「貴方、何ぼーっとしているのよ」
こつんと頭を小突かれて我に帰る。
「え、いいや。何でも無いよ」
そう?とメイコは笑った。
久しぶりに夫婦水入らずで買い物をしている。
妻…メイコと腕を組んで歩くなんて、ミクやリンが産まれてから何時以来だろうか。
「こうやって二人でこの道を歩くの、久しぶりね」
ふふっとメイコはまた笑った。
そうだなぁと昔の記憶を辿る。
初めて会った時からずっとメイコは真っ赤な着物を着ている。
夫だから、と言うのを除いても本当によく似合っていると思う。
「メイコは鮮やかな赤い着物がよく似合うね」
「あら、それはミクやリンにも言われたわ。今日の朝にね」
「僕は昔から思っているんだよ。ミクやリンよりもそう思っているんだから」
何子供と張り合っているのよ、とまた頭を小突かれた。
町をふらふら歩いている時にメイコは色んな話をしてくれた。
例えば何処の八百屋さんが安いとか何処の仕立屋さんは評判が良いとか何処の菓子屋さんには世話になっているとか。
流石安い物を求めて走り回る二児の母強し、と感嘆の溜息が吐き出された。
「今日の夕飯、お鍋にしようか」
「そうね、きっと二人も喜ぶわ」
くすくすと笑い合ってメイコのお勧めの八百屋さんに行った。
その暗くなった帰路でメイコは買い忘れた物がある、と行った。
「お酒、買い忘れちゃったから買って来るわね」
「付いていこうか?」
「ううん。先にミク達とご飯食べてて」
そう言って踵を返してまだ賑わいのある城下へと戻って行った。
言われた通り、ご飯の支度をミクとリンとして、ご飯を既に食べ終わった。
リンはお母さんを待つ、と言ったけど既に寝てしまった。
「…お母さん、遅いね。大丈夫かな…」
ミクの可愛い声が部屋に響く。
「お母さんは大丈夫だよ。昔、悪い人をたった一人でボコボコにしてたんだから」
あの強さに惚れた、と言っても過言じゃない。
僕がなよなよしかったから虐められていたのを助けられたんだ。
「ふふ、お母さん、強いもんね。じゃあ私も寝るね。お父さんも早く寝なよ?」
うん、と軽い返事をしてミクが部屋に入ったのを見送った。
しかし本当に遅い…。
そのまま待ち続けていたら、何時の間にか寝てしまった。
どんどん、と扉を叩かれて目が開いた。
「はい、どちら様で…」
「大変だよ!アンタの嫁さんが!!」
ひそひそとした声で言われ、僕はメイコと親しい御近所の人に案内されて走った。
橋の所に行くと、真っ赤な大輪の花を咲かせ、目を見開いて倒れているメイコがいた。
「メ…イ、コ……?」
「お父さん!どうしたの、」
ミクも僕を追い掛けて来たのか、そしてこの光景を見て息を飲んだ。
「お、お母さん…?」
「メイコ!」
声を上げてメイコに近付く。
けれど、もう既に冷たくなっていた。
そこからは御奉行の方や色んな人がメイコを連れていき、僕は橋の前で座り込んでいた。
「どうして、メイコが…っ」
メイコは人に怨まれる様な性格じゃないのに、どうして、どうして。
「お父さん…言いにくい事だけど、落ち込んじゃ駄目だよ。…お父さんが早く立ち直らなきゃリンが心配する…」
確かに、僕が立ち直らなきゃメイコだって悲しむ。
嗚呼、だが、リンにどう説明したら良いのだろうか。
「ミク…リンにはメイコの事、遠い所に行った事にしよう。あの娘はまだ十四歳だけど…内緒にしておかないと、あの娘は笑えない気がするんだ…」
ミクは同意する様に頷いた。
リンは僕やメイコ、ミクの些細な表情の変化を素早く感じ取る子供だから…気を付けないと。
「リンは?」
ミクに尋ねると、まだ寝てるかもしれない、熱が出てたから、と言った。
どうしてそれを早く言わなかったのか、と言うと、ミクはあの状態で言っても混乱しか引き起こさないから止めたと言った。
流石メイコの娘だ…。
「お昼ご飯、饂飩にしようか」
立ち上がって自分の尻を叩く。
「本当!?じゃあね、昆布出汁が良いな!卵も掛けるの!!葱も入れて、あっ鶏肉も!それに揚げも買わなきゃ!」
早く早く、と言う様にミクに引っ張られて前につんのめる。
ミクに似合う緑色の帯を見て、この娘ももうじきすれば結婚か…としみじみした。
幼い頃から緑色を好んで着て、年頃になると髪を伸ばして…気になる男の子でも出来たのだろうか。
父親としてはかなり複雑だが…。
極楽にいるであろうメイコは見守っていてね、とひっそり願った。
【小説】円尾坂の仕立屋【男視点で書いてみた】
悪ノPさんの『円尾坂の仕立屋』→http://piapro.jp/content/?id=cd4ope20hlvddara&piapro=ptsqakisd6f1lks1oherjft594を聞いてカッとなって書いた。
もう暫く続きます。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想