「ねぇ、“時を司りし者”」
「何で御座いましょう、アメジスト様」
「貴方は時を操る事が出来るのよね」
「左様で御座います」
「なら、時を止める事も、勿論出来るよね？」
「えぇ、出来ます。寧ろ私のチカラを持ってすればその様な事など簡単に出来ます」
「でもあたしは貴方がその能力を―時を止める所を見た事が無いな。良く過去や未来に連れて行ってもらったことならあるけど」
「其れはですね、アメジスト様。私が時を止める事を酷く嫌っている―恐怖しているからなのですよ」
「・・・恐怖？」
「はい。恐怖で御座います。アメジスト様、私が“全てを創りし者”から生まれた分身である事はご存知ですよね？」
「ええ。その時に時と対になる“空間を司りし者”と共に、生まれたのだったわね」
「えぇ、えぇ。その通りで御座います。私と“空間を司りし者”が生まれた事によって時間は廻り始め、空間は広がり始めました。まだ、人間はいなかった頃の話です。私はその強大なチカラを弄んでおりました。チカラを手に入れた者なら一度はする行為です。私は時を、己の思うがままに、己の為だけに使っていたのです。そして、イキモノ達が生まれ始めました。ニンゲンも生まれ始めました。世界に、“生命”が生まれました。
　そんなある日です。無論、現在よりも遠い、遠い過去の話で御座います。その時も、私は時を己の思うがままに弄んでおりました。そして、その時何故そう思い立ったのかは分かりませんが、時を止めてみる事にしたのです。無論、私以外、何も動きません。何も喋りません。その様子を私はとても愉快に思いました。私は自分だけが時を操れる事に優越感を抱いたのです。動いていないイキモノを見るのは凄く楽しかったのです。水面から飛び立とうとしている所で止まったままの水鳥、火を起こそうとして煙がやっと立ち上がってきた所で喜んだ表情のまま固まっているニンゲン、風に吹かれ、葉を散らしたまま、風に吹かれた形のまま止まっている木々。
　私はそれらを見ながら愉快な気持になり、あちこちを飛び回りました。山奥も街も海も火山のある所も、砂漠に覆われている大地にも、あちこちを飛び回り、私だけが動いている事に優越感を抱いていたのです。
　そして、不意に思い立ちました。この世界はなんと悲しいのだろうと。時が止まっているので音はしません。風の音も、鳥の囀りも、木々が風に吹かれて擦れ合う音も、ニンゲン達の楽しげな声も、悲しげな泣き声も。全て、全て聞こえないのです。何も動かないのです。日が暮れることもありませんでした。時を止めているのですから。当然といえば当然の事です。
　私は急に恐ろしい感覚に襲われました。時が動かない事の、なんと恐ろしい事かと。イキモノ達が動いていない世界の、なんと恐ろしい事かと。そして、なんと悲しい事かと。
　私は直ぐに時を動かし始めました。水面からは水鳥が飛び立ち、ニンゲンは何とか火を消すまいと必死になって木の棒を擦り合わせ、風に吹かれた木々達はサワサワと木の葉を擦り合わせ。
　“生命”が戻ってきました。その事に私はとても、始めてともいえる感情を抱きました。それは“安心”です。“生命”が戻ってきた事はその当時の私にとって、途轍もなく幸福な事だったのです。
　それから、私は学びました。己のチカラを弄ぶのはもう辞めよう、と。誰かが私のチカラを借りたい時にだけ、このチカラを疎の者の為に使おうと。
　そして、それから私は時を己の為に使わなくなりました。其れと同時に時を止める事も、辞めました。もうあんな恐ろしい事を経験したくないのです。あんな思いは私だけで、あの一度きりで充分なのです。だから私はもう、時は止めません。それが、アメジスト様の為でも」
「・・・成程。そういう事があったの」
「はい。左様で御座います」
「一人は寂しいものね、ね？　“時を司りし者”？」
「はい、その通りで御座います。もう、あれきりで充分に御座います」
「・・・良いの。別に貴方にもう一度悲しい思いをさせる訳じゃないから。ただ、何となく興味本位で聞いてみたくなっただけだから。気に障ったのなら御免なさいね？」
「いえ、大丈夫です。・・・“森を司りし者”も時を大切にしてくれれば良いのですが・・・」
「あら、それなら大丈夫よ。あの子は森を護る時にだけその能力を使うんだから」
「そうで御座いましたね」