この作品は、ある昔話をレンリンでリトールドしたものです。
もともとの話は一種のシンデレラものですが、王子様視点から書いてあるので、もとの話とはかなり違う印象になっていると思います。
……というか、いじりすぎて原型留めていないというか。
それでもよければ、どうぞお読みください。
【金色の魚】
むかし、むかしのお話です。
ある王国に、二人の王子がおりました。上の王子は名をカイトといい、真面目で穏やかな性格でした。下の王子は名をレンと言い、まだ十にも満たない子供でしたが、困ったことに大変なイタズラ好きで、毎日のように、何かイタズラをしていました。
困ったのは城の人たちです。何しろ、しょっちゅう城の中で小さなトラブルが起きるのです。砂糖と塩が入れ替わっていたり、干したばかりの洗濯物が泥まみれになっていたりするのです。ささいなことかもしれませんが、何度も続くと迷惑ですし、仕事も増えてしまいます。
「陛下、おそれながら申し上げます。レン王子様のイタズラは、最近目に余ります。何とかしていただけないでしょうか」
とうとう、お城の人たちは、勇気を奮って、王様のところに直訴しにやってきました。王様としても、息子のイタズラには手を焼いていました。何しろこの前、お妃の可愛がっている猫に、キャットニップの葉を食べさせて、ふらふらにしてしまったのですから。お妃もお妃付きの侍女たちも動転して大声で騒ぎ続け、その声を聞かされた王様は、いっそ気絶してしまいたいと思ったほどでした。
「確かに、あれにはわしも手を焼いておるが……」
王様は、隣のお妃を見ました。
「妃よ、お前が産んだ息子であろう。何か手をつくせ」
「……私は、思いつくことはみんな試してみました。でも、どうにもならないのです。どうして、あの子はああなのかしら。兄のカイトは、あんなに大人しくていい子なのに」
お妃はそう言って、深いため息をつきました。王様にも、もちろん、いい案などありません。以前から何度も「イタズラはするな」と、言ってあるのです。その時だけは大人しくうなずくのですが、次の日には、もう、イタズラをしているのでした。
「家庭教師どもも、ちっとも役に立たんし……」
レン王子には、もともと専任の家庭教師が複数ついていました。なんといっても、一国の王子なのですから。でも、どの家庭教師も王子のイタズラに音をあげて、出て行ってしまっていました。
「……こうなったら、専門家とやらを呼ぶしかないだろうなあ」
やがて、王様はため息混じりに、そう呟いたのでした。
さて、数日後のことです。レン王子は庭に出て、トカゲを捕まえていました。そこへ、兄のカイト王子がやってきました。弟を見て、カイト王子は眉をひそめています。
「……レン、いいかげん、そんなことはやめなさい」
「やめない。だって面白いもん」
レン王子はそう言って、トカゲを袋に詰め込み続けました。カイト王子は袋を取り上げようかと思いましたが、そんなことをしたところで、また新しい袋を持ってきて、トカゲを捕まえるだけでしょう。
「一応忠告しておいてやるけど、そんなことばかりするから、父上は新しい人を呼んだぞ」
「呼んだって、だれを?」
「悪い子をしつけ治す専門家だそうだ。なんでも、魔女だとかいう噂だぞ。大人しくしていなければ、お前は魔法をかけられて、トカゲに変えられてしまうかもな」
カイトは、わざとおそろしげな声を出しました。そうすれば、レンが怖がって、少しは悪さが治まるかもしれないと思ったのです。でも、効果はありませんでした。
「魔女なんているわけないじゃないか。そんなものこわくないよ」
弟のこの言葉に、カイトは打つ手無しといった表情で、その場から去って行きました。レンはトカゲを捕まえ続け、袋がいっぱいになると、自分の部屋に戻りました。このトカゲをどこに仕込もうかと考えながら。
レンが自分の部屋に戻ってしばらくすると、今度は父親である王様がやってきました。王様は、レンに言いました。
「レン、お前に新しい家庭教師がつくことになった。今度こそ、ちゃんと言うことをきいて、しっかり勉強をするんだぞ」
「やだよ。なんで勉強なんか」
反抗的な口を利く下の息子を見て、王様は顔をしかめました。でも、そんな父親を見ても、レンは涼しい顔をしています。
「いいか、今日の午後、やってくるからな。きちんと挨拶をするのだぞ」
王様はそれだけ言って、レンの部屋を出て行きました。レンはというと、新しい家庭教師をどうやって「歓迎」しようかと、それを一生懸命考えていました。
その日の昼過ぎ、一人の女性が城門にやってきました。フードのついたマントで、全身をすっぽり覆っており、手には杖を持っています。彼女こそ、王子のイタズラに手を焼いた国王が呼んだ「専門家」でした。
「よくぞいらしてくれた。あなたがどんな悪い子でもいい子に変えてみせるという、『賢女』だそうだが、うちの息子を頼めるだろうか?」
彼女の噂は、複数の国に広まっていました。魔法の技に通じた大変賢い女性で、その力で、今まで様々な家庭の助けになってきたとのことでした。
「そう呼ぶ人もいます。ですが、私の名はルカです。初めまして、王様、お妃様」
ルカと名乗った女性はそう言うと、しとやかに礼をして見せました。
「とにかく、下の息子のレンには手を焼いておる。どうしようもないイタズラ好きで……ルカ殿のことは家庭教師だと言ってあるので、よろしく頼む」
「わかりました。ですが一つ、確認させてください。私のやり方は、場合によってはかなりの荒療治になります。そして、時間もかかります。それでも構いませんか?」
王様は「それでも構わん。とにかく、あいつをなんとかしてくれ」と言いました。ルカはうなずくと「では」と踵を返し、玉座の間を出て行きました。
その頃、レン王子は、扉の前の床にせっせと蝋を塗っていました。蝋を塗られた床はよく滑ります。新しい家庭教師とやらは、これに足を取られてひどく転ぶことでしょう。転倒したらぶつかるように、水の入った桶も、さりげなく近くに置いてありました。
蝋を塗り終わると、レンは何食わぬ表情で、椅子に座りました。そこへ、ルカがやってきました。期待を込めて見守るレンの前で、ルカは蝋を塗った床に盛大に足を取られ、滑った弾みに、正面から桶に突っ込んでしまいました。桶が盛大にひっくり返り、中の水をルカはまともにかぶってしまいます。ぐしょ濡れになって床の上に倒れているルカを見て、レンは大声で笑いました。
ルカは全身から水滴を滴らせながら、立ち上がりました。そして、静かな声で尋ねました。
「何がそんなにおかしいの」
「だってすごく簡単に引っかかったんだもん。本当に悪い子をしつけ治すって専門家なの?」
レンはルカのことをバカにしていたので、ルカがとても厳しい表情をしていることに気づきませんでした。気づいていたら、もしかして謝ったかもしれません。
「あきれはてた王子様ね。私を呼んだのもうなずけるわ。本当なら、こんなことになる前に、手を打っておくべきなのだけど」
「え、なに?」
「……私の仕事は、あなたの性根を叩きなおすことよ、王子様。だからあなたにはこれから、厳しいお仕置きを受けてもらいましょう」
反射的に危険を感じたレンは、その場から逃げようとしました。ですがその前に、ルカが手にした杖を振りました。するとどうでしょう。レンの姿は煙のように消えうせ、そこには一匹の、金色のウロコの魚が転がっていました。
魚は床の上でバタバタともがいています。ルカは魚に近づいて見下ろしました。
「ご気分はいかが? イタズラ好きの王子様」
ルカの魔法で魚に変えられてしまったレンには、もがくことしかできません。その状態でレンがルカをにらんでいますと、ルカはふうっとため息をつきました。
「どうやら、まだこりてはいらっしゃらないようね」
レンはまだもがいています。ルカは手を伸ばすと、レンをひょいっとすくいあげました。そのままレンをマントの下に隠すと、廊下を歩き出します。普段はそれなりに人が行き来している廊下なのに、今は、人っ子一人うろついておらず、静けさに満ちていました。
その様子に、レンは恐ろしくなりました。ルカは、本物の魔女だったのです。悪い魔女ではないのですが、今のレンにはそこまでわかりません。この魔女に、自分は食べられてしまうのでしょうか。
城は不思議な静けさに満ち、何もかもが静止していました。ルカはそのまま歩き続けて城門をくぐり、城の外に出ました。そのまま街を通り抜け、野に出ます。やがて、川に差し掛かりました。
そこでルカは、レンをマントの下から取り出すと、川に投げ込みました。水の中で、レンは自由に動けるようになりましたが、魚でいることには変わりありません。
レンは水面に浮かび上がりました。魔法のおかげか、生まれた時から魚でいたかのように、自由に動くことができたのです。川岸ではルカが、笑みを浮かべてレンを見ていました。
「そこでしばらく反省するのね、王子様」
冷たくそう言うと、ルカはくるりと背を向けると、去って行きました。レンはその後ろ姿に向かって、ののしりの言葉を浴びせましたが、魚になってしまったレンの声は、誰の耳にも届きませんでした。
こうして、イタズラばかりしていたレン王子は、魚として川で暮らすことになってしまったのです。
魚の暮らしは、退屈でした。川の中には、話し相手もいなければ、遊び相手もいません。他の魚がいるにはいましたが、話しかけてみても、答えは返ってきませんでした。どうやら、魚として生きるのに支障はなくても、魚とは根本的に話が通じないようでした。
レンは川の中で、ただ無為に時間を過ごしていました。何しろ魚の姿ですから、イタズラすることもできません。あまりに何もない日々に、城での生活が恋しくなりましたが、どうすることもできないのです。
そんなある日のことです。いつものように、水中をぼんやりと漂っていたレンは、不意に身動きが取れなくなったことに気がつきました。自分の身体に、何かが絡みついています。あっと思う間もなく、身体が上に引き上げられ、空中に出ました。
レンの身体に絡みついていたのは、漁師の網でした。レンは、魚を獲る網に引っかかってしまったのです。周りには、同じように網にかかった魚たちが、バタバタともがいていました。
「おや、ずいぶんと様子の変わったのがいるな」
漁師はそう言って、レンをしげしげと眺めました。
「こんな金色をした魚、食えるのかな。まあいい、珍しいからきっと高く売れるだろう」
レンは他の魚たちと一緒に、漁師の荷車に積み込まれてしまいました。周りでは、どんどん魚たちが動かなくなっていきます。レンはぞっとしましたが、これまたどうすることもできません。
やがてレンと魚たちは魚屋に売られ、店先に「とれたて新鮮」という札と共に、並べられてしまいました。自分は一体どうなってしまうのでしょうか。レンは、気が気ではありませんでした。
周りの魚たちはどんどん売れていきます。レンに目を止める人も多いのですが、たいていは「きれいだけど、食べても美味しくなさそう」と言って、どこかに行ってしまうのでした。魚屋が「珍しさだけで仕入れるもんじゃないな」と、渋い表情でレンを見ています。
このまま売れ残ったらどうなるんだろう、とレンは思いました。川に返してもらえる? そんなことは、ないでしょう。きっと、どこかに捨てられて、ノラ猫の餌にでもなってしまうに違いありません。売れても売れなくても、自分を待っている運命は、同じなのです。
レンが観念しかけた時のことです。レンの前に、立ち止まった影がありました。見ると、人間だった時のレンと同じぐらいの年頃の女の子が、レンをじっと見つめていました。
「あら、リン、どうしたの?」
女の子の母親とおぼしき女性が、やってきました。リンと呼ばれた女の子は、台の上のレンを指差しました。
「ねえ、あのお魚、買って」
「え、これを?」
母親は驚いた表情で、レンを見ました。
「美味しそうには見えないわ。リン、お魚が食べたいのなら、もっと美味しそうなのにしましょう」
「ううん、これがいいの」
「仕方ないわね……じゃあ、今夜はムニエルにしましょうか」
「食べちゃだめ! こんなにきれいなんだもの」
「リン、そのお魚はもう死んでいるのよ」
「まだ死んでないわ。だって、動いているのよ」
実際、レンはまだ生きていましたし、このやりとりも理解していました。なんとか助けてもらえないかと思ったレンは、必死でもがきました。
「ほら! お庭の池に放してあげれば、きっとすぐ元気になるわ」
「大分弱ってるみたいだし、そんなことをしても死んでしまうだけだと思うけど……まあいいわ。いくらです?」
リンの母親はレンを買うと、娘に手渡しました。リンは自宅までレンを抱えて歩き、家に着くとすぐに、庭にある池に放しました。水の中に戻ったレンは、ほっと一息つきました。普通の魚のように、空中に出ると苦しくなるということはなくても、魚の姿の今、水の外では落ち着かないのです。
こうしてレンは、自分を買ってくれた、リンの家の庭にある池で暮らすことになったのです。
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