明日に迫ったリコリス祭に向けて目まぐるしく毎日が過ぎた。忙しい方が仕事に集中出来て余計な事を考えずに済むから、心の何処かでホッとしている自分が居た。それが現実から目を逸らす物だったとしても。
「一度家に戻るか?ずっと俺の部屋で落ち着かないだろ。」
鈴夢が心配そうに顔を覗き込んだ。警察の調べも終わったから侑俐さんも家に戻って大丈夫だって言ってたし、いつまでも鈴夢に迷惑掛ける訳にも行かないよね。
「うん、ずっと入り浸っちゃってごめんね。」
「それは構わないって、いつでも来て良いから。」
家の前迄送って貰い、何日ぶりかの我が家に入った。室内は綺麗に片付いていてモデルルームみたいだった。人の気配が無くて、また少し不安が過ぎる。気を紛らわせようとソファに座ると見る当ても無くテレビを点けた。
外が薄暗くなって、夕食の準備を始めようとした時だった。
「…え?」
インターフォンが無機質な音を鳴らした。色んな記憶が蘇って全身に震えが走った。恐る々々ボタンを押すと、玄関前に立つ彩花先輩の姿が映った。
「良かった…。」
ホッと息を吐いてから直ぐに玄関に向かった。
「はーい。」
ドアを開けた瞬間左手首を強く掴まれたと思うと、私の身体は呆気無く捕まえられていた。突然で訳が解らず声すら出なかった。小さな鈴の音だけが耳に届く。必死でもがいても腕はビクともしなくて、彩花先輩は何も言わずぼんやりと立っている。
「御苦労様、彩花ちゃん。行って良いよ。」
その声に彩花先輩は人形の様に頷くと、フラフラと歩き去ってしまった。無情に閉められたドアに目の前がグラリと歪んで行く思いだった。
「あの刑事さんから乗り換えちゃったんだね…身体まで許しちゃって…悪い子。」
「ヒィッ…!」
服の裾から這う様に手が肌に触れて来る。気持ち悪さに吐き気すら覚えた。
「何でだよ…?元々俺の物になる筈だったのに…親父が失脚したせいで本家に取られて…今度は間家…?大した強かさだな…。」
「―――っ?!」
思いの外冷静な声に我に返った。身を捻る様に振り解くと、壁を背に向き直った。
「狂ったフリも疲れた…警察も動き出してるし俺はもう逃げ切れないだろうな。」
「貴方一体…?」
「君が死んだら皆はさぞ泣くんだろうね。」
彼はそう言うとあっさりと出て行った。鈴の音と凍り付いた笑顔を残して。
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