第二話「平成原人、自宅を訪ねる」
タイムスリップは、もしかしたら本当であるかもしれない。
そう警官に話したら、疑問と嘲笑の入り混じった複雑な表情で、顔をしかめた。
最初は警官も信じられなかったのだろう。
そりゃそうだ。誰だって信じるわけないよな、こんな突拍子もない話。
けれど、私の肩に絶滅したはずの昆虫が張り付いている事から、警官は私の話を信じたのだ。
"ふむ。もしかするとこの時代の君に会えば、帰る方法が分かるかもしれない。多分な"
彼は私にそう言った。
多分ってなんだよ。多分じゃ困るよお巡りさん。
それから彼はパソコンを使って私の家を調べ出した。
身を寄せる所など他にあるまい。こんな交番にいつまでも長居するのも嫌だろう?そう言って。
警官はパソコンに映された地図の一部分を、人差し指で示す。
"ほら、ココが今の君の家の住所だ。多分な。訪ねてみるといいさ"
だから多分って何だよ。どうせならきっちり調べ出せよオイ。
インターホン押して違う人間が出てきたら私どう言い訳すりゃいいんだ。
"まぁ後は地図を見て、頑張ってくれ。本当なら君をそこまで送り届けたいのだが、私も警官として忙しい身なのでね、まだ午後の巡回が残っているんだ"
……なんなんだ全く、人の話もろくに聞かないで。ホントに適当な警官だ。
というかあんなのを警官と呼んでいいんだろうか、今更だけど。
無論、髪型的な意味で。
*
そんな成り行きで私は今、我が家と思しき家の目の前に立っている。
というか、ホントにここで合っているんだろうか。
渡された地図と、目の前の光景を照らし合わせて確認をしてみる。間違いはなかった。
けれど疑うべき点が二つあった。
まず自分を疑った。
実を言うと私、極度の方向音痴なのです。こんなにも迷いなく目的地に来る事が出来るなんて、滅多にない。
彗星が地球を通り過ぎるのと同じくらい、奇跡的な事だ。
次に、目の前の家について疑った。
……。
なにこの昭和の風景にいかにも馴染みそうな、ボロイ住宅。
え、ここ廃屋じゃね?もう人とか住んでないんじゃね?
赤っぽく朱塗りされた屋根は朽ち、褪せている。
くすんだ土壁は、ちょっと小突いただけで砂糖のように崩れ去ってしまいそう。余程雨風に晒された事が分かる。
しかもなんか、庭の方は雑草ボーボーだし。手入れをされた形跡がない。
それに周りの住宅と比べてみるとよく分かる。
昭和の風景にこそ似合えど、2061年の風景にはさっぱり馴染まない。周囲から孤立してる感が半端ない。
私は今、声を大にしてこう叫びたい。
この家ボロっ!!
50年前の平成原人にも理解できるわ!
しかし何度確認をしても、地図にも私の方向感覚にも間違いはない。
地図が示しているのは、やはりこの場所のはず。
……ほんとにいいのか、ここで?
いつまでも立ち止まっていたって仕方ない。
違ったら違ったで、「間違えました、スミマセン」って言えばいいんだ。
違ったらあの警官を荒川の上流から流す。逆さ吊りにして拷問してから流す。よし決めた。
私はチャイムを押した。
ちなみにこれもかなり古風な造りで、インターホンのように通話が出来ない。だから直接外にまで出てくるしかない。
不便なものだ。こんなに時代が進んでいるっていうのに。
「はーい。ごめんなさい、ちょっと今料理中だったもので……って、あら」
1分くらいして、奥からその声が聞こえてくるとともにがらり戸が開いた。
出てきたのは、まだ30代前半くらいの若い女性だった。
腰まで下がった緑髪のツインテール。無地で橙色のTシャツと、下にはジーンズを履いて、格好はとてもラフで軽い感じだ。その上には白いエプロンをつけていた。
「ど、どちらさまですか?」
敵意を抱かせぬよう、なるべく私はにこやかさを取り繕って言う。
「や、別に怪しいものじゃあありません。ここ、グミさんのお宅ですか?」
「は、はぁ。まぁ、そうですけど何か」
「私、グミさんからこのクワガタを預かった者です。つい先日、グミさんから返してほしいとの要請があったもので、グミさんの拙宅へと訪ねた次第です」
あ、やばい。「拙宅」じゃなくて「邸宅」だったか?つい本音が。
今ものすごく失礼な事言いました、ゴメンなさい。
というか、私の訪問理由も意味不明だ。考えてる暇がなかったからこんなんなったけど、それにしたってもうちょっとマシなのがあるだろ、バカ。
心の中で自分に悪態をつく。
しかしエプロンをつけた女性は、そんな事を気にもとめない様子で私の肩を見る。
やがて、叫んだ。
「そ、それは……ジュリアス?!」
じゅ、ジュリアス?このクワガタの名前?
「何か心当たりが?」
「え、ええ。昔、母のペットだったのよ。20年くらい昔の話だけど。でもどうしてそんな、クワガタは絶滅したんじゃ……」
女性は困惑してこちらの肩を見る。少し恐怖におびえてるようにも見える。
「ひょっとしてジュリアスの怨霊?怨霊なのね!?私に、あの時の復讐をしに来たの!?イヤ、イヤ……」
お前は一体クワガタに何を語りかけてるんだ。そして過去に何をやらかした。
じりじりと彼女は後ずさる。それもかなりオーバーな感じに。
「あなたの昆虫ゼリーを全部食べたのは悪かったわ!でも一度だけ食べてみたかったの。一個で済ませるつもりだったの……でも意外においしくて、やめられないとまらない……」
やめられないとまらないじゃねーよ!それは「○っぱえび○ん」だよ!
てか昆虫用のゼリーとかよく全部食えたなぁ!!
「あの時の、恨みなのねっ……!私の事は好きにするといいわっ!」
ギン!と女性はこっちを睨んだ。正確には、肩のクワガタだけど。
あーあ。何だかもう、完全に一人でマイワールドに浸ってしまっている。
こっちの世界に引き戻すのも難しそうだ。面倒だし放っておくか。
というか、下手に話しかけるとヒステリック気味にキレられそうだから、放っておかざるを得ない。
どうしようもなく、はぁ、と溜息をついた時。
「おーいミクー、なんか焦げ臭いぞー?」
家の奥からそんな声がした。若い、男性の声だった。
「あの、奥さん。誰か呼んでますけど」
「怒りのこもったそのハサミで、私を挟むがいいわ。さぁ!」
ダメだ、全く聞いてない。もはやクワガタしかこの人の目には映っていない。
どうしようもないので、そのまましばらく突っ立っていると、家の奥からまた誰かが出てきた。
今度は男性で、これまた30代前半。
ピシッとしたワイシャツとズボンをまとって、片手には新聞を持っている。
女性と同じく緑髪だった。
「ミク、火ぃつけたまんま台所から離れんなよ。危ねぇだろ。せめて強火から弱火に変えとけよ」
男性は溜息をつきながら、その女性に呼びかける。その声で、彼女は我に返ったようだ。
「あら、あなた」
「魚、真っ黒焦げだぞ」
「えぇ!?」
「えぇ!?じゃねーよ。当たり前だろーが、アホ」
ぺし、と彼は彼女の頭を軽くたたく。
「ごめんなさい。やっぱり私、料理は向いてないみたいだわ」
「いや、料理以前の問題だから」
彼は冷静に突っ込んでいく。
なんか……ようやくこの物語で私以外のツッコミキャラが出てきてくれた。
ツッコミキャラが私だけじゃあまりに荷が重すぎるから、誰か他に出て来てくれないかなと思っていた所だ。
私ももう突っ込み疲れたし。
「お前は台所行ってろよ。俺が応対するから」
「ごめんなさいね。あなた、色々頼りにしてるわ」
「はいはい。いくらおだててもシャネルのバッグは買えねーけどな」
「分かってるわよ」
彼女はトテトテと小動物のような動きで、玄関を上がって奥に入って行った。
それを見届けると、男性はこちらを振り向く。
「……すみませんねぇ。家内があんな天然で」
「あれは天然ってレベルなんですかね。一つ間違えば大火事ですよ」
「はは、確かに。天然は時に恐ろしいもんです」
彼は苦笑して、頭をぽりぽりと掻いた。
「ウチもオール電化にしたいんですがね、これこの通り貧乏なもんで。改築すらも出来やしない」
「なるほど……そういうことだったんですか」
「50年前の人間でも、ここがボロ住宅だって分かりそうなもんですよね。ははは」
彼は苦笑いした。
私は心の中で詫びる。
一瞬廃屋かと思いました。家の事情とか何も知らずにゴメンなさい。
でもこの人なら、話しが通じそうだ。
あの警官といい、あの女性といい、話の通じそうなまともな人間が今まで出てこなかったし。
もしかするとこの人なら、私がタイムスリップして飛んできた、なんてバカげた話も、説得すれば信じてくれるかもしれない。
「あの、改めて確認しますが、ここがグミさんのお宅ですか?」
「はい。ま、今は事情でいませんけどね。それで、何の御用件?」
一瞬言うかどうかをためらったが、私はすーっと深呼吸して息を整える。
「用件とかじゃなくて。突然こんな事を言っても、信じてもらえないかもしれませんが――……」
私、遠い昔からタイムスリップしてきた者なんです。そう言おうと思った時――。
「あなた、グミさんですね?50年前から飛んできた」
「え?」
「お義母さんから――や、この時代のグミさんから聞いてますよ。つい一昨日ね。あなたがここに来る事は分かってました」
「え、え?」
どういう事だ。既に分かっていたって?私がここに来るのが?
困惑している私を見て、彼は言った。
「まぁ、あがってください。こんな所で立ち話もなんだし、それに話すと長くなりそうだから。こんな拙宅ですが、どうぞ」
そう言って、彼は家の中に入るよう促す。
その流れに乗って私はワケの分からぬまま、中へと招き入れられた。
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