『裕也さんへ。
　私も裕也さんの事が好きでした。
　初めての恋の終わりも、裕也さんでした。
　お姉ちゃんはこの事は知りません。
　お姉ちゃんは知らないほうが幸せだと思います
　私からのお願いです。
　渡したチョコレートは全て裕也さんへの私の思いです。
　だから全て捨ててください。
　お姉ちゃんが大好きなのであれば、卒業式まで待っててください。
　お姉ちゃんが本物のチョコレートを裕也さんに手渡しますから。
　初めての甘い恋心をありがとう。香古』　


　二月の大きなイベント。
　それは二月一四日に突然訪れる。
　大概の女子はそれの為に前日、もしくはそれ以前から準備をする。
　私もお姉ちゃんも例外ではなく……。
　現在進行形でチョコ作りに精を出している。
　お姉ちゃんは今日が初めてのチョコ作りだ。
　因みに、私がいない時に一回失敗している。お姉ちゃん曰く、「チョコ作り講座」とか言うサイトを見ながら作っていたらしいのだが……。
　そのことを少し話そう。
　私が家に帰って来たらいきなり、お姉ちゃんが泣きついてきた。
　チョコがとても塩辛いとのこと。
　お皿にのせられていたチョコは、今日作るのが初めてとは思えない出来栄えだった。
　私はチョコを一つ手に取り味見をした。チョコが塩辛いはずがないと思って。お姉ちゃんが嘘を付いていると思って。
　私はチョコを食べた。
　とても塩辛かった。
　お姉ちゃんにドジっ子属性なんて無い筈なのだが……。
　私はそう思いながらも、お姉ちゃんに使った材料を聞く。
　その中に塩があったのは言うまでもなかった。
「どうしよう。こんなの裕也君に渡せない……」
　まぁ、こんな塩辛いチョコを彼氏にあげるのはあれですね。何か作戦がある事が前提でしょうね。例えば、この塩辛いチョコを食べさせてあげて、「あ、間違えた。てへぺろ」とか言いながら本命のチョコを渡す。まぁ、お姉ちゃんがそんなことをする人じゃないから没なのだけど。
　とりあえず、私はお姉ちゃんに一緒に作ることを提案した。
　帰り際に材料を買ってきたし、材料が尽きない限りは幾らでも作れる。
　私の提案を聞いたお姉ちゃんは、すぐさま鍋やらまな板やらを用意した。
　そんなことがあって、私達はチョコ作りに励んでいるのだが……。
　私の作る分がいかせん多すぎる。
　クラスメイトと交換する分や他の子と交換する分、先生に渡す分など……。とりあえず沢山作らないといけないからとても時間がかかる。
　まぁ、私が作るのは星やハート型のチョコレート。何か凝った物を作るとなるとやっぱり時間が足りないから、仕方無い。
　あ、お姉ちゃんは隣でホワイトチョコを作っている。
　私もちょいちょい手伝ってるから正確には私とお姉ちゃんの合作と言ったところか。
　お互いのチョコの製作状況はほとんど同じで、後はチョコを冷やし固めて、その後に最後の仕上げに入るだけだ。
　因みに、時間も時間。何時もなら既に夕食を作り終えて食べ始めている時間だ。
　私は使った物を洗い、すぐに夕食の準備をする。明日も普通に学校があるからね。宿題も勉強も全くやっていないし。とにかく急いで夕食を作る。
　チャーハンと炒めものを作る事にした。
　手際よく準備をし、調理にかかる。
　お姉ちゃんが手伝ってくれたおかげで何時もよりは早く作れた。
　数年前までは、私に頼りっきりで料理なんて家庭科の実習ぐらいしかやらなかったお姉ちゃんが、今では月一ぐらいで料理をしてくれる。まぁ、味は保証されてないけどね……。
　そして、私がお姉ちゃんの異変に気づいたのは食事を中のことだ。
　お姉ちゃんがあまりご飯を食べていないからだった。
　よく見ればちょっとぼーっとしている。
　私はお姉ちゃんの隣に行って、頭に触れてみた。
　熱かった。
「お姉ちゃん。熱あるんじゃない？風引いた？」
「どうだろ……」
「食欲もあまり無いし……。一応熱計っておこ？」
「うん……」
　私は医療箱の中から体温計を取り出し、お姉ちゃんに手渡す。
　お姉ちゃんは体温計を受け取ると、横になった。
　数十秒して、結果が出る。
　微熱といったところだった。
　とりあえず、お姉ちゃんに風邪薬と水を渡す。
「明日、裕也さんに手作りチョコ渡すんでしょ？明日万全な状態で行けるように今日はもう休んだほうがいいよ」
「で、でも、ラッピングとかしないと……」
「大丈夫、私がやっておくから、お姉ちゃんは休んで」
「うぅ……。お願いね……」
　お姉ちゃんはそう言うと少し冷蔵庫を見てから二階へ上がった。
　私はそれを見送ると、夕食の後片付けをする。
　皿洗いを終えた私は、冷蔵庫から二種類のチョコを取り出して、最後の仕上げとラッピングにかかる。
　この作業にかなり時間を費やした。
　お姉ちゃんのチョコのラッピングを量の方で勝る私のチョコのラッピングとほぼ同じ時間をかけて丁寧にしたのが一つの要因でもある。
　ラッピングを終えたチョコを冷蔵庫の中に戻し、私も二階に上がる。
　一度、お姉ちゃんの部屋に入った。
　お姉ちゃんはベッドの上で小さく寝息をたてながら寝ていた。
　それを確認した私は、部屋に入る時と同様に物音をあまり立てないように気を使いながら部屋をでた。
　自室に戻った私は、宿題と勉強をした。
　両方を終えたのは日付が変わる少し前だった。
　私は、着替えを持って風呂場に行き、シャワーで簡単に体を流した。
　体をふき、服を着てドライヤーで髪を乾かす。
　コップに水を汲んで私は二回に上がった。
　私は数時間前と同じように物音を立てないように注意しながら、机の上に水の入ったコップを置く。
　お姉ちゃんの熱を計ろうとして、考えなおしてやめた。
　こんな時間に起こす必要もない。
　やっぱり、物音を立てないように注意しながら部屋を出て、自分の部屋に向かう。
　部屋に入った私は明日の授業の用意をして、寝ることにした。


　翌日。つまりはバレンタイン当日。
　私はいつもの様に五時半頃に起きた。
　遅く寝たお陰か正直言うとまだ眠たい。
　だが、そうも言っていられない。
　二人分のお弁当を作って、洗濯物を畳んで、朝食を作って、お姉ちゃんを起こして……。とりあえずやることが沢山ある。自分の身支度もしないといけないしね……。
　結局、成すべきことをしていたら、気がつけば七時になっていた。
　因みに、何度かお姉ちゃんを起こしに行ったが、起きる気配は無かった。しかし、時間的にこれが最後の勝負。
　私は体温計を持って二階に上がり、ノックをしてからお姉ちゃんの部屋に入った。
　ノックの音で起きたらしく、お姉ちゃんがこちらをぼんやりと見てる。
「お姉ちゃん。しんどくない？」
「昨日より、熱いかも……」
　うん、正直わかってた。いつものお姉ちゃんなら六時半には起きてるから。
　私は、体温計をお姉ちゃんに渡した。
　お姉ちゃんは体温計を受け取ると布団の中で体温を計り始める。
　数十秒後、ピピピピッとなった体温計をお姉ちゃんは私に渡した。
　熱は三十八度を超えていた。
「裕也に……。チョコ渡さないと……」
　お姉ちゃんがしんどそうにそう言いながら起き上がろうとする。
　私はすぐに横にならせた。
「こんな状態で裕也さんに渡せるわけないでしょ」
「でも……。渡さないと……。会えるの……。今日が……。最後……」
　卒業生は、今日以降学校に来ては行けないきまりになっている。次に卒業生が登校するのは三月にある卒業式だけだ。
「私が、私が裕也さんに渡してくる。お姉ちゃんの分もちゃんと渡してくる。だから、ゆっくり休んでいて」
「で、でも……」
「こんな状態のお姉ちゃんが裕也さんにチョコ渡したら、裕也さんとっても心配するよ？」
「うぅ……」
「大丈夫。私がちゃんと渡しておくから」
「香古、ありがと……」
「いいよ、お姉ちゃん。お昼はお弁当作っておいたけど、食べれそうになかったら、冷蔵庫の中にあるプリンとか食べてもいいから」
「うん……。わかった……」
「学校に電話かけてお姉ちゃんが休むこと伝えておくね、それと私時間だから行ってくるね。何かあったら電話とか頂戴」
「うん……。そうする」
「ゆっくり休んでおくんだよ？」
「わかってるって……。おやすみ……」
「おやすみ」
　私はそう言って、お姉ちゃんの部屋をでて、一階に降り、学校に電話をかけた。
　お姉ちゃんが休むことを伝えて、電話を切る。
　昨日作ったチョコレートを冷蔵庫から取り出し、お姉ちゃんの方だけ少し細工をしてから、手頃な手提げ袋に入れる。
　忘れ物が無いか確認し、私は家を出た。



　バレンタインから数週間たった。
　今日は、卒業式。
　私達、在校生は休みだ。まぁ、次の休日に授業が割り当てられるのだけど……。
　今日、お姉ちゃんは意気揚々と学校へ歩いて行った。
　数週間前に風邪を引いた時とは大違いだ。
　まぁ、仕方ない。
　やっと、裕也さんに自分の手でチョコレートを渡せるのだから……。
　あの日、私は裕也さんに二つの、いや正確には一種類のチョコを渡した。そして、裕也さんはその両方を受け取った。
　お姉ちゃんのチョコの方には私が手書きで書いたメッセージカードを仕込んでおいた。
　その内容は秘密。
　で、そのメッセージカードの内容に沿って、昨日お姉ちゃんともう一度チョコレートを作った。
　バレンタインの時とは違い、生チョコを作った。
　私は、あの時以来、お姉ちゃんを応援すると決めた。
　だから、高校生活で最後に会える日位、二人に笑顔になってほしい。
　私はそう思った。たとえ、私が悪になろうと、私はお姉ちゃんと裕也さんが結ばれればそれでいい。
　ふと時計を見る。
　そろそろ、お姉ちゃんが家に帰ってくる頃だろう。
　私は願う。
　お姉ちゃんが喜んでいることを、嬉しそうにしていることを。
　ガチャッ。
　玄関が開く音がした。
　ただいまーとお姉ちゃんの声が聞こえる。
　私は少しドキドキしながらお姉ちゃんを迎えに行く。
　お姉ちゃんは――。
　お姉ちゃんはとっても嬉しそうだった。