グーミリアにより高度で範囲が広い魔法を教えるために私たちは彼女の故郷、エルドの森に来ていた。
王宮で魔法を失敗して城を壊そうものなら王女は激怒し、私たちは最悪ギロチンにかけられるだろうが、ここなら失敗してもまあ、ある程度なんとかなる。
グーミリアは感情をあまり表には出さないが嬉しそうに森の奥へ進んでいく。もしかするとホームシック気味だったのかもしれない。数百年暮らしてきた地から離れたのだ。彼女だってホームシックになるだろう。
愛弟子のかわいい一面を垣間見、少し和んでいると彼女は突然足を止めた。
「どうしたの?」
「誰か、いる」
彼女の視線を辿ると、木々で顔が見えないがエルフェ人の少女と以前にエルドの近くですれ違ったネツマ族の少女がエルドのいる方向へと向かっている。
「巡礼者かしら?」
グーミリアはしばらく少女たちの方を見ていたが、突然彼女たちの元へ駆け出した。
「グーミリア⁉︎ ちょっと、待ちなさい!」
私の声で少女たちは足を止め、こちらを見た。
「あれ? グーミリアとエルルカだ! 久しぶりだね」
「久しぶり、ミカエラ」
エルフェ人の少女は私たちがよく知っているミカエラだった。
グーミリアと再会を喜びあっている姿を微笑ましい気持ちで見ていたら、ネツマ族の少女がグーミリアを睨んでいるのに気づいた。
「ミカエラ、そちらは?」
「ああ、この娘はクラリス。私がエルド様の側で倒れてたところを助けてくれて、仲良くなったの。今は一緒にキール様の屋敷に住み込みで働かせてもらってる。クラリス、こっちのエルフェ人の娘が親友のグーミリア、こっちの桃髪の女性が私に歌を教えてくれたエルルカよ」
グーミリアと私のことはそのように言っているのか。その説明なら嘘は言っていないし、不信感もない。考えたものだ。
「初めまして、クラリス。ミカエラを助けてくれてありがとうね」
そう言うとクラリスはうつむいた。
「いえ、そんな……私の方がいつもミカエラに助けられていて……」
「そんなことないよ」
ミカエラはクラリスの手を取り、彼女の目を見て諭すように囁いた。二人の間に不思議な雰囲気が流れる。
「初めまして、クラリス」
二人の世界に入りかけていた彼女たちをグーミリアが引き戻した。ありがとうグーミリア。
「それにしても、二人ともこんなところで何をしているの?」
私の問いにミカエラが朗らかに答えた。
「私たち、結婚するからエルド様に報告しようと思って」
——時が、止まったような気がした。
「ごめんなさい、ミカエラ。もう一度言ってくれるかしら?」
「私たち、結婚するからエルド様に報告しようと思って」
グーミリアも珍しく驚いた表情が隠せないでいる。私も同じような顔をしているのだろう。
「結婚……? ミカエラと、クラリスが?」
グーミリアが二人に尋ねた。
「うん、そうだよ」
「……ミカエラ、少し話があるわ。ごめんなさいね、クラリス。ちょっと待っててもらえるかしら?」
グーミリアと一緒にミカエラの手を引いて森の奥へ連れて行く。ミカエラは抵抗しなかった。
「ミカエラ、あなたは自分の正体をクラリスに話したの?」
私がそう問うとミカエラは視線を地面に落とした。そして少ししてから口を開いた。
「私は、秘密にしたくない、けど……」
ちらりと私とグーミリア、そしてエルドを見て黙ってしまった。
心優しいミカエラのことだ。きっと、クラリスに自分の正体を明かしていないのは到底信じてもらえそうにない話だからとかそんなことではなく、私たちを思ってのことだろう。
まだ彼女を人間に転生させた目的、大罪の器の回収は果たされていない。
それに、もしもクラリス以外の誰かに話を聞かれたら。
精霊が存在すると知った人間の中には森にいる精霊に危害を加える者もいるだろう。彼女自身もグーミリアも危ない。
でも、クラリスに隠し事はしたくない。そんな彼女の苦悩が沈黙から読み取れた。
「ミカエラ、私たちが人間でいられる時間は、長くない。結婚しても、すぐに別れがくる。クラリスを、置いていってしまう」
辛そうに、言葉を絞り出すようにグーミリアは言った。
「私にも、大切な人ができた。でも、いつまでも一緒には、いられない」
「分かってる。これは私のわがままだって。でも……でも、短い間でもクラリスと一緒にいたい。クラリスと、一緒にいたことを証明できるものを残したい」
彼女の声には芯があり、その眼差しからは強い覚悟がひしひしと伝わってきた。長い人生の中で幾度も見てきた、愛する人がいる人間の目だ。
「話は全て聞かせてもらったぞ」
「エルド様!」
突如、エルドの声が森に響いた。
「クラリスといったか、お前さんも出てきなさい」
そう遠くない場所に生えている木の陰からクラリスが現れた。
「……すみません。盗み聞きしてしまって……」
「あなた、エルドの声が聞こえるの……なるほど、少し魔力があるようね」
「私たちの話を、聞いていたのか」
クラリスはバツの悪そうな顔をしていた。
「クラリスよ、今の話を聞いてどう思った」
クラリスは少し考えるような素振りをして、口を開いた。
「そんなに驚いてはいないです……むしろ、納得しました。ミカエラの歌には不思議な力があるから……でも、ミカエラが人間でも精霊でも私には関係ないです。私にとってミカエラは、ミカエラだから」
正直、少し驚いた。彼女がこんなにはっきりとものを言えると思っていなかった。
クラリスも、ミカエラを深く愛しているのだろう。
「そうか……この樹の寿命は長くない。樹が枯れてしまえばわしはここで地上を見守ることができぬ。わしの後継者をミカエラにしようと思い、人間たちの世界へ送り出したのじゃが……」
「エルド様……ごめんなさい」
「謝らんでもよい。……エルルカ、期限は三年と言ったが取り消すぞ。二人とも、人間としての生を楽しみなさい」
グーミリアとミカエラは驚き、そしてすぐに嬉しさと喜びで顔を綻ばせた。
「……いいの? エルド」
「エルルカ、お前さんに頼みがある。ミカエラが亡くなればその身体が樹に変わるように細工した。その樹は、ここに植えてほしいのじゃ。その時まで、わしも頑張らねばな……」
「エルド……」
エルドもミカエラとグーミリアを愛している。だからこその決断だろう。
「エルド様、私、クラリスと結婚します。死ぬまでクラリスと一緒にいてクラリスを愛して、クラリスを幸せにすることを誓います」
「私も、死ぬまでミカエラと一緒にいて、死んでもミカエラを愛し続けることを、ミカエラに幸せになってもらうことを誓います」
少ししんみりとした空気を吹き飛ばすようにミカエラが、そしてクラリスがエルドに誓いを立てた。まるで結婚式のワンシーンみたいだ。エルドは神父というか神だけど。
「私も、大切な人を守ると、エルド様に誓います」
二人に倣うようにグーミリアも宣誓した。
そして皆が私を見た。……私も言わなければならないのだろうか。
「そうねぇ……私は、ルシフェニアとあなたたちを守ると誓うわ」
「そうか……わしは、ミカエラが天寿を全うするまでこの地に居続けることを誓うとするかの」
そのままエルドは少し眠るといい、黙ってしまった。
式には呼んでね、と言い私たちは二人と別れた。すっかり忘れていたが、グーミリアに魔法を教えるために私たちはここに来たのだ。
大切なものが増えてしまった。
守りたいものが増えてしまった。
いつか来る別れのときは怖いが、今はまだこの心地よさに浸っていたい。
そのためにも大罪の器を早く回収しよう。
大丈夫、破滅の運命なんてきっと変えられる。
人間は欲深いため悪意に囚われてしまうこともあるが、愛し、慈しむ心も持っているのだから。
運命だって、きっと変えられる。
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