十五歳になれるのは……蓮と鈴の、どちらかだけ……
 一人は、滅びる。
 突きつけられた、残酷な事実に、蓮は、ぎゅっと、胸を押さえた。今にも、押しつぶされそうだった。
 いや、いっそ、今すぐ、押しつぶされてしまったら、これ以上、苦しまなくてすむし、鈴は、平和に、十五の夜を迎えられるのかもしれなかった。
 鈴は、泣くだろうか? 自分がいなくなることに。
 きっと、彼女は泣く。心の優しい彼女だから、夜も寝られないほど、哀しんで苦しむのだろう。
 そんなことは嫌だった。
 鈴には、いつでも、その名の通りに、きらきらと、笑っていてほしい。
 でも、鈴が、自分を、蓮を忘れてしまうなんて……
 そんなことは嫌だった。
 鈴の中に、ほんの少しでも、残っていたい。鈴が自分を忘れてしまうなんてことは、自分が、存在しなかったよりも、どんな酷い方法で、惨殺されるよりも、蓮の心を切り刻むのだ。
 そして、そして、蓮は、死にたくなんかなかった。
 生きたかった。
 鈴と、生きたかった。
 夢から、覚めても、鈴と一緒に、生きたかったのだ。
「嘘だろう? 水の月。お前は、空の月を愛しているだろう?」
 潤んでも、なお、目映い満月を睨んで、蓮は問いかけた。
「双子の月だろう? それなのに……どうして……どうして……俺と鈴は、一緒にいられない……」
 蓮の声は、震えて、水の滲んだ紙切れのように、酷く、弱々しく響いた。
「どうして、一人しか、生き残れないんだよ」
 震える握り拳で、蓮は結界を叩いた。月を傷つけられたらいいのに……初めて、蓮は思った。
 そして、まるで、それを打ち消すように、涙が零れ落ちた。
 先ほどから、ずっと、主を労わるように、守るように、蓮に寄り添っていた鈴月が、消え入りそうな声で鳴いた。
 今の蓮には、それに答える気力がなかった。蓮は、そのまま、月の上に、崩れ落ちた。
 崩れ落ちた蓮を、鈴月が包み込む。そして、鈴月ごと、水色の優しい光が、包み込んだ。


 金色の光に、くすぐられて、目を開いて、蓮は、思わず、胸をぎゅっと、抑えた。
 水の中、蓮の花の中。
 いつもと変わらない、金色に輝く、その場所に、響くのだ。
 あの長老の言葉が……
 これは、夢なのか……?
 それとも……あれこそが、悪夢だったのか……?
 そうであってほしい。
 うそであってほしい。
 蓮と鈴のどちらかが、滅びないといけないなんて………
 けれど、いつまでも、鈴の音は、響かなかった。金色の大地に、蓮は、たった一人だった。
 それこそが、あの恐ろしい事実が、現実のことのようで……
 鈴が、あまりにも、遠くなってしまったようで……
 そして、それは、拒絶のようだった。
 蓮は、ぎゅっと、目を閉じた。
 力も、心も、生命も、何もかも、とじてしまいたかった。
「鈴」
 でも、とじられない想いが、しまいこめるはずのない名前が、蓮の口から、零れ落ちた。
 そのとき、それに重なるように、響いたのだ。
 リンと、あの鈴の音が。
 そして、それは、リン、リン、リンと、響き続け、泣くように、空間を震わせた。
 鈴が泣いているのだ。自然と、蓮は、そう思った。
 震える風に、鈴生りになった鈴は、涙のように、きらきらしていて、今にも、零れ落ちそうだった。
 悲鳴のように、空間を突き刺すように、響いた鈴の音とともに。鈴は、現れた。
 やっぱり、その顔には、幾筋も、涙が伝っていた。
 ずっと、泣いていたのだろう。
 鈴も、知ってしまったのだろう。
 その顔に、いつもの、はじけるような明るさも、無邪気さもなかった。
 それが、哀しくて、少し、ほんの少し、嬉しかった。
 くらりと、鈴の身体が、人形のように、傾いだ。
 反射的に、地面を蹴った。そして、蓮は、落ちてきた鈴を、何とか、抱きとめた。
 でも、それが、精一杯で、そのまま、蓮も、倒れこんだ。
「ごめんね。蓮」
 震える声が、そう言った。
 鈴の頬を伝った涙が、蓮の首筋に落ちる。生暖かい、その感触が、妙に、甘美だった。
「いいよ。俺が、ぼーっとしていたのが悪いんだし」
「ううん。それだけじゃないの」
 泣くように、笑うように、鈴の喉が、小さく、震えた。
「ごめんね。蓮。鈴のこと、殺してもいいよ」
 鈴を転がしたような声が、歌うように、紡いだ、その言葉の意味が、蓮の頭には、うまく、伝わってこなかった。その言葉が、歌の文句のように、あんまりにも、綺麗に、奏でられたからだ。
「蓮になら、殺されてもいいよ」
 その意味を解して、顔を上げた蓮を、まっすぐに見て、鈴はそう言った。頬を涙の跡が、波模様を描いているが、泣いてはいなかった。
 その目は、真剣で、口元は、綻んでいた。
「蓮が好きだから、蓮にあげられないものなんて、何もないよ。そう。この生命だって」
 鈴が体を起こした。華やかな衣が揺れて、鈴と、玉飾りが、泣くように、笑うように、さざめいて、何だか、眩暈を覚えそうだった。
「蓮が死んじゃうくらいなら、あげるよ。鈴の生命」
 身体を起こして、そのまま、鈴を抱きしめた。案の定、震えていた。
 華やかな衣の下に、震えを隠して、笑顔の下に、怯えを隠して、笑って見せた鈴の想いを思うと、蓮は堪らなかった。
「俺も……鈴が死んじゃうなんて、絶対、嫌だ。俺が死んだほうがいい」
「蓮!!」
 静かに、でも、強い、その言葉に、鈴が、悲鳴のような声で、蓮の名を呼んだ。
「うん。だけど、ふたりして、そう思っているんじゃ、どっちも、不幸になるだけだ」
 穏やかな声だった。いつの間にか、蓮の心は晴れていた。
 蓮は、顔を上げると、目じりに涙をためて、蓮を見上げる鈴を、まっすぐに見た。
「鈴。考えよう。きっと、ふたりで、生きていける道があるはずだ」
 力強く言った蓮の言葉に、鈴の頬を涙が伝った。その涙を、己の手で、すくいとって、蓮は微笑んだ。
 晴れた心で見てみれば、難なく、未来はうつった。その未来に向かって、頷いて、蓮は微笑んだ。
 同じ未来を見ようと、まだ、不安そうにしながらも、微笑んだ鈴に向かって。
 嵐の前の、いたいけな子どものように、抱き合いながら、二人は、未来を、築こうとし始めていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

双子の月鏡 ~蓮の夢~ 八

これから、それこそ、嵐のように、展開していきます。
展開し始めたばかりですので、まだまだ、続きます。
たぶん、どんどん、和風ファンタジーっぽくなります。

閲覧数:198

投稿日:2008/09/07 16:39:07

文字数:2,567文字

カテゴリ:その他

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