外に出ると、オレンジ色の夕焼けが西の空を染め上げていた。反対側の東の空は既に暗く藍色の夜空へ塗り替えられている。路面に面した店はオレンジ色の灯りを点けて、夜に向けてざわざわと活気を見せている。人々がにぎやかに交差する通りを二人は並んで家に向かって歩いていた。
「それにしても良かったな。店長が良い人で。」
そうレンが言うと、リンは頷き、今度はランチに行こうよ。と言った。
「やっぱりカレーがとっても美味しそうだったのよ。」
「そうだな。俺は何食べようかな。」
パスタでもいいし、キッシュもあるとか言っていた。ケーキも美味しかったのだから、きっと食事も美味しいに違いない。まだ見ぬメニューにレンがそんな思いをはせていると、不意にリンが足を止めた。
 何だ。と驚いてレンが立ち止まったリンの顔を覗き込むと、しまった。と情けない表情で呟いた。
「つまり私たち、又あの店に行ってご飯を食べなくちゃいけないってことか。」
「つまり俺ら、あのカフェのリピーターになる約束をしたってことか。」
リンの言葉にレンも、しまった。と言葉を返した。
「下剋上どころか、売り上げに貢献してるわよ私たち。」
そう苦虫を噛み潰したような顔でリンは言う。
「くっそう。相手のほうが一枚上手だったか。」
「だけど、これで負けたりしないんだから。」
ぐっと握りこぶしを握り締めながらそうリンが叫ぶ。つられてレンも、負けねえ。と叫んだ。
「とりあえず、帰るぞリン。夕飯が俺たちを待ってる。」
「ええ。だけど私、微妙にケーキでお腹がいっぱいだわ。」
そんな会話をしながら家路を歩く二人に、背後から声をかけるものがいた。
「君たち。ちょっといいかな。」
二人が振り返ると、長身の見知らぬ男が立っていた。
 それは、おしゃれと対極の無精ひげにぼさぼさの長い髪の、怪しげな男だった。ロリコンでショタコンの不審者だろうか。とレンが警戒心を露に男を見上げると、男はしかし意に介した様子もなく、君ら良い声してるね。と言った。
「声?」
唐突に何を言うのだ。とそうレンが訝しげに問うと、男は歌をうたわないか。と言ってきた。
「俺は、音楽活動をしているものなんだ。この間作った曲を君らに歌ってほしいな。と思ったのだけど。どうかな。」
あまりに話が唐突すぎやしないか。見も知らぬ男の話だ。下手に乗ったら、攫われて外国に売り飛ばされるかもしれない。
 そう思ったレンが断ろうと口をあけるより前に、横でリンが口を開いた。
「それは私たちに歌手になれってこと?具体的にはどういうことをするの?」
リンの問いに男はええと、と少し考えるように説明を始めた。
「俺は作った曲をネット上に流して、その反応次第でCDにして売り出しているんだ。嫌ならその動画にも君らの顔は出さない。ただ君らは歌ってくれればいいんだ。」
男の説明に、ふんふん。とリンは頷いた。
「いいわ。やる。」
そして朗々とリンは即決した。驚いたのは横で聞いていたレンである。
「おいちょっと待て。」
慌てて思い留めるように、レンはリンの腕を掴んだ。
「こいつが不審者だったらどうするんだよ。もうちょっと考えてものを言え。」
「もちろん、ちゃんと身元は確認するもん。」
レンの言葉にそう返してリンはにやりと笑った。
「いいレン。これは下剋上のチャンスよ。」
「チャンス?」
「そう。これで私たちが一躍有名になれば、鏡音の和菓子も自然に有名になるじゃない。」
そう上手くいくだろうか、いや無理があるだろう。
 そうレンが脱力していると、横から男が、いいねえ下克上。と言った。
「下剋上の心意気、俺は好きだなぁ。」
そう朗らかに言ってくる。その言葉にリンも、でしょう。と良い笑顔を見せる。
 あの、勝手に不審者と意気投合しないで欲しい。と更にげんなりとしているレンの名をリンが呼んだ。
「レン。」
そう名を呼んで、リンは不敵な笑みを浮かべた。
「下剋上よ。」
子供の頃から変わらない揺らぎ無いリンの笑顔に、ため息ひとつ吐き、しかし次の瞬間にはレンもにやりと笑った。
 無鉄砲なリンの歯止めをするために普段は抑えているが、レンもこういった無茶苦茶は大好きである。
 基本、この双子は人をあっと言わせるような事が、大好きである。
 呼応するように、レンも不敵な笑みを浮かべて言った。
「下剋上だ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

鏡音和菓子店・4~下剋上(完)~

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

カフェの設定で他の話を考えていたのですが、番外編的な下剋上話を思いついてしまったので、思わず書いてしまいました。
てか、本編的な方の話が出来上がっていないのに、こっちが先にできてどうするよ私。な気持ちでいっぱいですが。

そんなわけで、小林君と店長と、不審者(笑)はオリジナルです。
本編的な話は、ちゃんとイメージが固まったら書こうと思っていますが、予定は未定。

原曲様・一行P様【鏡音リン・レン】下剋上(完)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2871474

閲覧数:266

投稿日:2009/11/08 17:49:09

文字数:1,794文字

カテゴリ:小説

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