UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その2「プロローグ・2」
わたしの名前は、紫苑ヨワ(しおん・よわ)。今年、4月から中学三年生になる女子である。
変わった名前は、両親が付けてくれたものだ。
小さい頃はよくからかわれたりして嫌な思い出もあるが、小学六年生のとき児童会会長に立候補し当選してからは、からかう人は減った。
中学校に入ってからは、曲がったことが大嫌いな性格が災いして、周囲との衝突を繰返していた。
それでも、グレることなく育ったのは、両親と兄の愛情のおかげだと思う。
中学二年生の夏休みに、母がわたしの名前の由来を話してくれた。
わたしの名前は「夜半の月」を含む和歌から来ているのだそうだ。
母は、高校の時に習った紫式部の歌を思い浮かべたという。
暗い夜にほんの少ししか会えなかった友人を思い浮かべてしまうような、友情の深い人になって欲しかったらしい。
父はもう一つ、「夜半の月」が出てくる和歌を母に聞かせたらしい。
それはどんなにつらい状況でも、夜中の月を美しいと思えるうちは、きっと生きていてよかったと思える時が来る、というものだった。
母の身の上に何があったのかは知らないが、母は感激して涙を流したそうだ。
そのわたしは中学三年生になり将来について少しは考えるようになった。
年の離れた兄は、大学を卒業後、厚生労働省に入った。
父はIT企業で課長をしている。
母はずっと専業主婦一筋だ。
正直、母が羨ましい。
もう十何年も好きな人の側にいて安楽な生活を送っている。
子供二人を育てるのは結構大変だとは思うが、兄はもう独立しているし、わたしもいつまでも両親の世話になるつもりはない。
好きなことをしても誰も咎めないと思うのだが、母は主婦をやめようとしない。父の為に尽くすのが生き甲斐のようだ。
家に父がいるときは子供などお構い無しにイチャイチャしている。少しは年頃の娘に気を遣って欲しい。
でも。
わたしも母のようにただ一人だけのために生きる日が来るのだろうか。
□
ボーカロイドは誰でも訓練を積めばなれる訳ではなかった。
ボーカロイドにプライバシーがないことは前述の通りだが、それは過去にも及んでいた。
小学一年生から訓練の記録があり、現在に至るまでの通知表はおろか、小テストまでも公開されていた。
つまり、ボーカロイドになるには、小さな頃から相当な訓練が必要だったのである。
それは同時にボーカロイドたちの純粋さの証明でもあった。
その小さい頃の訓練の様子を収めた動画には大勢の子供が映っていたが、時間の経過とともに人数が次第に減っていき、小学校を卒業するころには数人にまで絞られていた。
公開されているのは成績だけでなく、成長記録や、補導記録もあった。
ありとあらゆる個人情報が、ボーカロイドたちのSNSから入手することができた。入手できないのは、口座番号や保険証番号、メールやブログなどのパスワードだった。
余りの徹底ぶりに、虐待ではないか、という批判もあったが、新たなスタイルのアイドルの登場を多くの人々は受け入れた。
最初のボーカロイドは、「咲音メイコ」。その一年後に「始音カイト」がデビューし、そのまた一年後に「初音ミク」が登場した。
人々は久々のアイドルの登場に興奮した。
初音ミクの登場はヒットチャートを大きく塗り替えた。
アイドルを長らく待ち望んだ人もいて、ヒットチャートは初音ミクの独壇場になった。
徐々に先行した、メイコやカイトの人気も上昇し、半年後に「鏡音リン・鏡音レン」がデビューすると、トップテンをボーカロイドが占めるようになった。
さらに半年後、「巡音ルカ」「GUMI」「神威がくぽ」がデビューすると、一時的にトップ20をボーカロイドが占領する事態にもなった。
ヒットチャートをアイドルが占めるのは史上初であった。ボーカロイド万能時代の幕開きだった。
テレビのあらゆる場面にボーカロイドが登場した。歌番組は勿論、バラエティー、お笑い、ドラマ、ニュース等々、ボーカロイドを見ない日はなかった。
そうした状況が四年ほど続いたある日、ヒットチャートに変化が起きた。
ある日、UTAUという事務所からアイドルが一人デビューした。
名前は「重音テト」。ファンとの距離を縮め、親近感を高めるため、彼女のプライバシーも大半が公開された。
一番の驚きは彼女の年令だった。三十一歳は免許証のコピーによって証明されたが、容姿は控え目に言っても入学したての大学生だった。一般のアンケートでも16歳に見えるという回答が半数を占めていた。
実力ではボーカロイドに及ばないものの、そこが人間味として共感を呼んだのか、二作目の歌「星間飛行」は過去の曲のカバーながら、ヒットチャートの十位にランクインした。
続いてUTAU事務所は、生まれながらロボ声の持ち主、唄音ウタをデビューさせ、ニッチなファンを獲得した。
さらに現役メイドの桃音モモをデビューさせ、コアなファンの獲得に成功した。
UTAU事務所は一定の成果を上げた。しかし、ボーカロイドの築き上げた王国を崩すには至らなかった。
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