「…なんかなー」
「ん?何、どうかした?」
隣に座る女の子…リンの金髪が肩に当たるのを感じながら、首を傾げた。
リンはご機嫌斜め、というか、どこか納得出来ないような顔をして俺の事を見上げて来る。
「いや、なんかレン見てると、『男女の間に友情は育たない』とかなんとか言うような迷信を信じそうになると思って」
「…さよーですか」
「あっ凄くどうでもいいって対応された」
「だって実際どうでもいいし」
「残念ながら私にはどうでもよくないの」
俺の右肩にもたれ掛かって来るリン。重力に引っ張られた髪の毛が上手いことその右耳を避けて流れ落ちていた。
…面倒な話をされる前に、回避ルート取ろう。
そう思いながら目の前に曝された耳に噛み付くと、金色のポンポンみたいなやつがびくっと跳びはねた。可愛い。
「お、感度イイね」
「…このっ、いきなりとかっ、うう…!」
「俺は今自分で自分を褒めたい。よくぞここまでリンを手なづけたな、俺!マジ凄ぇ」
「手なづけられてないっ!」
「まあ正確には、手なづけたのはリンのか」
「それ以上言葉を続けたら貴様の命はない」
急に真顔になられると、流石に怖い。俺は大人しく口を噤んだ。
…そういえば今日は一緒に街をぶらつくから、機嫌を損ねないでいようとか思っていた気もする。なんか、ええと、確かそういう殊勝なことも考えていた筈。確かね。
大体、リンがここ―――俺の家にいるのだって、集合場所に指定していたからだし。
ちらりと壁掛け時計を確かめると、時間は昼前。これから街に出てお昼を食べて、っていうよくありそうなコースに繰り出すには丁度良い時刻かもしれない。…仕方ない、計画優先かな。
心残りはあるけれど、リンに回していた腕を解いて身支度を確認した。
戸外の気温は丁度良かった。熱すぎず寒すぎず、太陽の光が上手いこと温もりをくれるような陽気。
そのせいか、結構道に人の姿は多かった。買い物袋を下げたおばさん方とか俺達と同い年くらいの集団、制服を着た男子とか、まあ色々いる。大きな駅に近いからこの辺の人通りは普通の時でもそれなりにあるけれど、今はそれに輪をかけて人が多い気がする。
こっちに来ても特に何もないのに…この人達、皆家がこの辺りなのかな。
「…レン。レンって極悪人だね、本当に」
ぼんやりと考え事をしていた俺は、不意に漏らされた言葉に驚いてリンを見た。
唐突過ぎる言葉。なんでリンがそんな事を口にしたのか分からない。
視界の中のリンは、別に恨みも怒りも覗かせずに、通りを歩く他の人達のように無色の表情を見せている。
「極悪人?」
「そう、罪人。…全く、レンにされたこと、私はまだ覚えてるし許してないよ」
…ああ、リン、その事を言ってたのか。
友達から一歩踏み出した、あの日の事だ。いやまあ確かに、いろいろと堪らなくなって強引な事もして、リンにとってはかなり衝撃的だったみたいだけどさ。
ん?待った、それで家での友情がどうの、って話に繋がんの?男女間には下心があるって?
…あって悪いか、自然だろ。流石に口には出さないけど。
代わりに俺は、別の言葉を口にした。
「俺が極悪人なら、リンだってそうだよ。そーゆー罪っていうのは、男女揃わないと成立しないじゃん」
「いや、明らかにあれはレンが酷いでしょ…あ、私の存在自体が罪だとか、中二病っぽい発言はやめてね」
「流石にそこまでは行かないけど」
喋りながらも道を曲がり、緑の多い遊歩道に入る。繁華街に出る近道だ。
今日の天気は、晴れ。目を刺す日差しが少しだけ痛い。
俺は太陽から目を逸らして、リンを見た。眩しくて目に悪いって点では似たようなものだけど、物理的に痛くない分まだ良い。
「ただ、自分だけ罪状なんてないって顔をするのは止めて欲しいかな。俺に言わせれば、リンは罪の塊みたいなもんだよ」
「…そうなの?なんで?」
「なんでも。それにさ、関係が…形が変わったって、持ってる感情は一緒なんだから良くない?」
「形を変えたことで取り返しがつかなくなることだってあるじゃない」
少しだけリンの唇が尖っている。
御不満そうですね、でも俺だってなんだかんだで精一杯だったんだよ。
なのでやっぱり言われるだけでは気が収まらない。一応、俺なりに反論してみる。
「ホントさぁ、辛くなるもんなんだよ、友達のフリをするのも」
「それ、前にも聞いたことあるけど?」
「それだけ辛いんだってば」
近くにいるのに手を伸ばせない。
それは耐えられないほど空腹で、目の前に御馳走があるのに「食べてはいけない」と戒められているようなもので。
見ていればそれだけ苦しくなる。手を伸ばして齧り付きたくなる。
飢えに耐えられなくなるか、美味しそうなそれの前から逃げ出すか。
俺に選べる道は、そのどちらか一つだった。
「リンの事が好きだって自覚してからは、本気で息も上手く出来なくてさ。もしリンが堕ちて来てくれなければ、俺は死んでたかもしれない」
リンは黙って足を進める。
その目は何となくこちらを向いているけれど、果たして俺が見えているんだろうか。
何の反応もない事に安堵すると共に焦り、頭に浮かんだ言葉をおざなりに吟味して口に出す。特に理由はないけれど、何故か沈黙を避けた
い気分だったから。
「…でも、リンを捕まえた今でも、飢えて渇いて仕方がないんだ。満たされているはずなのに、なんでだろうね」
いつになったら俺は満たされる事が出来るんだろうか。
「…ぷっ」
突然、弾けるような笑いが俺の耳に飛び込んだ。
―――リンの笑い声だ。
「あはははははははは!それに気付いてなかったの?…ダメじゃん!」
心から面白そうに笑うリン。俺は、そんなリンを呆気に取られながら眺めていた。
どんな思考の飛躍があったのかさっぱり理解出来ずに固まる俺を意に介さず、リンはひたすら笑い転げ る。どのくらい笑ったかというと、体を起こした時に目尻に涙が溜まっていたくらいの爆笑っぷりだった。
え、何々、いきなり何事?
呆然としてリンを見ると、彼女は目の脇を拭って可笑しそうに俺を見た。
「人の欲望には限りがない。手に入れたものを全て食い尽くしたって、すぐに次が欲しくなる。最初に林檎を口にしたあの有名な二人だって、一つ目を食べ切ったらすぐに二つ目が欲しくなったに決まってる。だから神様も困ったんでしょ」
俺はまじまじとリンを見た。
近くから凝視されてるっていうのに、リンは全く動じる様子を見せない。こういうところ、ちょっと女の子らしくないと思う…良い意味で。
とりあえず、話に乗ってみようか。元々こういう話って嫌いじゃないし。
「…まさかの食欲解釈。何その神をも恐れぬ感じの意見。というか智恵の実って一つしか無いんじゃないの?」
「裏庭で増産してたかもよ?」
「家庭菜園!?規模すごいよソレ」
「家庭菜園って……で、私のイメージとしては、生まれるときに一人に一つ林檎の実が投げ渡されるの。そして、その味を一生忘れられない。それが欲しくて欲しくて堪らなくて、そうして人は生きるのよ」
…ふと、俺の頭の中を色褪せた楽園の情景が横切った。
楽園を追われた人間は、それぞれに寿命と言う名の死を待つ。それってもしかして、執行猶予付きの死刑ってこと?
生まれたときから死刑囚。
うーん、割と救いが無いような響きだなあ。
「なんか、リンこそ『人間の存在自体が罪』とか言いたそうだね」
「言わないよ。連想遊びみたいなものだもん、言うなれば本気じゃない。知識だって随分曖昧だし」
確かに、実際の聖職者とか信者とか、正確な知識を持っている人からすれば適当も良いところだろう。
でもそんなの、俺達の戯言には関係ない。
「大体…罪だっていいじゃん、仕方ないよ。だって私達、カミサマじゃなくて人間なんだから。―――なんなら断罪でもしてあげようか」
ツミがあるからセイを知り、
欲があるから進歩する。
リンは、俺の前で薄く薄く微笑んだ。
―――しっかしまあ、なんでこうヤバめなものって綺麗なのかな。誘惑者としてほんとーに完璧だよお前。
ついつい眉を寄せたら、リンは俺の心を読んだかのように、一転して青空みたいな突き抜けるような明るい笑顔を見せる。
そして片手でピストルの形を作り、心臓の辺りにその銃口を突き付けた。
「判決を申し渡す。鏡音レン、そなたは死刑じゃ」
妙に年寄り臭く作った台詞が、血色の良い唇から飛び出す。
思わず吹き出しそうになった。死刑って。それはまた重い刑だ。しかも求刑理由とか全部すっ飛ばされてるし。
でもまあ、神様の代わりに刑を執行してくれるっていうんなら、なかなかに有り難いことかもしれない。
俺とリンの目がかち合う。
―――笑みの形に細まった青い瞳は、神聖なくらいに透き通っていて。
「死んじゃえ」
ぱあん。声と共に、冗談たっぷりに弾き出された見えない弾丸が冠動脈の辺りをぶち抜いた。
銃口に擬された指先がぴこりと跳ねる。健康的な色をした爪が日光を跳ね返して艶やかに輝く。俺はそれを見ながら、「そういやハートも林檎と同じ赤い実かもね」なんてふざけたことを考えていた。
もしそうなら、俺の実はとっくにリンの手に落ちている。このイヴは、もうその実に歯を立ててみたかな。
もしそうでなければお早めに食べ切って頂きたい。ま、一口でお腹一杯になっちゃうかもしれないけど、返品や食べ残しはナシの方向で。
知恵の実だしね、食べてみれば多分アレもコレも分かるようになるよ。…いや、食べる前から知ってたとか、夢のないこと言わないでさぁ。ホラ、リンが言った通り、一つ食べ切れば次が欲しくなるから。延々と、俺に捕われるから。
世界はこんなに清らかなのに、何で俺達だけは酷く罪深い視線を交わし合っているのやら。
風が運ぶのは緑の香り。
空に浮かぶのは白く柔らかな高層雲。
その全てが、背徳感の源となる。
ちょっとだけ指を伸ばし、リンの手に触れる。
傍目には普通の恋人に見えるような…いや、もしかしたら友人や兄弟の遊びにさえ見えるかもしれない、色のない触れ方で。
だけど、繋がった剥き身の肌の熱が全てを語っていた。
無垢な感情なんかお互いこれっぽっちも持ってないって、ね。
靴が踏み付けるアスファルトの上に、何処からか飛んで来た葉っぱが一枚落ちていた。
丁度進路の上だったから、敢えて避けることもしないで踏みにじっていく。
しゃりしゃり、という無駄に澄んだ音から、それが枯れ葉だったんだと気付いた。ハイハイ、外見は随分とみずみずしかったのにご苦労な事で。
皮肉な事を考えながらも、俺は枯れ葉の音とその感触に秋を連想した。
それは落葉の季節。夏と冬の中間点。そして、実りと収穫の時期。
汚れなき楽園なんて必要ない。
俺が罪を背負ってでも欲しいと願ったのは、愛と欲に塗れた生の方なんだから。
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「え?」
ちょっと驚いて壁の時計を見上げる。
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翔破
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わたしは可愛いお人形を持っているの。レンという名前よ。
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翔破
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ご意見・ご感想
翔破
コメントのお返し
おおっ、ありがとうございます!
繰り返し読むに耐える作品を書けていたのなら嬉しいです。物書きとしては本当に嬉しいお言葉です!
今後も好きな物を好きなように書いていきますが、その中で一つでも気に入った物を見つけていただければ幸いです。精進します!
2011/03/31 16:04:07
翔破
コメントのお返し
いいですよね!最近はちょっと本家ご無沙汰な邪道な私ですが…
サンホラも好きです。でも歌えるのは四曲ぐらいですね、友人からいろいろとCD借りてはいるものの、なにぶんボカロ熱の方が酷いもので(おい
一番印象が強いのがArkですね。友人が歌ってたので覚えました。設定が良いです。
そして小説まで読んで下さっていてありがとうございます!嬉しいです、精進します。
今後ともどうぞよろしくお願いします!
2011/02/26 18:18:54