僕はいつも一人だった。
 物心付く前から、僕は孤児院で暮らしていた。
 内向的すぎたせいか、友人は持てず、やはり一人だった。
 一人で遊ぶ事さえ知らなかった僕は、仕方なく勉強していた。
 親類がいないせいで引き取り手もなく、入学してからも僕は孤児院に住み、一人で勉強していた。
 そうする内に、いつの間にか周りに人が集まり、僕を後押しするようになっていた。
 授業料の高い学校に入学させてもらったし、その学校も、沢山の支援金を出してくれた。
 僕の成績は、誰よりも抜きん出ていた。何倍も。
 天才だの神童だのと、世間にさえもてはやされながら、僕はいつの間にか、高校を飛ばして大学に入学していた。
 何事にも興味を持てず、鬱屈とした日々を送っていた僕は、そこで初めてあるものに心を引かれた。
 人間型アンドロイド。
 外見を限りなく人に似せ、人々の暮らしをサポートする第二の人間。
 社会ではもはや実用化され、感情まで持ち合わせて人々の暮らしに定着しているこのアンドロイドを知り、僕はその分野に、果てしなくのめりこんでいった。
 そして大学卒業後、僕はとある科学企業のアンドロイド部門に就職した。
 そこで僕は、寝食を忘れてとある新しい発想のアンドロイドの開発にとりかかった。
 その頃のアンドロイドは、まだ無機質な機械そのものだった。
 だが僕はアンドロイドを、本物の人間と判別がつかないほど似せようと考えていたのだ。
 人の細胞から培養された人工皮膚や、人工筋肉。金属製の骨格。
 さらには五感を加えること。食事さえ可能にすること。 
 それらを使って、生身の人間と同じように彼らの体を創りだそうと考えていた。
 今思えばむちゃくちゃな考えだったが、それでもこの提案に会社は全面的に協力してくれた。
 そうして僕は何かに取り憑かれたように、ある一人の少女をこの世に生み出した。
 未来へ繋がる、架け橋を。
 

 ◆◇◆◇◆◇

  
 誰かが僕を呼びつつ必死に肩に揺さぶっている。 
 意識はあるものの、僕は今眠りから覚めたばかりだ。
 だから、正直もっと丁寧に扱って欲しい。
 「先輩! 起きてください!」
 顔をしかめながら起き上がると、目の前に僕の仕事仲間が慌てふためいた様子で立っていた。
 「ああ、おはよう・・・・・・。」
 「分かりましたから、早く来て下さい! 彼女が目を開けました!」
 その言葉で、僕は彼の言うことがどういう事かを理解した。
 それと同時に、僕の頭から眠気や気怠さと言ったものが完全に吹き飛んでいた。 
 「分かった。すぐに行く!」
 僕はたったさっきまでベッド替わりにしていた椅子と仕事机から飛び出し、彼と共に研究室へと飛び込んだ。
 その部屋の中央で、彼女は金属製の台座に固定されていた。  
 周囲を取り囲む機械から伸びるケーブルに体中をがんじがらめにされてはいるが、それは、手足の無い、少女の体だった。 
 頭からは黒く長い髪が伸び、うっすらと開かれた瞼の中で、深紅の瞳が光った。
 これが、僕の作り出したアンドロイドの試作品。
 体は完成したものの、彼女に埋め込んだ意識が体を認識し、目覚めるまでは相当の時間を要する。
 だが、ついに彼女は目覚めたのだ。
 「やあ・・・・・・おはよう。」
 台座の前に座り、そっと声を掛けると、彼女は本当にスローな動作で、僕の方を向いた。それは、何の感情もこもっていない、冷たい視線だった。
 何か言いたそうに口を動かしても、それが声になることはない。
 「僕が分かるかい?」
 問いかけると、彼女は首や口、視線を動かして、何かしら反応を示した。
 視覚と聴覚は大丈夫のようだ。だけど、試さなくてはならないことは沢山ある。   
 「何か、言える?」
 「あ・・・・・・ぁ・・・・・・。」
 か細く弱々しい声が、彼女の口から漏れるだけだった。
 言葉は確かに知っている。喋ることもできる。でもまだ体の準備が整っていない。
 生まれる以前から、僕は彼女の脳にある程度の言葉を記憶させた。 
 それと高い学習機能も相まって、言葉の発声と理解は、すぐにでもできるようになるはずだ。
 「はじめまして。僕は、網走博貴(あばしり ひろき)。君を作ったんだ。ああ、隣にいるのは、僕の仲間の、鈴木流史(すずき りゅみ)。よろしくね。」
 「・・・・・・。」
 僕は彼女が言葉の意味を理解してくれていることを願いながら、返答を待った。
 でも彼女は不思議そうに首を傾げるだけで、はたから見れば何も理解していないように思える。
 「じゃあね、僕の名前を言ってみて。」
 「なまえ・・・・・・。」
 彼女が初めて、明確な言葉を発した。
 思わず期待に胸が馳せる。
 「ぼくは、ひ、ろ、き。」
 自分の顔を指さしながら、彼女に言った。
 「・・・・・・いぃ・・・・・・。」
 彼女が口をゆっくり動かしながら、僕の名を言おうとする。
 「ひ、ろ・・・・・・。」
 「うん。」
 「ひ、ろき・・・・・・。」
 「うん。そうだよ! よく言えました!」
 僕は嬉しさの余り、彼女の頬を両手で包み込んだ。
 両手の体温を感じたのか、彼女の瞼が眠たそうに細められた。
 「ひ、ひろき・・・・・・。」
 何度も僕の名を呟く彼女の表情が、微かに微笑んだ。
 「そう、ひろき。ぼくはひろきだよ! 君を作った。君の生みの親!」
 もう僕は嬉しすぎて、心臓が爆ぜてしまいそうだ。
 こんなに喜んだのは、生まれて初めてだった。
 「先輩、ところで彼女はどんな名前にしますか?」
 鈴木君もまた嬉しそうに尋ねた。
 「ああ。もう決まってるよ。」
 最新かつ斬新な技術が数多く盛り込まれたこの子は、未来への新しい可能性を切り開く次世代への鍵を持っている。 
 だから、それに相応しい名前があるはずだ。
 「未来・・・・・・未来だ。」
 「では、みらい、ですか?」
 「いや、もっと普通の、女の子らしい名前に・・・・・・未来だから、ミク、そうだ、ミクにしよう!」
 「なるほど・・・・・・可愛らしい名前ですね。」
 「ミク。君の名前は、ミクだよ。」  
 僕はミクに向き直り、彼女に命名した。
 「み・・・・・・く・・・・・・。」
 「そうだよ。ミク。」
 「み、く?」
 「そうだ! じゃあ、僕は?」
 「ひ、ろ、き。」  
 「うん!」
 僕はもう有頂天で、彼女の頭を撫でた。
 彼女が微笑む時の顔と言ったら、もう溜息が出るほど可愛らしく、嬉しかった。
 「僕、皆を呼んできます。社長にも連絡を!」
 「ああ、お願い。」 
 鈴木君はいそいそと研究室をあとにしていった。
 彼女の開発に取り組んだ皆で、この事を祝おう。
 僕達は心から、彼女を迎え入れよう。
 機械ではなく、一人の少女として。
 「そういえば、今何時かな・・・・・・。」
 時間が気になった僕は、時計を見るよりも早く、研究室のカーテンを開けていた。
 窓の先では、今、太陽がビル群の隙間から空に登ろうとしていた。
 太陽がもたらすその美しい朝日も、彼女の目覚めを祝福しているかのように思えてならない。
 人々の一日が始まるこの時、ミクもまた、目を覚ましたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Eye with you第一話「目覚め」

続編!
時間軸では、第一作の二、三年前ほどです。
ただしそれだけの時間がたった三十話前後で終わります。
ちなみに今回は戦闘の類は一切ありません。
それほど難しくしたり前作みたいに後付けしまくったりはしませんので、ご安心ください。

ちなみにタイトルの「Eye」ですが、「I」とかけてます。

閲覧数:230

投稿日:2010/03/06 21:39:25

文字数:2,982文字

カテゴリ:小説

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