九月二十七日 翌朝自宅で、インターネットで見城仁美を検索した。ヒットが五件あった。二件はテニスのドロー表で江東区テニス協会主催の物だった。あと二つはピアノの発表会で名古屋市になっていた。もう一つは通信教育の絵画教室の入選者名簿だった。手帳に書いてあった見城仁美・東陽町というメモを見乍、江東区テニス協会主催のドロー表のものが海野が言っていた目撃者らしいと当たりをつけた。それ以外の見城仁美は同姓同名と断定した。次に江東区テニス協会を検索してみた。黄色い背景の素人っぽいセンスのないベタのホームページが最初に出てきた。連絡先の電話番号があったので早速電話してみた。かなり待たされた。やっと出てきた。「江東区のテニス協会の方ですか?」「ええ」聞き取りにくい声音だった。屋外らしい。「先日、テニス協会主催の大会で審判をした者ですが」「それが何か」「その時ゲームをしてた参加者のラケットを誤って持って来ちゃったんすが連絡先分かるしょうか」「どなたのですか」「見城仁美さんのだと思うんすが」「ちょっと待って下さい。名簿見ますから」ポーン、ポーンとテニスボールを打つ音と嬌声が聞こえてくる。江東区のどこかのコートでテニスをしている様だ。のどかな雰囲気がテニスボールを打つ音から伝わってくる。「すみません。ちょっとバッグの中にないみたいで。ペアの方の電話番号なら分かるんですが」「ペアって」「いつも女子ダブルスで組んでいるパートナーです。あなた審判やってたんなら見ていると思いますが」と土岐に不信感を抱いている事が声のニュアンスで伝わってくる。女子ダブルスの審判は原則的に女子がやる事になっているのかも知れない。土岐は咄嗟にパソコンの検索画面を見た。見城仁美のパートナーは双葉智子になっていた。「ああ双葉さんですか」「じゃ電話番号言いますけどいいですか」「はいお願いします」と土岐はパソコン脇に広げた手帳に双葉智子の番号を書きとめた。念の為復唱して電話を切った。その指ですぐ智子に電話を掛けた。呼出音三回で出てきた。「はい」と誰かを待受けていた様な声を出す。「双葉さんの携帯電話すか」「そうですけど」と詮索する様な声音に変わる。「今見城仁美さん、どちらか分りますか?さっきから携帯電話に掛けてるんすけど通じなくって」「あらさっき電話してたんだけど」「じゃ番号言いますんで合ってるかどうか確認して貰えますか」と土岐は江東区テニス協会の番号を言う。「あらやだ、それテニス協会の玉田さんの番号じゃないの」「そうすか、じゃ見城さんの番号を教えて頂けます」「いいですけど、あなたどちらの方」「友人の紹介で今度彼女とミックス組む事になった時山と言います」「へえ彼女またペア代えるの。もてること。ええといいですか」土岐は弾む心で見城仁美の番号をメモした。「それで今彼女どこのコートにいるか分りますか」「地元の江東区のコートじゃないかしら。あっ、これ秘密ね。私江東区の在勤在住じゃないのよ」江東区テニス協会に所属する条件の事を言っている様だ。智子は在勤在住でないのにも関わらず仁美と江東区テニス協会主催の大会に出場している。「どうも有難うございました」と言って切った。その指で仁美の携帯電話に掛けてみた。十回程呼出音がして留守番電話に切替わった。土岐は声色を変えてメッセージを入れた。「こちら茅場署の海野と申します。非常に重要な連絡がありますので折返し至急こちらの携帯電話迄連絡を下さい」あとは仁美からの連絡を待つだけだった。携帯電話の呼出メロディーに設定してある夕焼け小焼けが鳴り響いた。送信者名を見ると仁美だった。「海野さんですか」と若い女の甲高い声だった。「見城仁美さんですね。今どちらですか?」「自宅ですけど」「これからちょっとお会いできませんか」「お昼頃でしたら構いませんが」と様子を窺う様な戸惑う様な物言いをする。「じゃ東陽町駅近くのファミレスでどうですか」「結構ですが」「時間はいつ頃が宜しいですか?」と土岐は努めて明るく聞く。「今日は日曜なんでお昼時は込むと思うので一時過ぎでしたら」「それじゃあ、どこのファミレスが宜しいですか?」「自宅近くのジェームズでしたら」「どの辺ですか」「区役所の近くで」「江東区役所ですね。私は目印にHEADのテニスラケットを持っていきますので」仁美のトーンが変わった。「やっぱりそうですか。海野さんじゃないんですね。何か声が違うと思いました」と言うなり切れた。土岐は舌打ちし乍掛け直した。呼出音はするが出てこない。そのうち留守番電話に切替わった。それもメッセージを入れる前にすぐ切れた。少しキーの高い喋りを試してからもう一度仁美に電話した。今度は出てきた。「見城さんですか?私先日茅場町駅で亡くなられた廣川さんの奥さんに頼まれて廣川さんの最後の状況を調べている者で土岐と申しますが」仁美は何も答えない。「お忙しい所申訳ないんですがその事で少しお話を伺いたいんですが」「その事でしたらもう思い出したくないのでお断りします」とにべもない。「いや、そこの所何とかならないでしょうか?数分で結構なんすが」「お断りします」と言って切れた。取付く島がないという印象を持った。彼女の言葉全体が氷の薄い膜で覆われている様な感じがした。仁美が着信履歴で電話番号を確認すれば海野を騙った人間と土岐とが同一人物である事に気づくだろう。土岐は名乗った事を後悔した。土岐という名前が仁美の記憶に残らない事を祈った。仕方なく智子に電話してみた。「先程電話した時山す」時山というのは土岐が咄嗟の時に使う偽名だ。「仁美のミックスペアの方」「そうす。やっぱ彼女と連絡取れないんで試合の前にペア練習したいんすが今日はどこでやってるんしょうか」「さっきも言ったと思うけど日曜の彼女の行動は分らないのよね。彼女とは勤務先の近くのナイターで平日やってるもんだから」「茅場町すか」「そう。人形町の方に、あ、人形町迄行かないで証券取引所の橋を渡った近くの小さなビルの屋上に金網で囲った一面だけのコートがあってそこで月曜と水曜練習してるの。水曜はスクールだけど月曜はゲーム形式でオープンだから一日だけでも会員でなくても参加できるはずよ。会員は近所の勤め人が多くて日曜は大会参加で疲れている人が多いのでそうしているみたい。私も彼女も毎日でもテニスやりたいヒトだから毎週参加してるのよ」「じゃ早速明日の夜、参加させて貰います。何時からすか」「六時半から。あ、お名前なんでしたっけ」「時山す」「そうでしたね。さっきはトキしか聞取れなかったんですね」土岐は冷や汗をかいた。時は正確に発音したが山は偽名を使う心理的なプレッシャーからいつも口籠る。智子は耳のいい女だった。

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土岐明調査報告書「学僧兵」九月二十七日

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投稿日:2022/04/07 13:43:43

文字数:2,764文字

カテゴリ:小説

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