ナイフを持ったまま力無くへたり込んだ碧砂を皆が呆然と見ていた。インカムから聞こえる二人の声に冷静さが窺えてホッとする反面、何処かで二人の姿が自分と重なった。

『お前のせいだ!お前が…こんな物を作ったから!この悪魔!』
『733,598名…それが貴方が死なせた人の数。』
『何でお前は生きてるんだよ…真っ先に死んで置けばこんな事にならなかったんじゃないのかよ?!』
『どうして助けてくれないの?!どうして何もしてくれなかったの?!』

他の適合者にはおそらく無いだろう記憶、言魂が兵器利用された後の世界の記憶、歪んだ世界の中の一つの未来、地獄の記憶、俺が殺した何万と言う命の重さ、無数に降り積もった罪と憎悪。押し潰されるのにそれ程時間なんて掛からなかった。

「幾徒?!幾徒何してるの?!」
「…鳴音…?」
「幾徒止めて!ナイフ離して!…幾徒っ!」
「…何で止める…?」
「馬鹿!そんなの止めるに決まってるじゃない!」
「だって俺は悪魔になるのに…あいつらだけじゃない…何万人、何十万人の命奪って、この世界を
 地獄にするだけなのに…!!」
「幾…!!駄…目ぇっ!!」

鳴音は驚く程強い力で俺の手から無理矢理ナイフを奪った。握り締める手から真っ赤な血が滴り落ちて点々と床が紅く染まって、辛そうに顔を歪めた。

「鳴音!」
「嫌…私は絶対嫌!…幾徒が死ぬなんて許さないから!」
「…鳴音…。」
「ねぇ、前に言ったよね?私の側に居てくれるって、私の事守ってくれるって!あれ嘘だったの?!
 未来が地獄だからって、悪魔になるからって、自分だけ一人で勝手に死んじゃうの?!」

鳴音の目からぼろぼろと涙が零れた。いつも優しくて、時々泣いたり怒ったり、凄く甘えて来たり、そのどれでもない、初めて見る涙だった。

「だけど…だけど俺が居なければ…!言魂ごとこの世から消してしまえば…!」
「私は未来なんかどうだって良い!悪魔になった幾徒なんか…今の私は知らないもん!今の幾徒は
 悪魔なんかじゃない!私の目の前に居るのは…私がずっと大好きな幾徒だもん!」

血塗れの手で鳴音が胸を叩いた。泣きながら何度も何度も、まるで駄々をこねる子供みたいに。

「…やっぱまだ子供だな。」
「…っく…!子供で…良い…もんっ!私子供だから…一杯駄々こねて…ヤダヤダって泣いて…
 ワガママ言って幾徒の事困らせるんだもん…!」
「鳴音。」
「ヤダ…幾徒居なくなっちゃヤダ…!」
「鳴音…。」
「や―――――だ―――――!!!」
「うん…。」

地獄の様な未来を、苦しむ皆の顔を忘れた訳では決して無い。だけど腕の中で泣きじゃくる鳴音を抱き締めながら思ってた。俺はもう鳴音にこんな辛い涙を流させたくないと。

『流船、及び禊音流美確認。ゼロは両名の救出、頼流は車両の停止と二次的事故防止に徹してくれ。』
『了解。』

何よりも、誰よりも、そして世界よりもただ鳴音の為に未来に抗おうと決めたんだ。

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コトダマシ-88.何よりも、誰よりも-

泣き虫は母親似

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投稿日:2011/02/08 17:52:27

文字数:1,231文字

カテゴリ:小説

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