その週末の金曜日の午後、事務所の土岐宛に配送物があった。一階のメールボックスから戻った福原が、
「あら、珍しい」
というような表情で、土岐の手許に宅配便を置いた。滅多にないことだった。厚さ二センチ足らずだった。差出人の名前が書かれてなかった。角封筒には千代田区に本社のある竹内工務店の住所と電話番号が印刷されていたが、土岐には全く心当たりのない会社だった。自席の机の上で、早速角封筒を開けてみた。角封筒の中には手紙と茶封筒が入っていた。茶封筒は封印されていなかったので、すぐ中を覗いた。壱万円札が何枚か入っていた。思わず、大きい封筒に落としこんで、事務室の金井と福原を見た。二人とも知らぬ気に作業をしている。土岐は改めて手紙を取り出した。手紙には次のように書かれていた。
〈この手紙は読んだ後、必ずシュレッダーにかけてください。同封の茶封筒には調査依頼金の手付金一〇%が入っています。領収書は不要です。後日、調査報告書受領を確認したあと、しかるべき方法で残金九〇%を支払います。ただし残金は成功報酬で、今回のACIのプロジェクトが不首尾に終わった場合とさせていただきます。また調査に掛った諸経費は別途請求してください。これも領収書は不要です。ただし、調査依頼の手付金と同額の範囲内でお願いします。依頼内容は、今回のODAに関するすべての関係者の役割と行動や発言の報告です。とくに、お金の流れやその金額の決定に関する情報について日時・場所・氏名などの記録をお願いします。プロジェクトが頓挫する方向に誘導し、最終的にはプロジェクトを破綻させてください。調査の性格上、極秘を旨としますので、当方の所属・身分等について明かすことはできませんが、受け取った情報は、一企業や一個人のために使用するのではなく、天下国家のために使用するとだけ申し述べておきます。調査報告書は日付ごとに詳細にまとめて、現地から逐次、以下のメールアドレスに隠し添付ファイルで送信してください。このアドレスは現地からの調査報告の送信に使ってください。調査報告は対面した人の氏名とその内容についてのメモ程度で結構です。また、諸経費はまとめて残金と一緒に支払います。このメールアドレスはメモをしないようにお願いします。なお、プロジェクトにODAがついて、着手されるようになる場合には、残金を支払えなくなりますので、あらかじめご了承ください。ただし、同封の手付金に関してはどのような場合でも返金には及びません。以上、よろしくお願いします〉
土岐は改めてメールアドレスを見た。ドメインはフリーメールになっていた。登録名は、
〈Kakusifile〉
となっていた。土岐は何回か口の中で繰り返した。暗記できそうだったが、万一のことを考えて手帳の住所録の空きスペースに書き込んだ。
土岐はもう一度、金井と福原の目が自分に向けられていないことを確認した。それから平生を装って、茶封筒の現金を眼で数えた。十万円あった。しかも非課税だ。報告書提出後に残額の九十万円もらえる。土岐にとっては大金だった。それだけあれば、母の白内障の手術費用が工面できる。眼科医から七十万円ほどかかると言われている。手術さえすれば、母のただ一つの楽しみであるテレビが良く見えるようになるはずだ。そのくらいのことは息子として、してあげたいと土岐はいつも思っていた。土岐の胸の鼓動が速くなった。
土岐は改めて大きい角封筒を見た。千代田区内幸町に本社のある竹内工務店の住所と電話番号が印刷されている。封筒の左上には、
〈ゆうメール〉
という文字も印刷されている。封筒の上部は切り取った跡があり、宛名の土岐の住所と氏名は、ワープロで印字されたものが封筒のハトロン紙の宛先窓口の上に貼り付けられていた。封筒は二次利用されていることは明らかだった。かりに、竹内工務店が差出人であれば、一度、何かで使用した封筒を再利用することは考えにくい。使い回しでない封筒が社内にいくらでもあるはずだ。
(使い古しの封筒を二次利用しているのは、差出人を知られないためか。竹内工務店の封筒を利用したのは、発送時にあたかも、竹内工務店が差出人であるかのように装うためか)
土岐はその十万円をその日のうちに自分名義の銀行口座に振り込んだ。それから事務所のパソコンで、くだんのアドレスにメールを送信した。
@手付金確かに受領しました。提出する調査報告書の内容についてはだいたい理解しましたが、どういう視点から描くべきかということについて、もう少し説明をいただければ幸甚です。土岐明@
送信してから、果たして返信があるものかどうか半信半疑だった。返信があるとしてもいつになるのか皆目見当がつかなかった。返信は夕方、帰り仕度をしていた頃にあった。
@あまり、詳細を述べると当方の身元が明らかになる恐れがあるので、簡潔に調査報告書の書くべき視点について説明します。日本は第二次大戦後、東南アジア諸国に対して、莫大な戦後賠償を行いました。アメリカが日本に対して終戦直後行った食糧援助が日本人のパン食を習慣づけ、その後の対米小麦輸入依存を定着させたのと同じように、日本政府も戦後賠償をその後の東南アジア諸国との経済関係を構築する方向で行いました。戦後賠償で東南アジア諸国に蒔かれた種はODAに引き継がれました。純粋に経済的な観点からの援助ではなく、政治がらみの案件が常識になっていました。ODAは現地政治家の私腹を肥やし、同時にODA関連企業を経由して日本の政治家の政治資金にキックバックされ、今日まで黙認されてきました。高度経済成長期は税収も増え、そうした不効率な資金の使われ方も容認されてきましたが、昨今の膨大な国債発行残高を背景として最早見過ごされなくなったというのが背景にあります。しかし、現在でもODAは交換公文等を介して、高度に政治的な判断で行われているのが実情で、その実態を調査することは内政干渉につながることもあり、同時に行政当局からも政治的な圧力がかかるのが一般的です。国内法規と対象国の法規、日本の政治家と相手国の政治家などが絡み合って、単純な調査を行えないのが実情です。以上より、調査報告書に求める視点は、あくまでも経済合理性と税金の節約ということで、政治的な視点は求めません。かりに政治的に問題があったとしても、経済合理性にかなうものであれば問題とはしないというのが当方のスタンスです。できれば、誰がどのような無駄使いを画策しているか、首謀者は誰か、組織ぐるみであるとすれば、どのような組織か、証拠に基づいて調査し、プロジェクトを破綻の方向に誘導していただければ結構です。以上@
メールを読み終えて、送信者の息遣いがなんとなく感じられたような気がした。送信者が誰であるか、土岐には想像できなかった。土岐の知る限りでは、扶桑総合研究所の調査依頼を知っているのは、扶桑総合研究所の人間では、産業経済部長の鈴村、ACI担当の砂田、財務理事の鈴木、それに契約書を管理している部署の人たちとその同僚達、東亜クラブの人間では、事務局長の金井、経理担当の福原、専務理事の萩本、理事長の篠塚など、ごく少数だ。コックの中村は知らないだろう。砂田が、ACIに土岐の名前を伝えている可能性もある。ACIの関係者だとしたら、自社のプロジェクトを破綻させようとしている意図は何か。どう考えても、土岐の知る人間でこのプロジェクトの破綻で利益を得られる者が思い浮かばない。扶桑総合研究所の内部で、鈴村、砂田、鈴木と対立する人間がいるとしても土岐は知る由もない。ACI関係者となると更に分らない。東亜クラブ関係の人間はどう考えてもこのプロジェクトに対しては中立的だと思われた。
土岐は送信者の正体については、残金の九十万円を受け取るまでは詮索しないことにした。カネの出所がどうであれ土岐はとにかく母の白内障の手術代として九十万円がほしかった。
その日の夕方、土岐は金井から、理事長の篠塚名で海外出張の辞令をもらった。同時に、経理の福原から支度金として十万円を受け取った。
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