【初仕事】
迷い子案内所の仕事場は24畳程度の広さだ。
部屋の周りに机が、中央を向く形で並んでいる。
とても、変な机の配置だ。
壁にはぎっしりと、長い時間を感じさせる茶色の棚がずらっと並んでいる。
棚が壁でもある。
そして、真ん中には、何も無い。
朝、仕事場はざわざわしている。
壁代わりの棚から紙を取り出したり、話し合っていたり、忙しそうだ。
私は、フランジェリムさんの机の付近の壁に引っ付いていた。
そうしていないと、邪魔になってしまう。
私が、あたりを忙しそうにしているワカメさん達を見ていると、
部屋の中央にあるワカメさんがやってきた。
そのワカメさんは紙を床に落とした。
故意に落としたように見えた。
その落ちた紙は、消えた。
すると、その紙が消えたあたりの床がなにやら青白く光って見えてきた。
何なのかと目を細めてみていると、
「じゃあ、行くわね、用意して」
とフランジェリムさんが声をかけて来た。
「あ、ごめん、用意って言ってもなんも持ってないもんね。じゃあ行きましょう」
「はい」
はて、どこに行くのかな。
フランジェリムさんが部屋の中心へ向かっていく。
私は、部屋の中心へ目をやった。
部屋の中心には霧がかかっていた。
さっきの青い光はどういう事になったのかなと思った。

 私は、その靄の中に入っていった。
私にはそれが夢なのか、どうかよくわからなかったけれど、フランジェリムさんがそう言っていた。
ていうか、フランジェリムさんはずっと紙を見ている。
そんなに難しいのだろうか。
すごく難しそうな顔をしている。
私は、フランジェリムさんのどの部分をみて、彼女が難しそうな顔をしているのか、自分でもはっきりとは分からなかったけれど、
なんとなく分かった。
人間だと眉間に皺がよっているとか、目を細めているとかだろうけど、何しろワカメだからいまいちわからない。
今思い返すと、よく分からない。

女の子はリボンの上を走っていた。
ずいぶんと大きなリボンだ。
リボンはうねっている。
その上を女の子が走っていた。

女の子はテーブルに置かれた水がとても嫌だった。
嫌に思っていた。
お母さんが置きっぱなしにするお水が嫌いだった。
嫌いなのだ。
なんでそんな所に置いておくの?
私がテーブルに当たってこぼれでもしたらどうするつもり?
私が届かない場所に置いてある水、ちょっとお母さんそれを飲んでから洗濯物ほしてよ。

私の中にそれらの感情が流れ込んできた。

不安。
思いっきり台所でも遊びたいのに、何かと色々な所を走りたいのに、そんな所に飲みかけを置いておかないで、お母さん。
でもお母さんは別のリボンの上に乗っている。
私が走っているリボンとは別のリボンの上を走っている。
だから、声が届かない。
ちょっとお母さん!
リボンは大きくうねって、洗濯物を干しているお母さんに声が届かない。
ああ、もうちょっと。

ロケットちょうだい。ロケットを鉛筆のでもいいわよ。

「お母さん、変なの、これ」
「ああ、それは、ロケット鉛筆っていうの」
「変だね」
「ううん、そうだね」

お母さん、ロケット鉛筆って、面白いね!
ちょっと、お母さん。
女の子はしかたなく鉛筆を絵に描くことにしたみたいだ。
ロケット鉛筆。お母さんの所までいけるロケット。
ロケット鉛筆を、色ペンで描いている女の子。

フランジェリムさんは一生懸命に女の子が描いている絵を水滴で出来ている虫眼鏡を使って見ている。
それで、持っている資料に目を通して…。
それで、また虫眼鏡で眺めて。
女の子が描いているロケット鉛筆を一生懸命に見つめる、フランジェリムさん。
「あのう、フランジェリムさん」
「なあに?」
「あのう、それはロケット鉛筆なんですが…」
「へ?ロケット?」
フランジェリムさんはハっとして、資料に目を通す。
「あ、え、と、これの事?」
資料には「ロけっとえんぴつ」と描いてあって、かなり下手なロケット鉛筆の絵があった。
「あ、はい、そうです」
「あら、そうなの。」
フランジェリムさんは指パッチンをした。
すると、うねる2本のリボンと女の子と、お母さん、洗濯物の世界にすなが降ってきた。
砂は一箇所にそれとなく集まっていって、そこに輪を作った。
穴の向こうはまた別の世界のようだ。
フランジェリムさんと手を繋いで、その穴へと向かった。
でも、私だけいけなかった。
「あれ?あんた来れないの?」
「え、あ、はいそのようで」
「あんた、組み換えをするのよ」
「は?組み換え?」
「あああんだから、…そっか、んだからさ」
フランジェリムさんは困ったような顔をして、
「だから、ちょっとあんた感情と一回離れて」
「え?は?あの感情と」
「感情と離れて」
私は口だけ「カンジョウトハナレテ」と動かして、どうしようもなくゆれるリボンに流されていた。
「ああ、んもう。このままだともっと流されちゃう。っていうか、私かなり分かりやすく説明できたつもりなんだけど、感情から離れてって言っただけじゃだめなの?まじ分かりやすいかと思ったのに」
私は、台所の水が美しく日の光に反射しているのを見て、不覚にもちょっといいなとか思ってしまった。



綺麗。
白とピンクと水色とか、色々色色色色いろ色々色いろいろ色いろ色居ろ居ろここにいよう。



「ああ、ちょっと、あんたが捕まってどうすんの?」
私はフランジェリムさんに額を触られていた。
「あれ、私は、あの…」
「ちょっと、あんた、仕事してんのに、仕事される側になってどうすんの」
「へ?」
気づいたら、私とフランジェリムさんは誰の部屋だか知らないけれど、子供部屋みたいな所に二人して座っていた。
2人はなぜか糸で絡まっている。
赤と黄色と白とオレンジの糸で、それで、フランジェリムさんは私の額に手を当てていた。
私は訳が分からず、間の抜けたそんな声を出して、アヒル座りをしていた。
私、今何をしているんだっけ?
「仕事!」
「仕事かあ」
「んもう!帰るわよ!」
「え、仕事があるのにいいんですか」
「いいの、もう根本的に解決しておいたから!」

私は、フランジェリムさんに手を引かれて、靄のなかから出てきた。
それで、やっと、今仕事中だったということをしっかりと思い出せた。
意識がはっきりして、夢の中で私が、訳のわからない行動をしていた事を恥ずかしく思えてきた。
「すみませんでした!」
「いいのいいの」
フランジェリムさんは疲れた様子だった。
私は、あの女の子の夢の中で女の子を案内するどころか、私自身が女の事一緒に迷ってしまっていた。
この靄の中から出てきて、初めてそのことが分かった。
靄の中、つまり、あの女のこの夢の中にいるときは、そのことがわからなくなっていた。
リボンの上から、出ていけなくて、その後はよく覚えていない。
でも、私が仕事の邪魔をして、迷惑をかけてしまったという事ははっきりわかった。
そんな風に考えながら、私は体育座りをしながら、靄を眺めていた。
まだ、靄の中から帰って来ている先輩は誰もいない。
この部屋には今、私1人きりだ。1人霧だ。確かに私と、霧があるだけだ。ダジャレ…。
ガチャ!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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ワカメの国 第九章 正し過ぎた人 畑広美の物語

初めての妖精の世界での仕事。
彼女は全くと言って良い程役に立た無い。
しかし、彼女は人間で在るが故に出来る事が在ると気付く。
メッセージ:就職で困っている方、自分にしか出来無い事を認識しましょう。
※小説「ワカメの国」は現在「KODANSHA BOX-AIR新人賞」に応募中。
※小説「ワカメの国」は現在「KODANSHA BOX-AIR新人賞」に応募中。
Yahoo!版電子書籍「ワカメの国」は此方
URL:http://blogs.yahoo.co.jp/wakamenokuni
です。

閲覧数:99

投稿日:2012/06/11 20:47:53

文字数:2,969文字

カテゴリ:小説

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