それはある研究所で生まれた。
『どんな傷も病も一瞬で治してしまう奇跡としか言い様の無い薬』
開発者の一人はこう言った。
「今すぐこれを学会に発表して量産しましょう!これは人類にとって大きな進化を齎す奇跡の
霊薬ですよ!」
興奮覚めやらぬ、と言った様子で他の開発者達も喜んでいた。それもそうだろう、彼らが作り出した物は正しく奇跡としか言い様が無いのだから。しかしある開発者はこう言った。
「何言ってるんですか?!まだ人体にどんな影響があるかも判らないんですよ?!マウス以外の
動物に害がある可能性だって十分に考えられる!それにこんな薬は…!」
「おい…何言ってるんだ?」
彼はハッと気付いた。皆が自分を見る目の異質さに。『自分たちの勝利だ』彼等の目はそう言っていた。そしておそらく彼自身もどこかで思っていたんだろう。そして彼は誘惑に負け、その言葉を紡いでしまった。
「そ…そうだよな!俺達凄い物作ったんだよな!」
「よし!今日は宴会だ!パーッとやろうぜ!」
「お~~っ!!」
『奇跡の霊薬』
どんな傷も病気も立ち所に治してしまう薬。物語の中でしか存在し得なかった筈の物は、ある日突然目の前に零れ落ちた。完全な物など、代償無き物など、歪みを生まない物など、誰も傷つかない物など――この世界には存在してはならないのに。
『奇跡の霊薬』
その出現に世界中が浮き足立った。医療機関は一時期大混乱となり皆が『奇跡の霊薬』を求めた。その『奇跡』はまるで麻薬の様に、あっという間に人々を蝕んで行った。
――しかし、ある事件をきっかけに『奇跡』はあっけなく打ち砕かれる事になる。交通事故による重傷を負った若者に対して『奇跡の霊薬』が使用された。薬を投与された直後、若者は絶叫しその場に居た救急隊員に狂った様に噛み付くとそのまま山中へと走り去ってしまった。
数日間の捜索の後山中で若者と『思われる』遺体が発見された。若者の手足には密集した毛が生え、歯はまるで牙の様に伸びていた。一時は怪事件と思われたが、その後も同様の事件が消える事は無かった。絶叫し水に飛び込んだ者、ビルの屋上から飛び降りた者、事件の数も種類も増え続け、やがて一つの結論に行き着いた。
――『奇跡の霊薬』が人を獣に変え、狂わせる
こうして、人々は『奇跡』という夢から醒めた。…かに見えた。しかし一度染み付いた便利さ、そして一度壊れてしまった医療体制は、その歪みから『奇跡の霊薬』を使わざるを得なかった。数ヶ月の検証の末、判明した事実は次の様な物だった。
一つ、『奇跡の霊薬』の接種した人達は傷や病が完治する。
一つ、『奇跡の霊薬』を接種した人は各々獣へと変化して行く。
一つ、個人差はあるが、時々全身に激痛が走る『発作』と見られる症状がある。
一つ、獣化の症状は徐々に進行し、終には発狂し、死に至る。
一つ、獣化や発作は抑制剤使用によりある程度抑える事が可能。
一つ、抑制剤を使用すると自身の肉体成長が止まってしまう。
一つ、明確な治療法、未だ開発されず。
研究者達は彼等を蝕む症状を『Beast Syndrome(野獣化症候群)』と名付けた。人々に大きな発展を齎すと思われた『奇跡の霊薬』は、皮肉にも同じ数の苦しみや獣の力を悪用する者達を生み出す事となった。
――これは、そんな世界の物語。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想