貴志子は人ごみを避けて物陰へと隠れた。イベントブースの片隅、大型ゲーム機の脇だ。人目を気にしながらも、急いで携帯電話を取り出す。。
「ちょっとジーク、出てきなさいよ。聞きたいことがあるんだけど」
 携帯の画面に向かって叫ぶ貴志子。その言葉には棘があった。あることを確信している。そういう言い方であった。
 数秒後、携帯の画面にドット絵姿のジークルーネが姿を現した。
「何よー。何か用事かしら?」
「とぼけないで。私のゲーム機に侵入していたでしょ。超高性能のAI様なら、そういうことも出来るわよね」
「ふうん。ちょっとは頭が働くようになったみたいね」
 ジークルーネは否定も肯定もせず、含みのある言葉を発した。
「ふうん、じゃないの! やったんでしょ?」
「だったらどうなの? あなたが悪いのよ。私をほったらかして遊んでるんだもの」
「そ、それは……」
 そういえば遥という女性を探すのが、ここに来た目的だったのではないか。無茶な理論で言いくるめられたとはいえ、まるっきり無視してきたのだから、それは良くなかったかもしれない。
「わ、悪かったわね……。でも悪戯したのとこれとは別問題よ。真剣にモンスターを育ててゲームを楽しんでいる彼や亜紀を侮辱するようなことは許せない」
 貴志子の怒りの原因はそこにあった。日本チャンピオンになるくらい、ゲームに真剣に取り組んでいる相手に、反則それも超が付くほどの反則行為で勝ったのだ。自分に非が無いとはいえ、知らなかったで済まして良い事ではない。
「むぅ……」
 ジークルーネは額に怒りの四つ角を浮かび上がらせ腕を組んだ。ドット絵の表情からは、何を考えているのか窺い知ることは出来ない。
 ジークルーネはしばらく考えたまま動かなかった。
 貴志子もこれ以上のことを言うつもりはなく、ジークルーネの判断を待った。
 それから、たっぷり一分くらい経ちジークルーネが口を開いた。
「そうねぇ。確かに悪いことをしたかもね。彼のモンスターはよく育てられていたわ」
 いつの間にかジークルーネから怒りの四つ角が消えていた。ジークルーネは零のモンスターの詳細なステータスを知っている。それらから判断するに、彼がどれだけ吟味し育ててきたのか、娯楽に明るいジークルーネだからこそその努力に理解を示したのである。

「よし。じゃあ一緒に謝りに行こう」
「へ? 正気で言ってるの? 私は別に構わないけれどね」
「あなたを説明しないと、反則の説明が出来ないじゃないのよ。ゲームに詳しい人ならそんなに怪しまないと思うし、大丈夫よ」
 貴志子は事情を古城零と亜紀に話し、先程のことを謝ることに決めた。ジークルーネのことを話すのは少しだけ躊躇われたが、それでも特に何か問題があるわけでは無い。二人がゲームに詳しく、こうした異常事態に耐性がありそうなことも貴志子の判断を後押しした。
「彼の居場所教えてあげましょうか?」
「分かるんだ、って当たり前か。まずは亜紀と合流してからね」
 貴志子はまずは亜紀と合流するため、マジモンのバトルブースへと戻った。

 バトルブースでは亜紀が首を長くして待っていた。対戦はまだまだ続いているが、亜紀も十分にやったのか、主に観戦だけして貴志子を待っていたようである。
「貴志ちゃん、おそーい!」
「ゴメン。それよりチャンピオン見なかった?」
「こっちには戻ってきてないみたいだよ。三縦されたのがショックだったのかも」
「さ、さんたて?」
 三縦とは主に三キャラ使用の対戦ゲームで使われる言葉で、一人目のキャラだけで三人全員を倒してしまうことを意味する。もっとも貴志子にそんな専門用語が分かるわけも無く。貴志子は軽く受け流した。
「悪いんだけど、亜紀も一緒に探してくれるかな」
「うん。いいよ」
 亜紀は快く古城零を探すのを了承した。ジークルーネに頼めば携帯等での位置補足が可能なため、貴志子にしてみれば探すというのは建前で一緒に行動してもらうための了解である。
 亜紀の了解を得、貴志子は早速携帯を開きジークルーネを呼び出した。
「ジーク。彼はどこにいるの?」
「あなたが興味を持ったリズムゲーム覚えてる。今はあそこにいるみたいね」
「わかったわ。ありがと」
 貴志子は携帯をしまうと周囲を見回している亜紀に声をかけた。
「亜紀、場所を移動しながら探しましょう。私の勘じゃ、あっちにいるような気がするわ。あっちに行きましょう」
 既に居場所をしているくせに何を言うのか。貴志子は主導権を握ると、一気に行動に移していった。

 来たときのように周囲を見回しながらの移動とは違って、はっきりとした目的地が存在する場合の移動にはそれほど時間がかからなかった。
 貴志子と亜紀は例のリズムゲームの場所で古城零を発見した。
「ゼロ、発見したであります」
 貴志子に向かって敬礼する亜紀。誰かの物真似だろうか。貴志子には全く分からなかった。
「えーと、古城零さんだっけ」
「なんや。今、わいは傷心中やで、ほっといてーな」
「さっきの対戦について、ちょっと話しがあるのよ。ちょっといい?」
「ふうん。やっぱ、なんかあったんやな」
 零の目付きは険しい。彼も先程の対戦では違和感を感じ取っていた。データ改造などを疑ってはいたが、マジモンの解析は複雑なうえ、少しでも改造の疑いがあれば対戦時にアラームが鳴る仕組みになっている。さらに貴志子は何度も対戦を行っていたのだ。改造ではない何か、零には見当が付かず違和感だけが燻っていた。

 三人はゲーム会場を後にすると、ちょっと遅めの昼食もかねて近くにあるファミリーレストランへと入った。それぞれ適当なものを注文すると、貴志子から話を始めた。
「二人は実力者だから気が付いたみたいだけど、さっきの対戦、実は正々堂々としたものじゃなかったの」
「やっぱりかいな。この俺様が負けるなんておかしい思ったわ」
「ちょっと待って。それっておかしいよ。だってあの三匹は、今日私が貴志ちゃんにあげたんだから、改造とか不可能だよ」
 亜紀の言い分は正しい。時間的な制約、なによりパソコンに類するものが無ければ、改造などできっこない。
「元々ゲーム機自体に細工してたんちゃうか?」
「貴志ちゃんはそこまで機械に詳しくないよ」
「事情はちょっと複雑なのよ。二人とも驚かないでね」
 貴志子は驚かないでと前振りをしておいて、携帯電話を机の上に置いた。
「ジーク。ちょっと説明してくれる」

「仕方ないわね」
 携帯に現れたジークルーネはドット絵ではなく、元の完璧な立体モデルだった。プログラムの修復が完了したわけではなく、高性能AIとしての誇り、単なる見栄であった。
「そこの二人、一度しか言わないからよく聞きなさい。私の名前はジークルーネ。超高性能AIよ。これからは貴志子共々こき使って―――」
 貴志子はそこで携帯電話を閉じた。これ以上喋らせておけば、ジークルーネはとんでも無いことを口走りそうだった。

「とまあ、分かってもらえたかしら? さっきの古城さんとの対戦は、裏で彼女が無茶苦茶やってみたいなのよ。私も知らなかったとはいえ、ゴメンなさい」
 どれだけ理解してもらえたのかは分からないが、貴志子は言いたかったことを言い切った。これで少しは胸の内が軽くなるだろう。

「な、なにそれ。かわいいーーー! 貴志ちゃんもう一回見せてよ。それって亜種だよね、亜種」
「亜種?」
 妙にハイテンションになった亜紀。貴志子には何が何やらさっぱりであった。
「超高性能AIの仕業……理解できへんわ。馬鹿にしてるんか」
「ゴメンなさい。納得いかないのは分かるけど、これが説明の全てなの」
「納得いかへんわ!」
 その時、零の携帯の着信音が鳴った。携帯を開いた零は目を疑った。
「な、なんやねん!」
「はーい。ごきげんよう。さっきの対戦では茶々いれてゴメンなさい。あんまり怒らないでね。こういう場合はそうね……乳酸菌取ってるぅ?って言ったらいいのかしら」
「ア、アホ! 乳酸菌飲料なら、毎日飲んでるわ!」
 零は危うく携帯を落としそうになった。

「分かってもらえた……。彼女はネットを通じてあらゆる場所に移動可能なのよ。携帯ゲーム機も然りね」
「分かった、分かったけどな。もし本当なら、こりゃ凄まじい技術やで……。なんや頭イターなってきた」
「日本はじまったーーーって感じね。貴志ちゃん羨ましいなあ。私も欲しいよ。それどこで手に入れたの」
「うーん。それがね。パソコンに勝手に送られてきたの。なんでも牧遥って人が送信したらしいんだけど目的は不明ね。それでいま彼女を探しているんだけど、なかなか……」
「そんな危なげなデータ、さっさと返してしまいや。変な事件に巻き込まれたら、取り返しつかんよーなってまうで」
 零の言葉は最もである。最新技術の塊みたいなジークルーネ、ゲームや漫画の世界ではないが、彼女を巡って争いが起こっても不思議ではない。
「そうよね。たぶんそれが一番なんだと思う」
「ちょっと勿体無い気がするけど、また変な事件に巻き込まれたら怖いしね」
 亜紀は例の事件でとんでもない恐怖に晒された。貴志子の身に同じか、それ以上の恐怖が襲うかもしれないと想像し、心配するのは自然なことだった。
「えーと、西条やったか。一つ言うとくけど、これからはホイホイ誰にでもこのことを話すんやないで。アッキーもこのことは他言無用や。ちょっと危ない感じするわ」
「何だか巻き込んじゃってゴメンなさい」
 対戦のことを謝りたかっただけなのに、なんだか大変なことに巻き込んでしまった。貴志子は自分の迂闊な行動を後悔した。
「別にそのことについては謝らんでもええわい。むしろ貴重な体験させてもろて、感謝したいくらいや」
「そうだね。私も話してくれて嬉しいな。だって少しでも恩返しが出来そうだもん。牧遥さん、私のほうでも探してみるね」
「乗りかかった船や。わいも探してみるわ。遥さんに聞きたいこともようさんあるしな」
「うん。ありがとう」
 その後、貴志子と零は携帯番号とメールアドレスを交換し、いつでも連絡が取り合えるようにした。星の数ほどの人間の中から、一人を探し出すのは極めて困難であるが、貴志子とも亜紀とも違う人脈を持つであろう古城零が牧遥を探しを手伝ってくれるのは心強かった。

 

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Double 8話

お遊びはここまで、次回よりハードな展開です。

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投稿日:2010/05/29 20:58:57

文字数:4,257文字

カテゴリ:小説

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