私には、幼なじみがいる。
一つ年上の彼とは家が隣で、休日もよく一緒に過ごしていた。
「勉強を教えてもらう」という年下の特権を使って、彼の隣に居続けた。
彼が私のことをどう思っているのか、そんな大事なことだけはいつも聞けないままなのに。
「お願いします、勉強教えてください」
「よっし、まず先週自分が何を言ったか、思い出してみようか?」
「この範囲はきっとわかるから多分大丈夫って言いました」
「言ってること変わってない?」
「ただでさえ苦手な科目なのに、出された課題が多すぎて心が折れちゃった」
「気持ちは察するけど、なぜ見栄を張ったのか」
高校三年生、寒さが増して男子の制服が羨ましくなるこの季節、私は彼の家に一冊のテキストと筆記用具を持ち込んでいた。
彼にヘルプのメッセージを送って、学校帰りにそのままお邪魔して教えを乞うこの流れも見慣れたものだ。
もっとも、学年がひとつ違う彼は今大学生のため、なかなか会う機会はとれなくなっている。
「まあぐだぐだ文句を言っても仕方がないから、課題を見せてごらん。……へえ、解答欄が驚くほど真っ白なんだけど」
「ああ、うん、学校でちょっと考えたけど意味がわからなくて」
「オッケー。幸い、解き方がわかれば五ページは埋まるからばっちりしっかり教えてあげよう」
「えっ五ページもあるの」
「残念なお知らせだけど、目安の付箋が付いてるのは十ページ先だ」
「鬼ー!」
「それ俺に言ってる?」
「今ここにいない先生に言ってる」
いつまでも私の面倒を見ていてもいいのかと、決死の思いでいつか聞いたことがある。
彼からは「先生になりたいから、いい練習になるし、俺も勉強になるから何も問題ない」という、あまりにもさらっとした答えが返ってきたものだから、それをいいことにこうしてずるずるとこの関係を続けてしまっている。
それに、学校の先生の退屈な授業とは違い、幼い頃から聞き慣れた声は、私の心にすっと入ってきて覚えやすい。
「ねえがっくん」
「どうした、何かひらめいたか」
「がっくんって彼女いないの」
「ルカってさあ、いつも唐突に切り込んでくるよね」
「いや、だってさ、花の大学生活なんだから、合コンの一つや二つやるんじゃないの?」
「まだ未成年だし俺はそういうの断ってるから、いるわけないだろ。そっちこそ花の高校生活、そういうのはないんだろう」
「よくご存知で」
一年に一度、この時期になると必ず交わすやりとりに、ああ結局今年も何も変わらないままか、と私はいつも落ち込む。表情には出さないけど。
今年に入ってから、彼は今まで読んでいなかった雑誌を見ていたり、何かの調べ物をしていたときも「ちょっとね」と内容は秘密のままにして、変わった点が多くなった。
私が頼れば答えてくれるけど、必要以上のことは教えてくれない。
大学生になれば生活も変わっていろいろあるんだろう、とは思っていたけど、心のどこかでは別の考えがよぎってしまうのだ。
知ってるよ。好きな人、いるんでしょう。
長い付き合いだからわかるよ。
せめて相談さえしてくれれば、私はそれを応援するのに。今までたくさん教えてくれた恩返しをしたいのに。
彼は自分自身のことをあまり話してくれないから、諦めさせてもくれない。
それに、こう思ってしまうのは、笑って何も知らないふりをするのに、疲れてしまったからだ。
「どうした?今日はもう帰るか?体調が良くない?」
「え……そう見える?」
「うん。珍しく黙り込んだから、顔を見たら、つらそうな顔をしていたから」
「ううん……違うよ。いいの、課題の出来が悪くても、ミニテストなんだから、本番さえ良ければなんとかなるよ。だいたいなんでミニテストでこんなに課題が多いわけ?」
「お、その調子。そうそう、はい、これ」
筆記用具を片付け始めた私の前に差し出されたのは、新発売の文字が眩しいはちみつ味のフィナンシェ。
私がお菓子好きなことは彼も知っている。時々お菓子をくれることはあるからこの現象自体は珍しくもないけど、どうしてこのタイミングで?
「ほら、ハロウィンが近いから、お菓子。それにルカはお菓子が好きだったから、喜ぶと思って」
「うん、ありがとう。だけど少し違うかな。トリックオアトリートって言って、聞かれた側がお菓子をあげて、あげられなかったら悪戯を受けるだよ。それにどちらかと言うと、はちみつじゃなくてかぼちゃだし」
「知ってる。今まで季節感のあるイベントはやってこなかっただろう。楽しそうだし、たまにはいいかと思って。仮装はしないけど」
「そこまでしっかり便乗していたら、それはそれで面白そうだけど、がっくんはそういうの似合わないね」
「二十歳も近いし、そんなに羽目は外していられないだろ」
変わらない距離感。彼の優しさに甘えている立場のくせに、彼の優しさが今はつらい。
この関係が終わらない限り、私はこの思いを心にしまい続けるのだ。そしてそれはやがて呪いとなり、私を縛る。
自分から、もしくは……彼から終わらせるまで。
家に戻って早々に、「今日の夕食は外でとろう」と両親に連れられ、制服のまま後部座席に揺られている。
メッセージのアプリを立ち上げ、先程別れたばかりの彼とのトークルームを開く。
外出先では勉強の再開はできないため、昨日見たテレビの話や最近の流行りなど、世間話の延長のような文字ばかりが画面を流れていく。
そしてまた明日ね、とスタンプを送って、スマートフォンをしまおうとした。
『明日、俺の家に寄ってほしい』
『勉強の後でいいから、大事な話があるんだ』
ロック画面に浮かぶ通知。
無機質に並んだその文字列は、私の鼓動を早めるには十分だった。
『君のことばかり考えてる恋はもうやめにしよう』
彼の好きな人の話を、待ち望んでいたのは確かなのに。
恋?それは、私のこと?期待しても、いいの?
丁度信号待ちで停車して、ラジオもニュースに切り替わるために音楽が止まった。
『俺と』
ロック画面を解除して、彼のトークルームに流れる次の言葉を。
認識して返事を紡ごうとした瞬間、停まっていたはずの車内が、轟音と衝撃に包まれる。
悲鳴を上げる間も無く、痛みさえ感じる前に、私の意識は途切れた。
*
大学からの帰り道、立ち寄った病棟で目的の名札を探す。
扉を開け、窓際のベッドに近づき、カーテンの裾を持ち上げて、傍らの椅子に座る。
十月最後の月曜日、俺は彼女との幼なじみの関係を変えることを決意した。
インターネットや雑誌を読んでいたのは、デートの誘い方とか、プレゼントは何がいいかとか、関係を変えるきっかけを探していた。
だけどあの日、彼女と家族を乗せた車は交通事故に遭った。
彼女のご両親は重い怪我を負ったけど、数日で意識が戻り、今ではとうに日常生活を送ることができるくらいには回復した。
それなのに、ルカだけは、未だ意識が戻らない。
彼女の口から放たれる一年に一度の「彼女いるの?」が、年々思いつめたような声色に変わっていくのに、俺は気がついていた。
彼女に他に恋人ができないことを祈りながら、互いに都合のいい口実を元に、彼女を手元に置き続けた。
これは、ハロウィンの魔力で下された、俺への罰なのだろうか。
それとも、曖昧な関係をなかなか絶とうとしなかった俺への、彼女なりの悪戯だろうか。
「ねえルカ、俺はやっぱり君のことが頭から離れないよ」
「君が好きだった蜂蜜、あれを使ったお酒、甘いらしいんだけど、そばに君がいないから、味がわからないんだ」
「そう、俺はもう成人したんだ。君ももうすぐだよ。だから、早く……この手を握り返して、笑ってよ」
大人になってもそばにいるのは俺がいいと思っていた。
彼女を愛していた。
彼女は、どうだったんだろうか。
あの日送ったメッセージに既読がついたまま、その返事は未だ来ない。
君のことばかり考えてる恋は、未だ……終わりそうにない。
【がくルカ】ハニー・ミードは未だ苦く【ハロウィン】
こんにちは、ゆるりーです。
またハロウィンにお菓子を食べてる二人が見たいので書きました(一日ぶり二回目)。
そしてがくルカだと高確率で悲恋にしてしまうのは持病です。だれか助けてほしい。どうしてこうなってしまうんだ。
また、がっくんからの告白のメッセージに、プロポーズのボードゲームで作成したセリフを使用しています。
本当に創作勢がやるとネタになるんですよ。最高です。
ちなみにまだ蜂蜜酒を飲んだことがないので、一度飲んでみたいです。
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ご意見・ご感想
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
オ゛ゥッッッ……(苦悶)
これは苦甘ですね……
苦みと甘みがデンプシーロールですね……
そしてルカさんには悲劇が似合うんだよね!という感動と
なんで俺が読むルカさんみんな悲劇にあってしまうん?という悲しみの葛藤で
またもやデンプシーロールでダウンですね!カウント10待ったなしです!(致命傷)
失ってしまう前に気づければいいんですが、恋に関わるものに限って失ってから重要さに気づくパティーンは……多いですよね(←自分の傷口をほじくり返したやつ)
蜂蜜酒は呑んだことがないですが、京都に抹茶酒なるものがありましてね……
強い甘みと強い苦みを甘めの日本酒の風味で包んだ、
舌の上で転がしながら飲み込むと喉の奥から抹茶の香りが広がるいい酒です。
通販もやってるらしいので調べてみてはいかがでしょうか。
2019/10/30 11:53:55
ゆるりー
なぜかこの二人の話を書くと手が勝手に悲劇にするんですよね。
失う前に気づけないのはどうしようもない感じがしますけどね。
オウフ……残念ながら抹茶が苦手でして……そのお酒を飲んでるお二人を想像してますね
抹茶のお酒あるの知らなかったです
2019/11/03 20:59:30