「おわっと!……レン?」
 声の主であるレンは、卓の手元にあるものを指差す。それに合わせて卓も自分の掴んだものを見た。
 手の平ほどの小さなデジタル時計だった。時計は一秒の表示を写したまま、まったく動く気配がない。
「スタートと同時にセットしておいた時計だよ。水没したときに壊れて時間が止まったらしい。だけど、時計の針は制限時間のギリギリ1秒前。つまり、あんたの勝ちってことだよ」
「勝った……?」
 まったく実感の持てない勝利。しかし、勝ったという事実に卓の緊張は一気に解けて大きなため息と共に座り込んでまった。
 よかった、と心底思う。
 そんな卓を支えるようにしてミクが寄り添う。お互いに苦笑のような笑みを浮かべて勝利を噛み締める。
 すると、
「今回は辛くも勝利を手にしたようだな、高野卓!だが、これで終わりだと思わないことだ!」
 何故か勝ち誇ったリンが腕を組んで卓を見下ろしてきた。
「あえて言おう、鏡音リンとレンは何度でも蘇ると!そう、これは所詮序章にしか過ぎないのだ」
「あ、俺は別にそういうのいいんで」
「次こそ本当の戦いの始まり!」
「あ、無視された……」
「ここから先は油断も躊躇も、優しさや涙が許されない血で血を拭う、そんな憎しみに溢れたストーリー展開が待ってるのよ!」
 ないない、とレンが無言で手を横に振る。改めて、二人とも結構温度差があるなぁと卓は半目で頷いてしまう。
 しかし、まぁそれはさておくとしても。
「諦め悪いなお前!」
「あぁ?世の中分かりきった顔して人生簡単に諦めるような生き方よりかはマシよ!」
「おお、珍しくいいこといってるっぽい……ッ?!」
「当然よ!人間小さくまとまったらね、そこでもうゲーム終了なのよ!飽くなき野望と常に前進しようとする勇気、これさえあれば人はいくらでも、どんだけでも大きくなれるのよ!若いモンにはそれが分からんのです!諦めが肝心?はんっ、そんなもんはやれることやった奴が吐く台詞よ!」
「そうだそうだ~もっとやれ~!」
 調子に乗って、軽く煽ってみる。すると、予想通りリンはえらそうにいろいろと喋り始めた。ここまでは計画通り。
 だが、これで話の向きが変わってくれればいいな、などと思っていた直後。
「だから、君も一緒に天下を目指そうぜ!てか勝負しろ」
「うわ、なんか強引に話題が戻してきやがった!?そのままどっか行ってくれればいいのに」
「どこへ話題が飛ぼうとブーメランのように舞い戻ってくる、それがこのリンちゃんのトークスキルさ!だから勝負しろ!」
 妙に品を作ったポーズからリンがウィンクしてみせる。多分、ファンサービスとかそういうのを意識しているようだが、そこはあえてスルーすることにした。
 卓は先程から特に何も言ってこないミクを一瞥してめんどくさそうに首元を撫でる。
「オーケー、わかったよ。まったく、これじゃマスターとして永遠に認めてもらえなさそうだな」
「そんなこともないよ」
「……は?」
「だから!これでも、少しは認めてるんだからね?」
 そんなことを言いつつ、リンは恥じらいの混じった顔で卓を覗き込む。ちょっと可愛いかも、なんて思ってしまったことに少しだけ悔しかった。
 しかしだとしたら、
「じゃ、じゃあ今後の勝負って何のためにやるんだ?」
「そんなの決まってるじゃない」
 卓の疑問にリンは迷いのない真っ直ぐな目で自信満々に吼えた。
「面白いからよ!」
「おいおい……」
 分かりやすすぎだろ、と頭を抱える。多分、今回だって絶対面白いからやってみようという行動原理が根本にあったに違いない。
 まぁ、卓としてはおそらく何かもう一つくらい何かを隠しているような気がしたが、今彼らが言った事はきっと全部本音だったと思う。だから、それ以上の何かを探る気は起きなかった。
 まったく、人の迷惑をまったく顧みず暴走する掴み所のないこの双子に、これからも振り回されるのかと思うと眩暈がする。
 だが、悪くない。
 悪くないと、そう思ってつい口元が緩みそうになる。それに唯一ミクだけが気づき、苦笑にも似た笑みを作った。
 しょうがない、そんな諦めともつかない思いで、卓とミクはお互いに笑うしかなかった。 
「話は済んだか?お前ら」
「あ、先輩。スフィンクスから出れたんですか」
 ああ?と先輩は不機嫌そうな声を出して威嚇するように睨んできた。
「おかげさまで全身砂まみれな上磯臭くって堪らないわ馬鹿たれ。それより、リンとレンはそろそろ支度しろ。お前ら罰としてビリーの引き上げの手伝いな」
「え、嫌だ」
「しれっと拒否ってんじゃねぇよ!元々はお前らの吹っかけた勝負な上に敗者だろうが。だったら後始末くらいやれ」
「いやぁ、掃除とか片付けとか正直蕁麻疹が出るくらい嫌なんですが」
「そうか、じゃあ全身イボが出ててもいいからしっかり働いてくれ」
「諦めろってリン。こんくらいで済むなら楽なほうだよ」
 男二人に脇を固められ、引きずられていくリンはそれでもじたばたと足掻いて駄々っ子のように抵抗する。
「かぁーっ!信じられない、なにその敗北主義的かつお利巧な反応は!ちょっと、責任者は誰?!直接クレームつけてやる!」
「ほれ」
 そう言って先輩からリンの手元に携帯が緩い放物線を描いて乗る。
「は?携帯が何だってのよ」
 みれば、携帯は現在通話中だった。引かれる腕を少し緩められたので、耳に携帯を押し付ける。
 すると――――
『文句言ってる暇があったらキビキビ働いてくださいねぇ~』
「ひぃっ?!て、テト姉!」
 これまでのリンからは想像できないほどの怯えた表情でリンが携帯を放り捨てた。しかし、携帯のスピーカーはいつの間にかボリュームがMAXになっていて、砂浜に落ちた携帯がひとりでに喋っているようで余計に不気味になっていた。
『働かないと、またリンちゃんのお部屋に○□×☆を大量に仕込んで夜も眠れなくさせますよぉ』
 ひぃっ、と引き攣った悲鳴がリンから漏れ、その場に半泣きで携帯に向けて敬礼する。
「さ、サー!イエッサー!ほら、行くわよレン!」
 慌ててレンの手を取って走り出すリンに、レンは苦笑して身を任せていた。
「しょうがない、じゃあ行くか。それじゃあ二人とも、今日は面白かったよ。また今度な」
「はい、待ってますね」
「今度はもう少し穏やかに来てくれると助かるんだけど」
 そんな皮肉に彼は一度振り向き、リンとそっくりな悪戯を思いついた子供のような顔で笑った。
「それはリンに聞いてくれ」
「こらレン!なにやってんの、早くしろ!」
「分かってる!そんじゃ」
 そうして、レンは走って行ってしまった。その後を追おうとしていたリンが走り出す瞬間、一度足を止めて振り返った。
「ミク姉!またすぐに遊びに行くからね!」
「はーい!みかん用意して待ってます!」
「おい、高野卓!」
 俺だけ呼び捨てかよ!という声を胸のうちで叫び、卓は声を張り上げる。
「なんだよ!」
「今日からあんたのこと、卓兄って呼んであげる!感謝しなさいよ、じゃあね!」
 しばらく、きょとんとした卓は、しかしリンの言葉を理解すると呆れたようにため息をついた。
 本当に、素直じゃない子だ。
「さて、お二人さんもそろそろ車が来るはずだから、それに乗って送ってもらえ」
 落ちていた携帯を回収しつつ、先輩が道路のほうを指差す。
「先輩はどうするんですか?」
「俺はまだ仕事が残ってるからな、それにあの二人を監視しなくちゃいけないし、このまま行くよ。また近いうちにメールすっから。そんじゃな」
 それだけ言って歩き出す先輩。その後姿に卓は声を出さずにいられなかった。
「あ、あの!今日はホント、ありがとうございました!」
 返事はなかった。ただ、代わりに先輩は背中越しに手をひらひらと振って見せてくれた。
 どうやら、ちゃんと届いたようだ。
 ホッと胸をなでおろすと、ミクが服の裾を引いた。
「卓さん、車が来たようです」
「そっか。んじゃ、帰りますか……ってはちゅねは?」
 そういえばずっと姿が見えない。そう言うと、ミクは笑って自分の襟足部分を指差す。卓は不思議そうにミクの襟足を覗き込む。
「……あ」
 はちゅねが涎をたらして寝ていた。ミクは静かにはちゅねを手のひらに載せ、乱れた髪を少し直し、頭を撫でてやる。
「随分疲れていたようですから、このままにしておきましょう」
 くすぐったそうに身をよじるはちゅね。でも、起きる気配はない。そんな愛らしい姿を見て、卓は改めて今日一番の功労者であるはちゅねにありがとう、とお礼を言った。
 その瞬間、はちゅねが少しだけ誇らしげに笑ったように見えた。
 二人並んで砂浜を歩き出す。途中、足を砂に持っていかれて倒れそうになるミクを卓が支え、ごみを踏んでこけ掛けた卓をミクが支えていく。
 それを遠くで見ていたリンとレンは、鏡写しのようにまったく一緒の満面の笑みを浮かべたのだった。





 その後のこと。
 玄関に撒き散らされたゴミは、全て卓が片付けた。鬼のような形相で念仏のように呪詛の句を唱える卓は、更に地域住民の皆様に微妙な誤解を生み、溝を深めていったらしい。
 また、同じ頃、研究所の藤林はビリーの悲惨な姿に意識を失い泡を吹いて倒れたそうな。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説『ハツネミク』part.3双子は轟音と共に(11)

何とかpart.3が終了しました!
長くなりすぎてしまい、読んでいただいた方にはホントに申し訳なく思っています。すみません。

長くて読みづらいと思いますが、少しでも読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:128

投稿日:2009/12/06 04:25:41

文字数:3,822文字

カテゴリ:小説

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  • @たあ

    @たあ

    ご意見・ご感想

    こんばんは、@たあです。
    ついにパート3終了ですね!お疲れさまです。
    実は随分前に読ませて頂いたのですが、コメを残すのを忘れてたのを思い出したので、遅ればせながら書きに着ちゃいましたw

    イラストの方も描かれる度に少しずつ印象と言うか感じが変化なさっているような?活動低迷期な自分には、その変化ですら輝いているように見えてなりませんw

    ハツネミクのエンディングを楽しみしていますっ´ω`
    でわでわ。

    2010/01/04 00:17:39

    • warashi

      warashi

      @たあさん、いつもコメントありがとうございます!^^
      今年もよろしくお願いします。

      はい、やっとパート3も終わりました。半年近くこれだけを書いていたのかと思うと自分でもビックリです。
      いえいえ、コメントを書いていただけただけで、自分の書いたものがちゃんと読んでもらえているんだなって励みになります^^

      絵の方まで見ていただいてありがとうございます!未だ自分の絵を模索しているので絵が安定してないだけかも?^^;
      また@たあさんの作品が読めるのを楽しみにしています^^ 
      焦らずゆっくり@たあさんの作品を作ってください、必ず読みに行きます!

      エンディングまでちゃんと書き終えたいと思っていますので、また読んで頂けたら幸いです。
      読んでいただいて本当にありがとうございました!

      2010/01/04 03:01:47

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