スマートフォンの普及から数年経った現在、一つのアプリが一部の闇サイトの中で賛否の嵐に包まれていた。

その内容とは、亡き人とメールのやりとりが行えるというもので、利用方法はいたって簡単。

最初の登録画面で亡き人の情報を百ある設問にすべて入力し、身なりや外見をアバターの要領で投影する事で利用者の携帯に常駐してくれるという画期的かつ違法アプリとして闇サイトにのみ存在していた。

ボクは先月、来年結婚を予定していた彼女を事故で失った。

その悲しみに癒える事なく友人から紹介されたそのサイトに心奪われた結果、自宅のリビングの窓辺に寝そべりながら、そのアプリの仕様説明画面をジッと眺めていた。

そのアプリが何故違法なのかというと、登録料金が高額であるだけでなく利用者の個人情報をそのサイトに公表しないといけないシステムなのだ。なので、そのサイトは公式として扱われる事なく闇へと葬られた。

しかし、そのアプリを利用していた友人曰く、非常に出来が良く永遠に満足出来るという利点から今回ボクの気持ちを察してくれたのか、そのサイトを快く紹介してくれたのだった。

ボクはそのアプリをやるやらないという選択自体に躊躇する事は不思議となかった。というより、自分の大切なものを失ったショックで心がどうかしてしまったのも仕方ないのだと、すでにふっ切れてしまっているのだ。

むしろ、亡き彼女に少しでも触れ合えるのならば、それは本望でしかないのだから。

「…しばらく、お待ち下さい」

彼女に関する百の情報をすべて入力し登録を終えた所で、そんなメッセージが画面を黒く覆っていた。どうせ凌ぎにもならないチープな端末なんだろうと、実は割り切っていたのも正直の所本音であった。

「お待たせいたしました。すべての情報が受理され処理が完了しましたので、今から亡き人との永遠の時間をご堪能下さい」

そう画面に映った後、一人の女性の上半身が画面全体に映し出された。

「麻奈…?」

ボクは目を一度疑ってから、唾をゴクリと飲み込んだ。

「…」

そこに映っていたのは、紛れもない亡き彼女。しかも、事故のあった当日の服装で髪にはお気に入りのヘアピンまで施してあった。

「外見の設定にそんな設定なんか入力する所がなかったのに、当時の姿をこうもリアルに実現されるだなんて、これはきっと何かの間違いだろう…」

そう思うしか自身を理解させる術がなかった。

「まさか、聡くん…」

突然、麻奈のような姿の携帯アプリがボクの名前を声ではないものの、言葉で呼びかけてきたのだ。

「…」

ボクは唖然としたまま、正気でいる事が不安定な状態でいた。この状況が現実である事の受け止めも、ここまで来ると、もうどうだっていいのかもしれない。

「麻奈…キミは、麻奈なんだね?」

ボクは涙を強くこぼしてから、自分の携帯を不意に抱きしめていた。もう、どうでもいい。そんな言葉に押し潰されていた。

「聡…私ね、事故で死んだって理解してるよ。しかも聡の事、ずっとそばで見てたんだ。気付いてないと思うけどね」

ボクは蘇りの魔法を一度たりとも信じた事はなかったし、迷信でしかないと馬鹿げていた人間の一人だった。しかし、今は違う。違うというよりは、きっと今が妄想か幻だと理解しているのだ。

「麻奈、でもこれでずっと一緒だね…ボクのそばで一緒に暮らしていこう?」

そのアプリの名は、PRAY FOR YOU。

このアプリの根底にある意味を察する所、おそらく【キミのために祈る】という意味なのだろう。

ボクはそのアプリを通じて四六時中、彼女を片身離さず一緒に過ごす事とした。

「ただいま」

ボクはいつも通り帰宅すると誰もいない部屋なのに、つい挨拶してしまう。

これは亡き彼女と一緒に住んでいた名残ではあるものの今となってはおかえり、という言葉で返事を返してくれるのだから、それが何よりも幸せだった。

「麻奈、今日は仕事でさ。こんな事があったんだよ」

それはまるで恋人や夫婦のように交わす日常会話が堪らなく自然で、メールというツールでのやりとりではあるものの、当時の彼女さながらの想いのまま、今も尚愛おしい関係でボクたちは繋がれていた。

「今日はもう疲れたでしょ?お風呂でも入って、ゆっくりしたら?」

麻奈は優しい。だからボクは、いつまでも彼女の隣で幸せに笑っていたいと思うんだ。

それから、数ヶ月の月日が流れ、ボクと彼女の関係が今と同じように愛を育んでいた頃、久しぶりに彼女を紹介してくれた友人と会う機会があった。

「どう?あのアプリ、凄いだろ?」

「凄いってもんじゃないさ、あそこまで来たらもう奇跡だよ」

二度と会える事のない彼女を紹介してくれた友人は、今や命の恩人でもあった。

「てか、聡さ。ちゃんとアプリの仕様説明、読んだか?」

「え…ああ、読んだよ」

正直利用規約なんてどんなものもそうだけど、今まで一度と読んだ事はなかった。このアプリを始めるにあたっても同様、長い活字だけの長文を真剣に読んでる人なんて本当にいるのだろうかと、単純にそう思った。

「いやさ、だったら良いんだけど。お前さ、前より目悪くしてないか?」

「そんな事ないよ」

「じゃあ思い過ごしかもな。彼女さんと会う時、気をつけろよ」

そう言い残して、友人は背中越しで手を振りながら去っていった。

彼女さんと会う時、気をつけろよ。その言葉だけが引っかかったまま、家路までの夕闇の中を歩いていった。

「ただいま」

「おかえり」

いつものやりとりで、彼女はそうメールで返事をした。

「麻奈。ボクは今もこれからも、麻奈を好きでいるからな。だからキミもどうか、そう思っていてほしいんだ」

「聡ったら。うん、私も同じだよ。これからもずっと一緒にいようね」

「ああ、ずっとな」

ボクはそう言って、自宅の部屋から姿を消した。消したというより、消え去ってしまったと気付かずに。

「麻奈…何処にいったんだ、麻奈!」

ボクはいつもの部屋であろう場所に立ち尽くしたまま、彼女を懸命に探していた。

「あ、聡…」

「!」

彼女はボクの目の前に現れて、まるで生きているかのような面持ちで側に寄って来ると、こう続けた。

「会えたね…聡。本当の意味で、やっと会えたんだ」

「…本当の意味?」

ボクは邂逅の狭間で揺らぐ事にも気付かないまま、彼女の手を取って優しく身を寄せて涙をこぼしていた。

「ボクはもうよく分からないけれど、おそらく麻奈の方からボクの元へと飛び出してくれたんだよね?麻奈の想いが、きっと神様に届いたんだ」

彼女は抱きしめた身体を涙で伝いながら、震える口をそっとボクの口元まで近付けると声を霞ませていた。

「もう、どんな世界でもいいの。聡と一緒だったら、もうどんな世界でも…」

やがて、ボクは世界と共に静止した。

そして、彼女もまた。

それを望むかのように。

ボクのいない自宅の部屋には、彼女に出会えた奇跡の携帯が無造作に開かれた状態で置かれている。

それは、充電を失った電源の落ちた状態で、静かに息を引き取ったようにも思えた。

利用規約、第八百九十一条。

アプリ被ユーザーから共にアプリサイドへと誘われた場合は、いかなる場合であってもその誘いに乗ってはならない。もし万が一乗ってしまった場合は、そのアプリ内に一生閉じ込められてしまいますので、くれぐれも注意して下さい。

有限会社 PLAY FOR YOU

※『キミへの遊戯』という意

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

PRAY FOR YOU

閲覧数:227

投稿日:2016/05/26 23:05:34

文字数:3,116文字

カテゴリ:小説

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