その日、小さなロボットは二階の部屋にある押し入れの前にジッと座り込んでいた。
そして何を思い立ったのか幾度もその引き戸を明け閉めして中を覗き込む。
ガラガラ…ピシャッ!ガラガラ…ピシャッ!ガラガラ…。
けれど何回やってもその奥は何もないがらんどう。
「ガガ…。」
最後に力無く押し入れを閉めて再び腰を降ろすと、彼は溜め息のような小さい声を漏らす。
以前その場所に納められていたのは、元々この部屋に住んでいたある女の子が作ってくれた彼の…ロボタ専用のパワードアーマーだった。
だがしかし、それは先日あいつに取られてしまったのだ、あの小賢しい男に…。
(だけど僕は涙を流せない、ロボットだから、マシーンだから、ガガッガー♪)
ロボタがそんな風に黄昏ていると、下の階から女性の声が聞こえて来る。
「いってきまーす。」
はて?今日は大学は休みだったハズだが、朝から一体どこへ向かうのだろう?
不思議に思いながら彼はその円盤型の頭を奇妙に傾げていた。

「なるほど、鼓カノンさん。志望動機は大学の学費を稼ぐ為ね…。」
それからしばらくして、とある建屋の一室で誰かと面談を行っているサイドテールの女の子の姿があった。
「はい。アルバイトの経験は、高校の時に少しだけ喫茶店で働いた事があるくらいなんですけどぉ…。」
少し自信なさげにカノンは自身の経歴を説明する。
大学で4回生になるのを目前に控え、彼女は就職活動をするか、それとも大学院へ進むかの選択を迫られていた。
正直言うと、カノンは自分には院へ進むほどの才能は無いと感じていた。
自ら設計したロボットをテーマに研究を進めるには、恐らく院生からさらに進んで教授の地位へ着く事を考えなければならないだろう。
しかし、彼女は自分が学内での派閥争い等の面倒事を乗り越えて出世コースを進む姿がイメージ出来なかった。
それが出来るとするならば、私よりも姉の鼓リズムの方が可能性はあるだろう…。
ならば自分は彼女が安心して研究に打ち込めるように、安定した仕事を探して就職をすべきではないか?…とカノンは思っていた。
しかし、それでもどこかに学問への心残りがある気がしてどうしようもない。
「私が本当にやりたい事ってなんなんだろう?」
優柔不断なうら若き乙女はそうして自分の人生について何度も自問自答を繰り返していた。
就職と研究、その両方の道の中間を上手い事同時に選べないだろうか?
そんなちょっと欲張りな考えが彼女の頭に浮かぶ。
「そうだよね、仕事をしながら勉強も続けていければ…。」
少しの間、脳内で簡単なシミュレートを行うと、カノンはある程度の方針が定まったような気がした。
(もしかしたらなんとかなるかもしれない。)
無根拠な自信を胸に彼女はネットの仕事募集の記事や新聞の求人広告を乱雑に漁っていく。
だが手頃なアルバイトというのも中々都合良くは見つけられなかった。
「はぅぅ…。」
気落ちしたカノンは思わず子供のような声を漏らす。
「なんなら、私の知り合いが働いてる職場を紹介しましょうか?」
そんな様子を見かねたのだろう、腰を丸めて広告を眺める私の後ろからメイド服の少女が声をかけてきた。
「A子ちゃんの知り合い…?」
カノンは少し不安そうに振り向きながら慎重に聞き返す。
そんな彼女とは対称的に、小さな家政婦は自信ありげな笑みを浮かべていた。
…という訳で、私はA子から紹介して貰った近所のスーパーマーケットへ採用面接にやって来たのである。
接客応対などはあまり得意な分野ではないが文句は言っていられなかった。
面接中に目の前でパイプ椅子に座った赤毛のポニーテールの女性は私の履歴書に目を通していく。
「えーっと、それじゃあ次の月曜日から来てもらえる?」
A子ちゃんの仲介があったとはいえ、採用はえらくあっさりと決まった。
「えっ、は…はいぃ!」
カノンは少し驚きながらちょっと舌足らずな返事をする。
最近はセルフレジの導入などで新しい機器が増えている事もあり、
私が理系の学生であるというのがどうやら決め手になったらしかった。
「ただいまぁー!」
短い面接を終えて彼女は家の門をくぐる。
「おかえりーニョ。」
玄関から奥に進むと、末の妹のメロディが居間にいた。
「ガガガ!」
彼女の隣にはソファーに座っているロボタの姿もある。
カノンはとりあえず手提げカバンを横へ置くと、二人にこれからの予定を伝える事にした。
「まずは無人レジでの会計の仕方とか、問題が起こった時の対処方法なんかを教えて貰うから。最初の内は二人で仕事してやり方を覚えて、そのうちワンオペで作業をするんだって。」
「ふーん…。」
妹はあんまり興味ないという風に返事をする。
「最近は色んな所で無人化が進んでるんだねぇ。食堂でも配膳くらいならロボットがやるようになってるんだよ?」
少し嫌味っぽくなってしまっただろうか?私はクッションの上で寛いでいるロボタにそっと話かけた。
「ガガ!ガガガ。」
意に反して、ロボタはなんだか嬉しそうに喋っている。
それを見てカノンは、なんとなくロボットがもっと世間一般に普及していくような予感がした。
スーパーの店内業務は将来的にAIや作業ロボットでほぼ自動化されるようになり、
やって来たお客さんはセルフレジで商品の支払いをして帰っていく。
店の中を小型のドローンが飛んで商品の補充を行い、一つ目の清掃ロボットが棚や床の掃除をしていたりする。
私は朝の品出しと機械のセットを行った後は、店番をしながら安楽椅子に座って好きなクラシック音楽をかけて暇潰しに小説などを読んでいるのだ。
内装はシックな落ち着いた雰囲気で少し薄暗く、店員はたまにAIの誤作動に対応したり来店者の注文を受け付ける為に席を立つのである。
とりあえず働き方のイメージはそんな感じだとして、理想のお店には何かが足りない気がする…。
そうだ折角だからタコ焼き機を置いておこう。
冷蔵庫にタネと具材を準備しておいて、焼きたてをお客さんに提供するのだ。
余ったらその日の夕食に自分で食べればよい。
他にも軽食とか出せたら面白そうだけど、あんまりやり過ぎると喫茶店だな…。
別に今すぐでなくてもいい、あと10年・20年も先の未来には、そんな風なお店をやれないだろうか?
そんな状態ならばもう人間の店員は必要なく、完全に無人化されてしまっているだろうか?
などといったフワフワした事を考えながらカノンは、ロボタとメロディの前でしばしボーッと呆けていたのだった。
しかし次の瞬間、軽い吐き気に襲われた彼女は真顔になり眉間にシワを寄せる。
(なんだろう?この変な感じ…。)
決して荒唐無稽な話ではない筈なのに、その未来予想にカノンの心はざわめきを覚え、無性に胸騒ぎがした。
「ガガガ…?」
彼女の変化に気が付いてロボタが声を掛けて来る。
「カノン姉、大丈夫かニョ?」
メロディも心配して姉の青ざめた顔を覗き込んだ。
「う…うん、本格的なアルバイトなんて初めてだから、ちょっと緊張しちゃってるのかも…。」
私はそう取り繕いながら、震えそうな手でテーブルのお茶をグイッっと飲み干す。
「はぁ…。」
そうだ、不安になって気分が悪くなるなんていつもの事だ、
疲れているのかもしれないし、今日はさっさと寝てしまおう。
ロボタとメロディが怪訝そうに顔を見合わせる中で、
残る違和感を振り払うように、カノンは自らにそう言い聞かせるのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

#14:犀の角と死に病

jamバンドメンバーの一人、鼓カノンを主人公にした二次創作小説。
(※オリキャラ・オリ設定注意。)

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投稿日:2025/06/08 00:00:01

文字数:3,062文字

カテゴリ:小説

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