王女を連れ出して中庭に座らせて、サリーに紅茶を出してもらった。この二日と同じように、彼女が楽しめそうな話題を選んで口に出して行く。
いつかの侍女程ではないがこの王女様の度胸も大したもので、すぐに表面上に平静さを取り戻した。そんな王女を見て、改めて思う。
リンに似ている、と。
レンに会ってからはすぐにこんな尊大な態度は改善されていったけれど、召し上げられた直後は正しくこんな口調だった。開口一番身長をからかわれたことが懐かしかった。
嫉妬に狂った王女様。けれど、レンには彼女の行動が分からなくもなかった。イルのように、常に自然と誰かが周りに集まってくる人間には絶対に理解できないだろう。黄の国にとって、そしてレンにとって至高の英雄は、孤独というものを言葉の意味でしか捉えられないからだ。
暗くて冷たいそれは、脱却のためなら人間に悪魔とすら契約させる力を持っている。
可愛がってくれる兄が居ても面倒を見てくれる侍女が居ても、まして利用しようとしてくる大臣達が居ても、決して満たされない。誰からも本人自身を頼ってはもらえないからだ。
贅沢な箱庭に繋がれた、ただの愛玩動物か装飾品としてしか扱われない虚しさ。
リンは言うに及ばず、それはかつてレンの中にもあった。その根本的な原因が己にあるのだと気がつくまでに、どれくらいの時間が必要だっただろう。時間だけではない。周りにそれを分からせてくれる理解者がいたからこそ、自覚することができたのだ。
懐から掏っておいたナイフを取り出して、差し出した。ようやく冷や汗が引いてきていた王女の目が見開かれ、一気に血の気が失せる。
「なぜ」
「貴女の意中の相手が僕ではないことは、会って数分で分かりました。最近図らずも色恋沙汰が周りにあったものですから、雰囲気でなんとなく違うと思ったんです。その相手がイルと判断したのは、貴女が僕の昔の知り合いに似ているからです」
それと気がついて言動を注視していれば、確信を得ることは難しくない。一人一人の話題を出して、反応を比べていけばおのずと答えは見えてくる。
「そうなると、準備の周到さに比べてあまりに詰めの甘いこの暗殺計画にも納得ができます。正体も知られずに陰から操った貴女と、実際に指示した人間の目的が違うのならちぐはぐにもなる」
恋敵であるセシリアの排除を目的とした王女が唆し、カイルの失脚とあわよくば重臣殺害を目論んだ強硬派の連中が脅迫し、カイルの忠臣である侍女と護衛官が実行に移した。これだけの意志と目的が混在し、そのどれもが達成されずに憐れな強硬派の連中は近い将来、カイルとその後ろ盾となった黄の国によって失脚するだろう。
糾弾というよりは説明と呼ぶべき科白に、それでも王女は一言たりとも反論できずに震えていた。最後の特攻は頂けないが、これだけの策を巡らせた王女様だ。相手をすることになる冷血鬼宰相の事前調査をしてこないわけが無く、今までレンを謀って来た愚か者がどうなっているか、噂程度には聞いているのだろう。
ユリーシャ王女が今回の暗殺計画の、真の首謀者であることはほぼ間違いない。ディーの子飼いの諜報員による、水面下の調査がまだ途中なのでまだ立証はできないが、それも時間の問題だ。
「わたしは、どうなりますか?」
未だに身体は震えていているが、諦念の溜息と共に冷静な質問が吐き出された。
「暗殺事件自体が、黄の国国内ですら公になっていないものです。黄の国としては歓迎するべき穏健派の筆頭であるカイル王子の実妹が、反逆紛いの行為を行ったと公開しても何の利得もありません。貴女の処罰はカイル王子に一任されるはずです」
ディーにも言った通り、青の国に外交官を送ればそれで済む。あの潔癖な王子の事だ。可愛がっている妹だとは言え、無罪放免とは絶対にしないだろう。黄の国が後ろ盾として必要であるのだから、政治的な面でもそれは出来なはずだ。
公にされていない事件だから表立って罪に問われることは無いだろうが、今後はそれなりの監視を付けられた生活になるだろう。ことによると、王宮にはもう居られないかもしれない。そして何かの弾みに均衡が崩れれば、暗殺の危険に晒されることにもなる。
「カイルお兄様は、もちろんセシリアお姉様もわたしを許しはしないでしょう。お二人とも優しい方ですから、お二人がわたしを殺そうとはしないかもしれません。ですが、遅かれ早かれ誰かがわたしを殺そうとするのでしょうね」
王女の指摘通り、今回完全に踊らされた強硬派が真相に気が付かないとも限らない。その他にもカイルの実妹であれば、それだけで命を狙われる理由はいくらでもできる。カイルがそれを自業自得と黙認する可能性は、残念ながら無ではないだろう。
ユリーシャ王女がそれだけの事をしてしまったのは、反論の余地が無い事実だ。
「確かに、貴女にはこれから命を狙われる機会が爆発的に増え、それから守ってくれる人間が居なくなるでしょう。ですが、生き残ることは不可能ではないと思いますよ」
王女くらいの知性があれば、自力で命を守る事は不可能ではない。しかし彼女は弱々しく首を振る。
その姿はこんな策謀を起こした人物とは思えないくらい、弱々しく見えた。
「何のために生きてるのか生きなければいけないのか、レン様は考えた事がありますか?」
視線だけで肯定する。イルがハウスウォードを追い出された後、養父母と馬鹿貴族共に囲まれて毎朝起き上がる前に考えていた。また一日を過ごさなければならない事にうんざりしていた。
「毎日変わらない一日で、わたしが死んでも生きても困る人は誰もいません。今となっては、カイルお兄様やセシリアお姉様ですら少しも気になさらないでしょう。婚姻パーティーでお見かけした時、陛下は周りの人に愛されていて必要とされていて、心底うらやましかったのです。わたしもその気持ちの一端を味わえるかもしれないと思うと、居ても立っても居られませんでした。あまり関わった事が無いとはいえ、実の姉の命すら無くなっていいと思えるくらい、あの場所が欲しくなりました」
大きく頷いてナイフをテーブルの上に置き、握りしめられている手を包み込んだ。
「知り合いに似ていると言いましたが、その子も昔同じ事を考えていました。周りに人は居るはずなのに、彼女はずっと孤独を味わっていたんです。外から見ると信じられないかもしれません。けれど、その子も苦しんでいました」
祈るようなその言葉は、誰に向かって言った言葉だったんだろう?
「少し視野を広げて見方も変えてみてください。きっと貴女を上から物扱いする者や下から王女という立場にだけ跪く者だけではなく、隣に立ってくれる人がいるはずです」
地位が近い者以外己と同じ存在と認められない王女様を、何も知らない平民は傲慢と非難する。
それを間違っているとは思わない。けれど、物心つく前から何を成してもいないのに無責任な周りに敬われ傅かれ、それでも勘違いをしないでいられる人間はそう多くはない。
そして勘違いしてしまったが最後、そこには無限の孤独が待っている。自身の思い込みで箱庭は閉ざされ、助けを呼ぶ事もままならない。歪んだ自己愛ゆえに愛情に飢え続けて、能力がある者は怪物となる。レンとリンのように。
リンの場合はその原因の一端にレンの意図があった事は言うまでもない。けれども彼女は最後には自力で気が付き、言い訳一つせずに虐げてきた者達のために涙を流したのだ。
今ユリーシャ王女が泣いているように。
「わたしにも、友人を作る事ができるのでしょうか?」
透明な涙が、彼女の手を覆っているレンの手に落ちる。それを拭ってやりながら、大きく頷いた。
「気が付いていないだけで、もういると思いますよ。例えば貴女が連れてきた侍女とかね」
俯き加減だった王女の顔が上がる。
「ニア、ですか?」
「これは王宮付きのシェフから聞いた事なのですが、貴女の好きなもの嫌いなものを細かく指示していたようですよ。数が多かったので、メニューを考えるのに苦労していたようです」
その情報源はイルだ。あの国王陛下は、王宮末端の人間の愚痴すら聞いてやる広い心の持ち主だ。王女は信じられないらしく、首が小さく横に振られた。
「あり得ません。だって、わたしは彼女にそんなこと教えていません」
「口に出して言わなくても、料理を食べているところを何度も見ていれば微妙な反応で分かります。もちろん、注意して見ていなければ分かりませんが」
リンも当初は好き嫌いが多かった。レンが少しずつ改善したのだが、あの癇癪はカルシウム不足ではないかと本気で思ったものだ。もっとも、革命直前まで直らなかった破壊癖を見ると、やはり生まれつきのような気がしなくもない。
一つ言われたことで他にも思い当たる侍女の言動を思い出したのか、王女は難しい顔をして考え込み始めた。同時にその時の己の対応を後悔したのか、小さな唇が噛みしめられる。
しばらくそのままだったが、やがて顔を上げた王女の目には覚悟と形容しても差し支え無い光があった。レンの手を強く握り返して、弱々しくも微笑んだ。
「少し諦めるのが早かったみたいです。もう少し頑張ってみます。レン様、本当にありがとうございました」
二日前に会ったばかりの少女でしかないというのに、この少女の笑顔に心底喜んでいる自分が不思議だった。特定の人物意外にすら滅多に見せない素の笑みを浮かべていると、王女が口を開いた。
「レン様、どうしてこんなに親切にしてくださるのですか?」
笑みに苦味が混じる。務めて意識しないようにしていたが、その理由は極めて醜悪だ。それでも、それを知らせるに躊躇はしなかった。
「知り合いに似ていると言いましたが、彼女はもうこの世にはいません。そして僕はその子を救えなかったことを悔やんでいます。貴女を気にかけたのは、ただの懺悔の真似事ですよ」
どれだけ償いたくても、その相手とはもう会えないのだ。してあげたかったことはもうできないし、共に居たかった時間はもう永遠に返ってこない。
「そうですか。では改めて、ありがとうございました」
感謝しなくてもいい。こう言った意味を込めて話したつもりなのだが、王女は再び礼を言う。
『どうでもいいじゃないですかー。誰が何のために、なんて、他人には絶対に全部分かりはしないんですよ? 重要なのは結果と、それによって関わった人がどう感じたか、だと思いませんかねえ?』
青海色の瞳を眺めていると、いつかの酔っぱらった恋人の言葉が思い出された。
「どういたしまして、ユリーシャ様」
こう言った時、ユリーシャ王女の本当の笑顔を始めて見た。
侍女と話したいからすぐに戻ると王女は立ち上がり、部屋まで送って行くと申し出たのだが断られた。宰相執務室と彼女に用意された客間は逆方向なので、残りの滞在時間は自由を保証する代わりにまだ事情を知らないサリーの監視下から外れないようにと約束させた。
「レン様、またお会いできるでしょうか?」
「それは何とも言えません。貴女の行動はもちろん、カイル王子と陛下次第でしょう」
この王女であれば、青の王子の加護が無くとも生きて行ける。まっとうな方法であれば時間はかかるだろうが、いつか自由を手にすることも可能だろう。
「努力します」
ユリーシャ王女はそう言って部屋に戻って行った。
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この手記が誰かの目に届きますように
-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
じょるじん
Jutenija
作詞・作曲: DATEKEN
vocal・chorus: 鏡音リン・レン
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