ばしゃん。
水溜りを踏みしめた具足が、濁った水を跳ね飛ばす。叩き付けるような豪雨の中、鬱蒼と茂る森を俺は駆けていた。行く手を遮る枝を剣で切り上げ、邪魔な石を蹴り散らし。木々の隙間をぬって降り注ぐ雨粒で全身を濡らしながら、立ちはだかる小岩を飛び越え、止まることなく真っ直ぐに、俺は走る。
冑(かぶと)も鎧もとうに捨てた。今の俺には、道を切り開くための剣と疾く駆けるための具足があればそれでいい。
腕を振るたび、右肩がずくずくと痛む。それも当然のことだ。矢羽の折れた矢が一本、俺の肩口から生えていた。だが、同胞に手をかけ、友に背を向けた報いにしては、この痛みは随分と軽い。
思い出すのは、親友との別れ際。彼との短いやりとりだった。
『ほら、行けよ』
『お前……』
『なに、この雨だ。顔なんて見えやしない。こいつらをやったのが誰かなんて、分かりっこねえよ』
『しかし』
『こちとら独り身の一兵卒よ。いざとなったら、なんもかんも捨てて逃げるさ。お前の好きなお姫さんも歌ってただろ? “持たぬ者は幸せ”ってな』
『なぜ助けた?』
『気まぐれなのさ。俺も、人をお創りなさった神様も。……だろ?』
『……違いない』
『じゃあな。せいぜいお互いの無事を祈ろうぜ』
『ああ、恩にきる』
かつて守るべき者であった追っ手を斬り、我が剣は深紅の罪に塗れた。しかし、神はいかなる者にも雨を降らせ、その恵みで、罪人たる罪の証さえ溶かしゆく。代わりに、肩から細く垂れる血が手元を流れ、刃を伝って途切れることなく地に染み込む。
みすぼらしい自身の姿を省みて、俺は呟いた。
「俺も――」
荒い息の合間に、己を嘲る笑みが零れる。
「堕ちたものだ」
ばねのように跳ね上がる足はなお回転を速め、心の臓は早鐘のごとく脈打っていた。どこへ向かえばいいのかさえ分からない。にも関わらず、愛しい者を求めてただただ俺は地を馳せる。
そんなとき、矢のように流れる視界に飛び込んできた鮮やかな紅い色。見逃してしまいそうな一瞬のことだったが、近くの者の顔も見えない豪雨の中で、遠目にもはっきりと写った。
たたらを踏んで足を止めた俺の目が捉えたのは、一人の少女。大雨には場違いな白く薄いドレス。剥き出しの素肌に豊かな碧い髪。目を引く紅の首飾り。どこか、愛する者の面影を感じさせる真摯な瞳。木々の合間に佇む少女は、明らかに俺を見ていた。
そして、奇妙なことに、まるで彼女を避けるかのごとく、一滴の雨粒も少女を濡らしてはいなかった。出来の悪い冗談のような光景だが、不思議と違和感を感じない。むしろ、そう在ることが自然と思えた。
神の気まぐれ。
友の言葉が記憶に引っかかる。
「馬鹿な……」
こんなところにいるはずが。俺は呆然と立ち尽くし、否定の言葉を漏らした。俺を見つめる眼差しが、すい、と横に流れる。瞳の先は滝のような雨に遮られ、何があるのかも分からない。だというのに、確信に満ちた足取りで、少女は歩き始めた。
夢か、幻か。或いは……。
迷い、躊躇うも、己が戻る道は既にない。ならば、進むだけだ。
華奢な少女の背中を追って、俺は再び泥を蹴り上げた。
【小説化】神の名前に堕ちる者 3.護り手たる騎士の話
ニコニコ動画に投稿された楽曲「神の名前に堕ちる者」に感動し、小説化したものです。随時更新していきます。お口に合えば幸いです。
原曲様 → https://www.nicovideo.jp/watch/nm10476697
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