UV-WARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その34「ボーカロイドに勝てますか?」
ボーカロイドに勝つ、なんて、言葉にするのは簡単だけど、これほど中身が空っぽなフレーズもないと思う。
凡そ、身体を使うことで、ボーカロイドに勝つ方法があるとは思えない。
歌、楽器の演奏、踊り、音楽的というより芸術的なもの全てが、ボーカロイドの土俵になっている、と思う。
料理や、お芝居、運動、小説を書く、マンガを描くのだって、ボーカロイドには難しいことではない。
ボーカロイドは、言い換えれば、超人、スーパーマン、できないことは何もない万能な存在なのだ。
でも、それは、ひょっとしたら、すごく寂しいことではないかと思った。
小さい頃から大人を超えるほど訓練し、ボーカロイドとなった今でも訓練を続けている。
何を楽しみにして生きているんだろうと思ってしまった。
乗った電車は、快速電車で、行きの準急と違って、気持ちよく駅を通過していた。
叔父さんは、・・・、え?
叔父さんは、いつの間にか、ビールを飲んでいた。
機嫌が良さそうだった。いいけど。いつ買ったの、ビール?
「池袋駅で」
顔に出てたのかなあ。言い当てられたみたいで、なんか悔しい。
「叔父さんは、うれしいよ」
ビールを一口、煽る仕草は昔と変わってなかった。
「ヨワちゃんが将来のこと、しっかり考えてるみたいで」
まだまだばく然としてて、何をすればいいのか、わかりませんけど。
「叔父さんは、ヨワちゃんのこと、応援するよ」
う~ん。素直にここは喜んでおこう。
「ありがとう、叔父さん」
叔父さんは上機嫌だ。
「それじゃ、ファンクラブ会員番号1番を予約してもいいかな?」
「喜んで」
「ありがとう。じゃあ、叔父さんから一言」
なんでしょう。
「今がアイドルにとって氷河期と呼ばれているのは分かっていると思う。芸能界というのは砂漠みたいなところでね…」
叔父さんは、ビールを一口啜った。
「ただ体力があるからって、生き残れるわけじゃない。水や食料を沢山持っている必要がある。でも、一番は、オアシスを見つけることだと思う。一芸でも、体力でも、精神面の、何でもいい。自分だけの、自信を持って他の人に勧められるものを、身につけて欲しい」
叔父さんの気持ちは嬉しかったけど、いまいちピンとこなかった。ていうか、古臭い。もちろん、そんなこと、顔には出さない。出せませんよ。
でも、一生懸命、考えてくれたんだよね。叔父さん、ありがとうございます。
「叔父さん、ありがとうね」
精一杯の笑顔を叔父さんに向けた。
叔父さんは満足そうに照れ臭そうに、笑顔を返してくれた。
「ところで」
叔父さんはビールを飲み干して言った。
「ヨワちゃんのデビューはいつかな? 一年後とか?」
それは気が早すぎですよ、叔父さん。
わたしは首を横に振らず、傾げた。
「ん? 決まってないのか? 入学の前に説明はなかったのかい?」
今度は首を横に振った。
案内書には、「在学中にデビューもある」みたいなことが書いてあったけど、具体的には何も聞いてなかった。
でも、冷静に考えて、当然のような気がする。
「UTAU音楽事務所・・・」
「何?」
「高校の入学と同時に、入ることが決まってる、芸能事務所です」
「ほう。事務所には所属するのか」
「ですから、何かあれば、テレビに映ることもあるんじゃないかなあ、と思ってます」
「その『何か』は具体的には決まってない、と」
「それは、仕方ないんじゃないですか。まだ、訓練を受けた訳でも、課題をクリアした訳でもありませんから」
「それは、…。不安じゃないの?」
その通りだけど、わたしの心は決まってる。
「どんなことも、不安はつきまといますよ」
叔父さんは少し目を見開いた。ややビックリした感じかな。
「ふ、ふーん」
何だか、動揺してません? ちょっと違う? 思ったとおりにいかなかった、ということですか。
まあ、いいや。
電車が駅に着いた。
〇
叔父さんはその日、家に泊まって、翌朝早くに帰ることになった。
実技試験に通ったこと、伝えたかったけど、叔父さんが持ってきた特上の牛肉を前に誰も耳を貸してくれそうになかった。ちょっと寂しい。
その日は、兄も含めて、特上のすき焼きで、大人たちは夜通し飲んでいた。
舌の上で溶けるような肉の感触は、天国に連れていかれるようだった。でも、五百グラムがわたしの限界です。
ご飯や、しらたき、豆腐に、水菜もあるんですから。全部は無理です。
余ったお肉はカレーにしようなんて聞こえましたけど、今のわたしには無理、としか思えません。
冷蔵庫にクリスマスケーキが入っていたけど、今日はもう食べられません。御風呂に入って、寝ます。
明日からは冬休み。合格がほとんど決まっているにしても、何もしない訳にはいきません。
ネルちゃんと一緒に、歌や踊りの練習ができたらいいなあ。
眠気に支配された頭で、クリスマスプレゼントに何か貰えるのかと期待していた。
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