静かな廊下を少し足早に歩いていた。すっかり顔見知りになった医師や看護師さんが時折話し掛けてくれる。ドアの前で一度呼吸を整えてノックする。

「あれ…?」

返事は無かった。鍵も掛かっていなくてドアは簡単に開いた。

「流船…?」

空っぽのベッドにほんの一瞬恐怖を覚えたけど、サイドテーブルのメモにホッとしていた。

『芽結へ 屋上で待ってる』

あの騒動で流船を含む数名が骨折なんかの軽傷を負い、数名が入院する事になってしまった。幾徒さんは病院に仕事を持ち込んで困るって鳴音さんが愚痴ってたり、素手で文字化けを相手にした頼流さんは早々に退院しようとして皆に止められてたり、平穏静かとは少し違っていたけど、それでも言霊に関する事態は一応収まったらしくて何よりだった。テラスになっている屋上を少し見回すと、ベンチに座ってうたた寝してる流船が居た。

「風邪引くよ?流船。」
「ん…?あ…芽結だ…お帰り。」
「ただいま。」

そう言って甘えるみたいに肩にもたれると、手持ち無沙汰になったのか私の髪をくるくると指先で玩び始めた。

「流船もうすぐ退院なんだよね?お母さんも流船に会いたいって言ってた。」
「…何か緊張するな…親父さんには会ったけど。」
「でも反対とかしてないって言ってたよ?」
「なら良かった…。」
「んっ…。」

柔らかくてどこか甘い唇と、少し熱い手が頬に触れた。そう言えば私、最初から流船の事嫌だって思わなかったな…初めてキスされた時も、ずっと前から知ってたみたいな不思議な感覚だった。言霊のせい…?それとも…。

「…芽結…。」
「なぁに?」
「俺、幾徒から留学しないかって言われてるんだ。」
「え?留…学?」
「表向きは留学だけど、多分日本だと俺の事を庇い切れないんだと思う。ほとぼり
 冷める迄イギリス行って欲しいって…あいつに頭下げられちゃった。」

いきなりで言葉が出て来なかった。イベントと銘打っては居たけど、流船を含めて何人かはネットに画像が流出したらしく大変だった。理屈は解るけど、頭では仕方ないって解ってるんだけど…喉が焼けるみたいな寂しさと不安が込み上げた。

「だから俺芽結の両親に頭下げないと。」
「…へっ?」
「『芽結を連れてって良いですか?』って土下座しないといけないでしょ?」
「…ふぇっ…!」

その後私は20分位わんわん泣き続けていた。多分、凄く嬉しくて。

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  • 非営利目的に限ります
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コトダマシ-109.多分、凄く嬉しくて-

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投稿日:2011/06/21 18:19:07

文字数:1,002文字

カテゴリ:小説

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