こんにちは!前嶋拳人です。
誰にも教えずに、心の奥底で飼っている音がある。それは、言葉にする前の熱を帯びた塊であり、誰の耳にも届かないまま消えていくはずの振動だ。私たちはその震えを捕まえて、歌や物語という名の器に閉じ込めようとする。
ある静かな午後、公園のベンチで古びた真鍮製の望遠鏡を覗き込んでみた。レンズの向こう側に映っていたのは、いつもの景色ではなく、重力を失って空中に浮遊する巨大な図書館だった。そこでは、本のページが蝶のように羽ばたき、文字たちがインクの滴となって地面へと降り注いでいる。
私はその雨を掌で受け止めてみた。透明な雫は肌に触れると、微かな電子音を立てて消えていく。その音は、私が幼い頃に忘れてしまった遠い約束のようでもあり、まだ出会っていない誰かの溜息のようでもあった。この世界は、私たちが認識しているよりもずっと多くの音で満たされている。
ふと足元を見ると、一匹のゼンマイ仕掛けの蟻が、自分よりも大きな角砂糖を運んでいた。その砂糖は真っ白ではなく、宇宙の星々を煮詰めたような深い紺色をしている。蟻が歩くたびに、地面からはオルゴールの調べが漏れ聞こえてくる。それは、大地の奥深くに眠る巨大な歯車が、ゆっくりと噛み合っている証拠なのかもしれない。
創作という行為は、この見えない歯車の回転を、一瞬だけ止めることに似ている。流れていく時間に楔を打ち込み、そこにあるはずのない景色を無理やり引きずり出す。その反動で、私たちの心は少しずつ削られ、代わりに作品という名の結晶が形作られていく。
ふとした瞬間に、鏡の中の自分が知らない誰かの顔に見えることはないだろうか。それは、あなたが作り出した無数の物語たちが、あなたという器を借りて、現実に浸食し始めている証拠だ。私たちが歌を歌うとき、実は歌が私たちを歌っているのかもしれない。
空を見上げると、月がいつもより少しだけ大きく、そして薄く透き通っていた。その裏側には、まだ書き込まれていない五線譜がびっしりと張り巡らされている。私たちはその空白を埋めるために、今日も意味のない言葉を積み上げ、響かない声を張り上げる。
雨はいつの間にか、青い蜜のような粘り気を帯びていた。街中の建物がその蜜に覆われ、静かに溶解していく。すべてが混ざり合い、境界線が消えていく中で、最後に残るのは、たった一つの純粋な周波数だけだ。
それは、あなたが生まれた瞬間に響いた音であり、この世界が終わる瞬間に鳴り響くはずの、最後の合図。耳を塞いでも、それは血流に乗って、あなたの全身を巡り続けている。
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