「あ、あの。何か御気分を害されましたか?」
「害されたな。酷く不機嫌だ」
「大変申し訳御座いません。旦那様の悩みの種なぞに憧れを抱こうなど、無礼なことこの上なく」
「いや、別に僕は学徒を嫌っちゃいないさ。僕も学徒の頃は相応に無茶もしたし、自由に生きていた。―だがな、流花がそう言うということはこの家を出たがっていることに他ならん」
「しかし旦那様は、『人と交わり多くのことを学ぶことはとても良い事だ』と口癖のように仰っておりました」
「ふん、いいか流花」
「はい」
「世の中にはな、知らなくて良いこともあるもの。頭を垂れれば、床しか見えぬ。床しか見えねば、それだけ考えていれば良いんだよ。面を上げて生きる自由な人種など、世の中の一握り程度のものよ。目の前など既に見えぬ耄碌か、前を見据えるなどと言う重大な仕事を負ってしまった、永田町の酔狂共のみよ。権力は、権力などと言う偽りの自由は、人を酔わせ、尊大にせしめる毒だ」
「あの、旦那様。流花は女中の仕事もままならぬ半人前ゆえに、旦那様の仰せらるる言葉を留められぬので御座います。旦那様」
「あぁ、僕の可愛い小鳥のなんと可愛らしいこと。それなら、僕の仕事を聞いてさえいればよい。懐中の修理を時計屋に依頼したので、なるべく早く時計屋に懐中を届け、以前預けていた方を預かっておけ」
「畏まりました」
「あとは…学びたければ僕の書斎を使えばいい。勉強と称して頭に詰め込むような知識など、僕の書斎の中で事足りてしまうわ」
「有難き幸せに御座います。では、よしなに」
「…女中頭、食事の用意は」
「すでに」
「うむ、すぐ戴こう」
「旦那様、流花が書斎に入っていくのを見たと女中の一人から聞いたのですが、御迷惑をおかけしては居りませぬか」
「あぁ、僕が許した。多少汚されても気にはせんよ」
「それは失礼致しました。しかし、如何なるお心持ちにて?」
「毒に触れさせてはならんからな」
「毒、ですか?」
「毒さ、権力者の」
「私めには存じえぬお話です。存じえぬ話と言えば、流花はここ数年のうちに度々、己が身一つで都の地に降り、学徒と為りたいと申しておりましたが」
「一葉落ちて、天下の秋を知る。他人に縋るようでは、もはや益谷家も秋か」
「…今宵の晩餐は、西の国より取り寄せました秋刀魚の煮つけにございます」
【十三項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】
黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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