「僕は自分が嫌いだ」と泣いた、唱えた。
「なんでこんなことも」
誰かに言われたことも今は 僕が
僕が嫌いな僕は、僕を嫌ってる僕でもあって
嫌い、 嫌い 嫌い 嫌い 嫌い 嫌い。で、さ、嫌になって。
でもね そんな僕でも思うことがある
「もしも僕が僕でなかったら」「どうなっていた」だなんて
「僕がもしも、僕の毒を盲の目に愛せてしまっていたなら。」
そんな僕を見て今の僕は なんて思うかな
僕は僕を嫌いになって そして、誰かを好きになっていく。
その時、僕は僕の嫌いなとこ、ちゃんと知ってたいと思うんだ
だから もう「自分を嫌ってること」 決して間違いとは思わない
辛いけれど、辛いって気持ちを知らないより遥かにマシだろう?
自己嫌悪は必ずしもあなたにとって毒ではなくて
自己肯定だって必ずしもあなたを救うわけじゃない
その2つのカードは「どちらか一つ使うもの」じゃないからさ 大事にポケットにしまっていて
-自分の嫌い方-
その1 ・間違いを認めましょう
その2 ・でも他人の間違いまで 君が背負おうとはしなくていい
その3 ・他人のこと 嫌いな自分を もう一度 見つめて
最後に・ それでも嫌いな人のことは嫌いなままでいい
でもね 僕が書いたこんな言葉達を 僕は自分で信じられず 永遠に考え続けてる
君がもしも、僕の毒に暴な力を感じてしまっていたなら
我儘かもしれないけれど、お願いだ僕を叱ってくれ
鳴いたって 泣いたって 変わらず何度も裏切る世界だ。
だけど、「もう信じない」を上手く掴むことができないんだ
離したって 話したって 変わらず叶わない夢を見ている
そんな僕はこんな僕を、当たり前に嫌いでした。
僕は僕を嫌いになった、でも 誰かを好きになっていた、
そして、僕は僕の好きなとこを、そんな誰かに教わった。
だから もう「自分を嫌ってること」 決して間違いとは思わない
辛いけどさ、辛いのかな?
何故か少しだけ嬉しくなった
僕が僕を嫌いになって、そこでやっと僕は僕を「見た」。
そんな僕にとっての「誰か」みたいに、誰かの「誰か」になれるかな
自信はない、どうせ出来やしないけど
考えても 諦める理由が思いつかない気がしてるから。
コメント0
関連する動画0
ご意見・ご感想