「ロボタ、この赤ちゃんがA彦くんだよ。」
ある日の昼下がり、カノンはそう言ってスマホの画面を目の前の小さなロボットに見せていた。
そこにはツインテールの小柄な女性と、彼女に抱き抱えられた玉のような赤ん坊が写っている。
「ガガガ!」
ロボタと呼ばれた機械人形はそれをカメラアイで捉えると、嬉しそうに返事をした。
「A子ちゃんから名前を貰ってA彦…。少し安易な気もするけど、そういうのもおねぇちゃんらしいかもね。」
鼓家の自室で、彼女は椅子に座りながら机の上のロボタに話掛ける。
A子とは、現在カノンの家に下宿している女の子の名前だった…。
「でね、今日はA彦くんの初めてのお出掛けだったんだけど。
公園で会った人が私の事をお母さんだと勘違いしちゃったの。」
「ガガ…?」
しばらくカノンの話を聞いていたロボタは、その内容に対して要領の得ない返事をする。
「ホラ…私の背が高くて、おねぇちゃんの背は低くて、おまけに赤ちゃんを連れてるでしょ?」
カノンは困った顔をしながら自分の頭頂へ水平に手をやった。
「ガガー!」
ようやく納得したように彼は大きめの機械音声を鳴らす。
「『元気な娘さんですね。』だってぇ。まぁ…似たような事は今まで何度もあったけどね。」
やれやれと言った感じでカノンは溜め息を吐きつつ苦笑していた。
「それで誤解を解いた後は、おねぇちゃんと一緒に散髪に行ったの。
ちょっと遠いけど、カナさんがたまに働いてる美容院に…。ロボタはカナさんの事覚えてる?」
「ガガッ!」
彼女の質問へ、『モチロン!』と言った風にロボタは返事をする。
「カナさんは普段お父さんの会社で業務間の連絡係をやってるんだけど、仕事の合間の息抜きで知り合いの人に頼んで美容師をやらせて貰ってるんだって。なんだか贅沢だよねぇ…。」
カノンは頬杖を着きながら窓の外へ目をやった。
晴れた青い空を一筋の飛行機雲がうっすらと横切っている。
「カナさんね、自分の仕事は近い内にロボットやAIに取って変わられるだろうって言ってたの。そうなったら、その辺の男の人と結婚して会社を辞めるつもりなんだって。」
「ガガガ…。」
彼女の少し寂しそうな横顔を眺めながら、小さなロボットは静かに返事をした。
「でも今はまだ、細かい部分まで気を配るのはたぶん人間の方が得意だろうからって…。」
そう言うとカノンはロボタの方を見てニッコリと笑う。
「それでね、おねぇちゃんたら自分はずっとツインテールを止めるつもりは無いって言うんだよ?私はいい加減、もうちょっと大人っぽい髪型にした方がいいと思うんだけど…。」
彼女は自分の髪を両手で掴んで姉のヘアスタイルを真似てみる。
「ガガッ、ガガガガ~。」
それを見てロボタは笑うような声を出した。
「それから後は、A彦くんのオムツとか粉ミルクを買いにデパートへ行ったの。私が荷物持ち役でね。」
「軽食コーナーでたこ焼きを買って食べたの。A彦くんは、まだ赤ちゃんだから食べられないんだけど、いつか一緒に食べられるよね。」
そんな話をひとしきり喋り終わると、カノンはまた小さく溜め息を吐きながら呟いた。
「ねぇ、ロボタ…。私もそろそろ、そういう事考えた方が良いのかな?」
彼女はゆっくり椅子から立ち上がると、しょんぼりとした様子でベットの方に腰掛ける。
そんなカノンをカメラで追いながらロボタはしばらく無言だったが、少ししてピョンと跳ね起きると、細長いロボットアームを器用に動かし机の上から引き出しをガラッ…と開けた。
その中はありきたりな収納スペースなどにはなっておらず、謎の暗黒空間が奥深く広がっている。
彼は知っていた、その闇の先にはカノンにとって大切な物が隠されていると。
「ガガッ!!」
そしてピキーン!とカメラアイを光らせ勢いを付けると、小さな機械人形は無謀にもその穴の中へ飛び込んだ。
「ええっ!ちょっと、ロボタ!?」
驚いて飛び上がったカノンはロボタが入って行った引き出しの深淵を覗き込む。
しかしその姿はとうに漆黒の彼方へと消え去っていた。
「ど…どうしよぉ…。」
狼狽える彼女は机の周りをオロオロしながらも傍にある紙とペンを手に取る。
『ロボタを探して来ます』
咄嗟にそう書き置きを残すと、カノンは腹を括って異次元のゲートへとその身を投じるのだった。
「ええいっ!!」
逆立つサイドテールを縦に靡かせ、彼女は両腕で頭を守るようにして虚空を落ちていく。
出来ればそのトンネルの先に幸運が待ち受けている事を祈りながら…。
つづく
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