本日も朝から快晴。
珍しく、店主が扉を開けっぱなしにしていたので、今日は久々に外へ繰り出します。
にんまり笑った形のお月様。
暗い夜の秘密のお散歩……とでも洒落こみましょうか。





#6 剣(つるぎ)





久々に仕事以外で外に出ることができて、何だか清々しい気分です。
ぐっと背伸びをすると、その気持ちも増してきます。
あの店主にこき使われることを考えれば、きっと他のことは全て楽に感じるのでしょうが。

さあ、どこへ行こうかしら。
抜け出してきたことで怒られないように、できるだけ素早く店から離れつつ考えます。
店からはあまり出ることがないですから、この辺りの地理には詳しくありません。
もし頻繁に外へ出ていたとしても、覚えられるわけもないのですが。

――今回の場所は少し危険かしら。
何となくわかっていたこととはいえ、今までの気分の良さを全て地に叩きつけられて、思わずうんざりしてしまいます。
店を訪ねてきたあの無愛想な男性の格好からも、今回の場所をうかがい知ることは確かにできました。
けれど、外へ出てようやくわかることもあるのです。
例えば砂埃に混じった硝煙の匂いや、砂漠に吹くような乾燥したこの風もそうでしょう。
廃墟と化した街並みは、物悲しい雰囲気を湛えています。
地面に突き立てられた木材に、貼り付けられたまま死した者たちが夥しく並び、白骨化した死体が転がり、空薬莢があちこちに散らばる……誰の目から見ても、それは酷い有様でした。
ここは、戦場跡地だったのです。

以前もこういった場所へ繋がったことがありました。
その時はまだ激しい戦争の真っ只中でしたから、まだこっちの方がマシというものです。
尋ねてくるお客様によって場所が変わりますし、移動する場所に愛着を持つことは無駄でしかないですが。

「こんばんは、良い夜ですね」

不意に聞こえてきた声に、私は体をびくりと揺らしてしまいました。
辺りをきょろきょろと見回してみると、くすくすと小さな笑い声が耳に届いてきます。
そこには、優しい笑みを湛えた女性が崩れかけた塀の上に座っていました。
女性と言うよりは少女と言った方が正しい外見ですが、どことなく落ち着いた雰囲気が彼女を大人に見せるのでしょう。
月明かりに煌く髪は、青を湛えた翠のようでした(暗いので、もしかするともっと明るい色なのかもしれませんが)。
それと同じ瞳で私を見つめている彼女は、優雅と言える仕草で足を地につけます。
そこで私はようやく、彼女の言葉に応えていなかったことに気付きました。
こんばんは、と挨拶をすると、鈴の鳴るような声で彼女はころころと笑います。
綺麗すぎるほど綺麗な少女でした。
全てを包み込むような穏やかさを携えている美しい少女。
けれどだからこそ、その腰に携えた物が妙に目立って見えました。
それは誰の目から見ても、少女には似つかわしくないものです。
そう、人の命を奪う道具――剣、なんて。

「そう身構えないでください。これは私のものではありません」

無意識のうちに身構えていた私の気持ちを察したのか、少女は2本の剣の束に触れました。
武器自体は血の匂いがしみこんだ本物でしたが、彼女は言葉通りそれを操る気配を見せません。
殺気も感情の動きも読み取れないのです。
少し緊張をやわらげながら、少女にこの辺りに住んでいるのかを尋ねました。

「ええ、理由があってこれ以上は進めないのですが、この辺りが私の領域です」

領域? 不思議な言い方をするのね。
私の言葉に、少女は曖昧に笑ってみせました。
返答はありませんでしたが、あまり聞いてはいけないことだろうと尋ねるのをやめにします。
私は静かすぎる周囲を見回して、少女に別のことを尋ねました。
他に誰か人は住んでいないのですか、と。
それを聞いた瞬間、少女の表情が少し曇りました。
微笑んではいますが、少しばかり影が落ちています。

「戦争で……生き残った数少ない者たちも出て行きました」

残っているのは廃材を取りにくる者たちだけです、と付け足して背を向ける少女は、少し寂しそうでした。
戦争が始まる前は、おそらくこの辺りも栄えていたはずです。
この廃墟となった町並みを見れば……建物が多かったのは間違いないですから、人も大勢いたでしょう。
存在している生物や無機物を次々と破壊されていく様を見せられるのは、辛かったに違いありません。
そして、自分自身もいつそうなるかと、この少女も怯えていたのでしょうか。

「あなたはどこから?」

視線を落とし始めたその時、そう尋ねられました。
この先にお店があるんです、と私。

「この先にお店なんて……」

そう言いかけた少女は、私の苦笑を見て何かに気付いたように小さく笑いました。
なかなか察しの良い少女のようです。
「境界側のお店でしたか」というその少女の呟きは、確かに的を得た答えだったのですから。

「あなたがそのお店の方なら……これを、持って帰ってはくれませんか?」

少女はそう言いながら、ガチャガチャと腰に携えていた剣を私に差し出します。
誰かと共に戦ってきたと思われる、2本の剣。
受け取るに受け取ることができず差し出された剣を見つめていると、少女は優しくそれを渡してきました。
思わず受け取ってしまったそれは、見た目よりもずっと重く感じられます。
まるでその重さが、今まで奪ってきた命の重さを表しているようで、手に力が入りました。
そんな私の緊張を悟ったらしく、少女は微笑みます。

「それをお店に置いて、興味を持った方に渡してください」

きっとそれが持ち主のはずですから、と少女は言って踵を返しました。
興味を持った人に渡すなんて曖昧なやり方でいいのでしょうか。
あの、と歩き続ける少女に声をかけると、彼女は振り返ってまた微笑みます。

「――店主さんによろしくお伝えくださいね」

そう言って今までで一番綺麗な笑顔を見せたかと思うと、夢か幻のように少女の姿は消えていました。
思わず何度も瞬きをしてみますが、やはり少女は忽然と姿を消しています。
受け取ったままの剣だけが、少女の存在が夢や幻ではなかったのだと伝えるだけです。
まさか、幽霊と喋っていたとでもいうのでしょうか。
正体のわからない少女の存在に頭を痛めつつ、気味の悪い思いを抱えながらその剣を店へと持って帰ることにしました。
もし置いていって祟りにでもあったら笑えませんから。



+++



……というようなことがありまして。
少女から受け取った剣を店主に渡して説明すると、剣を眺めていた店主は「そうか」とだけ応えました。
私は相変わらずさっぱりわからないのですが、やはり店主には何かわかっているようです。
私だけ蚊帳の外のようで何だか居心地が悪い気がします。
いつものことですが。

「それで?」

店主の冷ややかな態度に、何がですか、と自分の言葉もきつくなりました。
言葉が足りない、といつも耳が痛くなるほど言っていた記憶があるのですが、とうとう言語を理解する頭までおかしくなったのでしょうか。
彼はしばらく何も言わず、歩き出したかと思うと、剣をお客様によく見える場所を探してその場所に置きました。

「私の探している『彼女』については何か言っていなかったか?」

開いた口から、思わずヒュッと空気が出て行きました。
少女が店主の探し人と知り合いだとでもいうのでしょうか。
そう考えながら少女とのやり取りを思い出してみますが、店主のことすら話していなかったのですから、店主の探し人の話をするはずがありません。
いえ、店主のことを知っているような口振りに聞こえないこともなかったですが。

店主の探し人のことは何も聞いてませんが、『店主さんによろしくお伝えください』と言ってましたね。
蘇った少女の心地良い声を復唱すると、自分から聞いてきたにも関わらず、店主はふんと鼻を鳴らしました。
まるで無能だなと言われたような屈辱的な気分になったのですが、鋭い視線を浴びせるだけに留めておくことにしましょう。
そのうちどこかで噛み付く機会があるでしょうから、その時に今までの鬱憤を全てはらすことにします。
失礼な店主から目を離し、定位置へ移動して腰を下ろすと、ようやく一息つくことが出来ました。
視界に再び映った店主は、私を見ると意地悪そうに笑います。

「本でも読むか?」

その時の店主の表情と差し出された本までの距離にむっとして、結構です、とだけ答えると、店主は肩を竦めました。
差し出された本は、確か有名人である男女の恋模様が描かれた本だったはずです。
店主はそれを棚の上に放ると、毎日読んでいる本に視線を落としました。
自分の本ではないのに、随分と適当な扱いですね。
ため息混じりに言うと、「これは別だ」と店主は笑います。
何ですかそれは。
私はそう言いながら、店主のわけのわからない言葉に付き合うのが馬鹿らしくなっていました。
店主と話すと疲れるということはわかっていますが、それでも付き合ってしまう私がおかしいのでしょうか。

頭の向きを変えて視界に映るものを変えようと試みた時、見計らったかのようにギィッと音がしました。
店主がロッキングチェアでも軋ませたのでしょう。
続いて鼓膜を叩く足音。
コツコツと遠くから近づいてくるように聞こえます。
てっきり店主が立ち上がって歩いているのだと思っていた私は、突然聞こえてきた声に勢いよく顔を上げることになりました。

「……すみません」

驚いて向けた視線の先には、黒い髪にこげ茶色の瞳をした……ローブで身を隠した女性が立っていました。
微かな、血の匂いを引き連れて。




ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Tale House #6

こうして見ると忙しそうなお店に見えるミラクル。
それより自分の脳内活動が非常に忙しないことが問題だ。
カオスすぎてどうすればいいかわからない。

閲覧数:87

投稿日:2010/09/05 19:48:03

文字数:3,991文字

カテゴリ:小説

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