青の光景から始まっている。上の青と下の青、それらは気持ちが吸い込まれてしまうぐらい遠くで、緩やかに曲がった水平な境界線を作っていた。

僕は大きな船の甲板に立っていた。

目の前に広がる水平線の上に空以外なにもないように、僕の記憶の中には空という文字しかなかった。

自分は何者なのか、なぜ此処にいるのか、思い出す手がかりはないのか。

頭の中は空回りするばかりで、次に起こすべき行動も思いつかない。



僕は右舷の海を眺め続けていた。

そんな僕の目に島影が映る。

奥尻島

なぜか、そんな地名が頭に浮かんだ。


このフェリーには前にも乗ったことがあって、この景色は見たことがあるような気がしてきた。

水平線の上に島影が現れたのと同じように、僕の記憶の中に1つの影が現れた。

タタ

そうだ、タタ

それが僕の名前。


自分の名前を思い出した所で、次の問題点。
問題点というよりは、とても嬉しい事実だったりもするのだが、僕の腕の中にはとても美しい1人の女性がいた。

僕は彼女を後ろから抱いたまま、甲板に立っていた。
安心しきって僕に背中を預けている彼女の様子から、彼女と僕はとても仲良しだということが直観的にわかった。

右舷前方の島影が大きくなるにつれ、いくつかの記憶が戻ってくる。

ママ

それが彼女、僕の最愛の妻の名前。


Ma「私、北海道に住みたい」
今までどこに住んでいたのかも思い出せない僕の記憶の中に、彼女の一言だけが鮮明に思い出された。今まで住んでいた所だけでなく、その前のことも全く思い出せないのだが、なぜか北海道に強い関わりのようなものを感じた。

そして右舷前方に見えている島が本当に奥尻島だとすると、僕達は今北海道に向かうフェリーに乗っていることになる。


Ma「ねぇ~、タタぁ~。
また私、全部忘れちゃったみたい」
後ろ抱っこのまま、しばらく海を眺めていた僕達ふたりだが、奥尻島が船の右舷正面に来る頃、ママが先に口を開いた。

どうやら記憶が消えたのは僕だけではなく、彼女も同じのようだ。それも突然に。
そして、彼女の『また』という言葉に違和感を覚えないのは、多分以前にも同じことがあったからなのだろう。僕達は何者かによって魔法か何かで記憶が消されてしまっているのかもしれない。もしかしたら定期的に。

今回の記憶上初めての言葉を言い終えたママは、より強く背中を僕の胸に押し付けてきた。もちろん僕もママを抱く腕に一段と力を込めた。
すると、後上から見る彼女の横顔が微笑んでいるのがわかった。

tA「実は、僕もなんだ。記憶がなくなっちゃったの」
僕も自分の現状をママに報告する。

Ma「そっかぁ~。
やっぱりタタもだったのねぇ~。
私達、仲が良すぎるから、なんでも一緒だね。記憶をなくしてしまうのまで」


そしてまた、後ろ抱っこのまま、僕達は甲板の上に立ち尽くしていた。

時が止まってしまったかのようにも思えたが、しだいに水平線に近づいていく太陽が、そうではないことを教えてくれた。

Ma「へへ、でもやっぱり訂正ぇ~」

夕陽が2人の姿を赤く染める頃、またママが口を開いた。
Ma「全部忘れてしまったというのは間違い。
私はママ。そして私にはとっても素敵で、とぉ~っ~ても仲良しのタタという旦那様がいるの。
それだけは覚えている。
というかぁ~、それだけ覚えていたら十分だよね♪
きっと後のことは些細なことばかりだよね」

確かにママの言う通りだ。

記憶が無くなってしまったという危機的な状況で、僕がパニックにならずに平静を保てているのは、腕の中の彼女のぬくもりのおかげに他ならない。そして、このぬくもりがとても大切なものであることはしっかりと覚えている。そして、それが一番大事なこと。忘れてしまったことは本当に些細なことだけかもしれない。これからどうしたらよいのか何もわからない状況なのに、彼女とはこれからもずっと一緒だという不思議な確信が、僕になんともいえない気持ちの落ち着きを与えてくれた。

ママは僕の腕の中で振り替えると、僕の目を見つめて微笑んだ。それから ふたりは 手をつないで、ゆっくりと船内へと歩き出した。

甲板から船内に入ってすぐの場所は喫茶スペースになっていた。そこには大きなモニターがあった。ゆっくり歩いて来た僕達だが、そのモニターを発見すると、急いでその前に ふたり 駆け寄った。モニターにはこの船の航路の全貌や、現在の船の位置、現在の日付や時間が表示されていた。

モニターの表示によると今日は8月25日、もう少しで晩の7時がくる。この船は日付が今日に変わったばかりの深夜に舞鶴を出港し、今は積丹半島に近づきつつあるところだ。やはり先程見えた島は奥尻島だったようだ。

8月といえば、普通に考えたら、暑くて ふたりでくっついていられないような時期だ。それなのに、ここでは、こうやっておたがいのぬくもりの心地よさを楽しんでいることができる。なんか北海道はとっても素敵な土地のように思えてきた。そして、このまま順調に航海が進めば、数時間後には、僕達はその北海道の小樽に上陸することになる。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

タタママのはーとびーと 1-プロローグ

自分のHPのお引越しと、そこに公開していた物語の大幅な改訂により、以前piaproに投稿したオンガクやイラストの元になった物語を公開している場所がなくなってしまいました。そこで、今までこちらに投稿させて頂いたオンガクやイラストに関連する作品として、テキストも投稿させて頂きます。

物語の今回の部分に関連する作品(挿入歌)は「あれ?」(https://piapro.jp/t/hOFA)と「これからもずっと一緒」(https://piapro.jp/t/bP_c)です。


※物語の中での「」の添字について

普通の会話では、誰が喋っているのかは声色でわかります。そんな感じを文章にも取り入れたくって「」にアルファベットの添え字をつけています。

たとえば、タタの台詞なら

tA「ママピリカ!」

ママの台詞なら

Ma「おっはようございまぁ~す♪」

といった感じです。

声色は、知らない人でも男の声か女の声かくらいはわかります。その感じも添え字で表現したくって、タタのtAのように小文字-大文字の組み合わせが男性の声、ママのMaのように大文字-小文字の組み合わせが女性の声にしています。小文字-小文字は子供の声になります。

※もしも、僕のキャラクターが他の方の作品の中で登場できたら、それはとっても嬉しいことなので大歓迎です。ただし、以下の点をお守りください。

①公序良俗に反しないこと。

②他者の権利を侵害する、または侵害のおそれがないこと。

③R18に該当するような作品ではないこと。

④営利目的ではないこと。

⑤作品の説明文などにtata taheartmaのキャラクターであることを記載すること。

⑥タタとママはとっても仲良しです。絶対に喧嘩させないで下さい。ただし、仲が良すぎるためちょっと不機嫌になるのはありです。

⑦命を落とすようなシーンも可ですが、異世界に移動したような含みを持たせて下さい。特にタタとママはふたり一緒でお願いします。

2016年7月16日HPに掲載
2018年11月25日HPの既に消滅したURLに関する部分を消去しここに転載

閲覧数:76

投稿日:2018/11/25 16:54:49

文字数:2,207文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました