その名前を聞いたのはどれ位振りだろうか?最近では誰も口に出さなくなっていたな…。

「芽結ちゃんがあんな思いやりの無い子だったなんて…。」
「…何でレイが怒るんだよ?」
「だって…!」

怒って居るのに何処か悲しそうな顔のレイにそっと触れた。

「気にしてないよ、もう10年も前の事なんだからさ。」

納得行かない表情のレイ越しに、卓上の写真立てを見た。少し色褪せた写真には無邪気に笑う流船が写っていた。

「待ち合わせか…生きてたら芽結とデートでもしてたのかな?」
「頼流さん?」
「あ、でも俺に似て要領悪かったりして、芽結みたいなタイプには振り回されたりして。」
「頼流さん…。」
「あいつ絶対女顔に育ってそうだと思わないか?それで間違われて拗ねたりとか…。」
「…頼流さん!」

レイは今にも泣き出しそうな顔をして服をキュッと掴んでいた。だけどきっと泣かない。俺が泣いていないのに自分が泣くまいと、いつも懸命に涙を飲み込んでいた。

「泣けば良いのに、俺に気なんか使わないでさ。」
「…そっくりそのまま返すわよ。」

不意に流船の名前を聞いたせいだろうか?涙と一緒に不安や後悔がどっと押し寄せて胸が詰まった。

「ごめ…レイ…。」
「何で謝るの?」
「…頼らせて…。」
「…うん…。」

5年経とうと10年経とうと俺は多分一生あの光景を忘れないんだろう…。

『頼流!待って!ねぇ待って!』
『早く来いよ、流船。置いてくぞ?』
『待って…!待って…!兄ぃ…!』
『―――流船ッ!!』

「…っ!」
「頼…流…?」
「行かないで…レイ、何処にも行かないで…俺の側に居て…頼むから置いて行かないで…!」
「行かないよ…此処に居る…大丈夫だから…泣かないで…。」
「俺の前で死なないで…俺を置いて死なないで…レイまで居なくなったら俺は…!」
「頼流…。」

最低だって判っていても、湧き上がる不安をにじり消すみたいに、自分の真っ黒な手で真っ白なレイを穢す様に縋り付くだけ…そんな自分を止められなかった。

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コトダマシ-59.穢す様に縋り付くだけ-

そう言えば此処って…

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投稿日:2010/11/25 00:02:30

文字数:851文字

カテゴリ:小説

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