「信じてもらえないかもしれないけど。ぼく、貴方の息子です。」
青いタイツの男は真剣な眼差しで一語一語ゆっくりと言った。
「ガガガガガ。」
彼の前に対する角の生えた人型は男を見上げながら奇妙な声でそれに応じる。
「ガガガ、ガガガガガガガガガ。」
大男はその言葉の意味が分かったようで、少し戸惑いをみせつつその機械言語に震えた声で聞き返した。
「信じてくれるの?疑わないの?」
「ガガ、ガガガガガガガ、ガガガガガ。」
さらにその後に続いた台詞を聞いて、
男は目から涙を溢れさせながら小さな機械人形に抱き付く。
「おとうさん!」
彼らの傍にいた私は、その様子を出来るだけ温かい目で静かに見守るしかなかった。
「…茶番は終わりましたかねぇ?」
空気を入れ換えるように玄関の扉の向こうから声がする。
「A子ちゃん。」
ドアを開けて家に入って来たのは買い物袋を提げたメイド服の女の子だった。
「A子さん、すいません。お見苦しい所をお見せしまして…。」
立ち上がった青タイツの男はハンカチを取り出して鼻をかむ。
「知り合いなの?」
私は驚いて彼女に尋ねた。
「いいえ。ついさっき駅前で出会って、カノンさんの家に行きたいって言うから案内して来たんですよ。」
A子は知らないという風に軽く肩を竦めると、横目で男の方へ話題を振る。
「それで、カノンさんに伝えないといけない事があったんじゃなかったんですか?」
涙を拭き終わった彼は清閑な顔つきで私の方へ向き直って言った。
「そうでした、少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
ダメです。と言いたい所だったが、先程のやり取りがどうにも心の内に引っ掛かる。
「ロボタ…、この人の事信用してもいいの?」
カノンはどうしたら良いか決めきれずに足元のロボットへ意見を仰いだ。
「ガガガガ。」
聞いた所でその声が何を言っているか私には分からない。
結局男の情にほだされた体で彼女はしぶしぶ彼を居間に通す事にした。
「口で説明するよりも、実際に見て貰った方が分かりやすいでしょう。」
そう言って青いタイツの男はリモコンを手に取るとテレビを付ける。
その画面には何かしらのアニメーション映像が流れていた。
「これはこの世界でこれから起こるとされる出来事です。私はそれを食い止める為に活動しています。」
それは巨大ロボットに子供が乗って戦うSFアニメのようで、登場人物が戦いながら何か台詞を大声で叫んでいる。
「これから起こるって、未来の…?」
悪い冗談のような話に、思わずカノンは彼に聞き返した。
「はい。現在私の同志によって、全世界に向けてこの映像が発信されています。」
男は私とA子の顔色を伺うと、さらに話を続けた。
「迷惑鳥が幾度も時を繰り返し、伝説の巨神の力で世界を滅ぼそうとしています、止めなければ。」
「は…はぁ。」
聞き慣れない単語が幾つか並び、カノンはなんだか脱力して詳しく尋ねる気力も失っていたが、彼は構わず語り続ける。
「そして恐らく、その暴走を止められる可能性があるのがカノンさん、貴女なのだ。」
真っ直ぐな瞳の男の視線を遮るようにカノンは慌てて両手を顔の前に出してたじろいだ。
「え…ちょっと待って下さい!私に一体何が出来るって言うんです!?」
早口でそう弁明すると、男は少し苦笑いしながら優しい口調で諭すように喋る。
「別に何をしろという訳ではありません。貴女が今現在大学でなさろうとしている研究…あれをそのまま続けて、無事に完成させて貰いたいのです。もしかしたら、それによって生み出された技術は世界を変えるかもしれない…。」
青いタイツの男がテレビの電源を落とすと、部屋はシンと静まり返った。
「私の…研究?」
唖然として立ち尽くすサイドテールの乙女に代わって、映像を見ながら何かを考えていたA子が神妙な面持ちで口を開く。
「なるほど。持たざる者は、持つ者が憎くてたまらない。だから破滅願望で世の中をひっくり返してしまおう…という魂胆ですか。」
私は小さな淑女の物言いに目を点にして冷や汗をかいていた。
「A子ちゃん…?」
その様子に驚いたのは男も同じようで、感心したように深く頷いた後、カノンの方を見てこう言い放つ。
「そうです。だから貴女のような人間は存在そのものが許されない。」
その言葉に彼女は一瞬自分の耳を疑った。
「はいぃ?」
なぜいきなり自身の存在を否定されなければならないのか?これには流石にカノンも不愉快な気持ちになる。
「ガガガガ!」
それまで黙って話を聞いていたロボタも憤慨したように声を上げた。
「すみません、今のは少し失言でした。」
申し訳なさそうにしながら、彼は素直に頭を垂れる。
「それで…大変言いにくいのですが、もう1つだけ私から個人的なお願いがあるのです。」
男は前傾姿勢のまま顔をこちらに向けて会話を続けた。
「なんですか?」
私は膨れっ面になりながら面倒臭そうに口を動かす。
「はい…。出来ればここ最近の私の活動を秘匿する為に、
魔法少女に変身して戦っているのは鼓カノンだ…という事にして頂きたいのです。」
彼女にはもうこの男が何を言っているのか分からなかった。
「嫌です!絶対に嫌!!」
ぶっきらぼうにそう叫ぶと、彼はしばらく無言で残念そうにショボくれていた。
「はぁ。なんだかドッと疲れた…。」
青タイツの男が帰った後で、カノンはぐったりとソファーにもたれ掛かる。
「へ~、そんな面白い事があったニョ?」
ついさっき帰宅した末の妹が奇妙な語尾と共に私に話かけてきた。
「面白くないよぉ、ちょっと同情しちゃったのがバカみたいじゃん。」
私は体をよじりながら肺の空気を絞り出すように呟く。
「話半分に聞いておいた方がいいですよ。自分の事を兄貴だと言ったり、後から作られたから後継機だと言ったりして適当吹かす手合いには私も心当たりがあります。」
台所で料理をしているA子が振り向きもせず会話に加わった。
「だってさ、ロボタ。自分だってノリノリで話してたクセにねぇ?」
カノンは恨めしそうにそう言って隣に座っている小さなロボットの頭を撫でる。
「ガガガ!?」
不意に話かけられて、彼は驚いたように彼女を見返した。
「それで結局『フリモたん』っていうニョ?その人。」
妹が身を乗り出して聞いてくる。
「うん、そうだと思うよ。確かタイツにもそう書いてあった気がするし…。」
言われてみれば名前を聞いていなかったな…と今更ながらにカノンは思い出していた。
「さぁ、出来ましたよ。」
スタスタとやって来たA子が何か丸い物が乗ったお皿をテーブルに置く。
「なにこの青いたこ焼き!」
その奇抜な見た目に私はギョっとして彼女に尋ねた。
「コンビニで売ってたのを買って来たんですよ。カノンさん好きでしょ?タコヤキ。」
確かにそれはカノンの好物だったが、その色彩はあまり食欲をそそるとは言い難い。
「一発でたこ焼きだと分かる辺り流石カノン姉ニョ。」
言われてみればそれは一見たこ焼きには見えない、青とこげ茶色のコントラストがまるで地球のようにも見える謎の物体だった。
「そ…それくらい匂いで分かるでしょぉ。」
言い訳をする私を他所に、妹やA子はさっさとその青みがかった物体をパク付きだす。
カノンも急いで添えてあった爪楊枝でたこ焼きを突き刺すと、口元に持ってきてフゥフゥと熱を冷ました。
「ハフハフ…。」
ドキドキしながら食べたその味は、あまり噛まずに飲み込んだせいもあって今一よく分からなかった。
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