「リン、ケッコンしよう!」
白詰草の花冠と白詰草の指輪、そしてシーツのベール。
緑の三葉の絨毯の上で、私は頷いた。
「うん!」
本当は、結婚ってよくわからない。
したからどうなるの?って気もするし、しなくてもいいんじゃないの、って思う時もある。
でも、それがずっと手を繋いで生きていくってことなら…それはすごく、きらきらしたことのような気がする。
きらきらして、ふわふわして、幸せ。
自分でも捉え所がない表現だと思うけど、うん、今はもう全部が現実的じゃないというか夢みたいな感じがして…
私は左手に視線を落とした。
きら、と窓から差し込む光を跳ね返して輝くそれは約束の証。
別に約束に形なんて要らないと思うけど、こうして改めて見ると…自然と笑顔になる。
「リンちゃんー?」
「ぴゃっ!?」
後ろからいきなり声をかけられ、私は驚いて飛び上がる。
慌てて振り向くと、そこにはミク姉が立っていた。
―――いつからいたの!?
頭が一杯だったからなのか、気配を感じなかった。
「み、ミク姉」
「おおーっ、すごく可愛い!え、写真撮っていい?うわぁ、うわぁ、うわぁー!」
どうやらミク姉はやや暴走気味みたいだ。
「頭撫でたい!嫉妬レベルで言うなら、レン君を思わず叩きたくなる位かもしれないよ!」
「嫉妬ってミク姉、大袈裟だよ」
―――女同士だし、姉妹だし、そもそもミク姉だって恋人いるじゃん。
私の心の中のツッコミを察したのか、ミク姉は少しだけ唇を尖らせた。
「だってさ、私を慕ってくれてる可愛い妹が奪われちゃうんだよ?二人が幸せなら私も嬉しいけど、それを考えるとちょっと複雑」
「…それなら分かる気もする」
私は頭の中でミク姉やルカちゃんがお嫁に行くときのことを考えて、軽く頬を膨らませた。
ミク姉やルカちゃんは私の姉と従姉で、一番側にいたって言っても過言じゃない二人。その二人がどこぞの誰かさんの伴侶になってしまうと考えると、これはかなりの衝撃だ。その感覚を頼りにするなら、ミク姉は結構なショックを受けているんだと思う。
―――私、大事にされているんだなあ。
不意にそんなことを感じて、こそばゆくなって頬に手を当てる。
白い手袋は布製で、ちょっと冷たくて気持ち良かった。
「まあでも、リンちゃんとレンくんはねー…こうなるんじゃないかって思ってたよ。小さい頃に一回結婚式やってたしね」
「!」
しみじみとしたミク姉の言葉に思わず固まる。
青空の下、家からシーツを持ち出してこっそり真似たあの式。
確かにミク姉も近くで遊んでたけど…え、見られてたんだ、そして覚えてたんだ!
「あれで、二人とも随分おませだなとは思ったんだよ。そしたらその後はバカップルになっちゃうでしょ?」
「み、ミク姉、」
「隙あらばいちゃいちゃしてるし!いや、嫌ではないのよ。二人共可愛いし」
「ううぅ…」
自分の事って、他人の口から聞くととんでもなく恥ずかしい。
じっとしていることが出来なくて、側に置いてあったティーカップに口をつける。
ルカちゃんには「零したら大変ですよ!」って怒られてしまったけど、緊張した時にはこれが良い。
蜂蜜入りのレモネードが口の中に広がって、私は何とか平静を取り戻した。
またカップを側の机に置いて記憶をさらってみる。
いちゃいちゃとか…えーと、冷静に思い返せば確かにしてたけど、でも割と喧嘩もした。特に私達は二人とも気質が似てるから、退かないときは退かないんだよね。
だから意地になってしまって、しばらく口をきかない事だって何度かあった。でも結局はそれが淋しくなってどちらかが折れてしまう。
しょうがない痴話喧嘩、に分類されるようなものだったのかもしれない。それもどうなんだろうと思うけど。
不意に手を握られて、私は驚いて顔を上げた。
そこではミク姉が悪戯っぽく微笑んでいた。
ミク姉は何も言わない。ただ、笑いながらじっと私を見つめている。
私もなにか言う気にはなれなくて、同じようにじっとミク姉を見つめた。
―――ありがとう。
何を言わなくても伝わるものって、ある。
例えば目から。指先から。空気から。
優しい温もりが伝わって来る。
ぼーん。
静寂の中、柔らかい音で壁の時計が時を告げた。
「…よし!じゃあ私戻るね!」
「うん」
ミク姉が身を翻して扉に向かう。
ふわりと靡いた髪の毛の色と嬉しそうな微笑みが、私の目に残って瞬いた。
緑の芝生の上に敷かれた白い絨毯の道。めーちゃんに腕を引かれながら、私はその道を進んでいく。
注ぐ光は眩しくて、少しだけ肌に痛い。でも、だからこそ世界が鮮やかに息づいているのが良く分かった。命の輝きが煌めく初夏の景色は、私もレンも大好きだ。
真っ白い道の先で私を待つレンの目が少しだけ細くなっている。
眩しいのかな?と思った途端、その口元が動いたのに気付いた。
(綺麗だよ)
…分かっちゃうのが、なんだか少し恥ずかしい。
レンこそ。私も唇だけで呟いた。
他の誰にも気付かれないだろうけど、レンにだけは伝わるはず。そう確信しながら唇を動かす。
これで伝わらなかったら困るんだけど、実際ちゃんと伝わったらしく、レンは少し照れたような笑顔を浮かべた。隣に立つがくぽさんの済ました顔との対比がちょっと面白い。
私はちょっと緊張しながら彼の元に歩いていく。
―――だって、このドレス、裾が長すぎて踏んで転びそうな気がする…。慎重に歩かないと。
どうも私のその懸念も読まれていたらしくて、レンはにやにやしながら私を見ていた。ちなみににやにやしているのは目線だけで、顔はお上品に笑顔を作っている。器用だ。
なんとかレンの隣に辿り着くと、すぐに式が始まった。
ずっと小さかった頃に、私とレンは結婚式の真似事をした。
勿論指輪やドレスなんてなかったから、そこら辺にあるものでそれらしい形にした。
ほとんど何も知らなかった私達。何も持たなかった私達。
でもただずっと隣に居たくて、拙いなりに精一杯真似をした。
空には雲一つ無く、どこまでも高い。
あの時も空はこんな色だった。
健やかなるときにも、病めるときにも。
富めるときにも、貧しきときにも。
これを愛し。
これを敬い。
これを助け。
支え合って生きていく。
神に祝福され、絆を模した指輪を交換し、私とレンは向かい合う。
「では、誓いのキスを」
…どうしよう、今更緊張してきた。
ちょっと様子を伺うようにレンを見る。
彼は一瞬不思議そうにしたあと、得心したように私の肩に手を置いた。
…ええと、衆人環視の中では、ちょっと恥ずかしいよ?
覚悟はしてたし、そんな事言っても周りからは「何を今更」って言われるのがオチだっていう予想も出来るけど、こんな注目されると…流石に…
勝手に温度が上がっていく頬を恨めしく思いながら、招待客の方に「後ろ向いて!」オーラを放ってみる。
当然効果は無かった。
レンは躊躇う事なく私に顔を近づけ、そして啄むような口付けが―――
―――ん?
一瞬自分の香りかと思った。
でも…そうじゃない。
唇に触れるレモンと蜂蜜の香りに、私はレンが何をして来たのか気付いた。
―――なんだ。
思わず私は声を上げて笑いそうになってしまった。
レンも同じことを考えたらしく、目の光が悪戯っぽいものに変わっている。
―――考えることは、一緒だね。
微かな香りが離れていく。
特別なことなんかじゃなかった。私達はこんな時でも私達で、誓いの口付けだって今までしてきたキスと比べて何かしらの違いがあったわけじゃない。
だけど、色んな人が拍手してくれて、ちらっと見たらカイ兄なんてぼろぼろ泣いてて。あ、ルカちゃんがハンカチ貸してる。
なんだろう。
少しだけこそばゆくて…とっても嬉しい。
「リン」
ぎゅっ、と私の白い手袋がレンの白い手袋に覆われた。
「幸せにするから!」
きらきら、とレンの笑顔が輝く。世界で一番素敵な笑顔が、私を見つめている。
胸が熱くなる。
この先何が起きるかなんてわからない。
だけど、君と二人で歩いていけるなら、それはきっと幸せな道程に決まっている。
現実は厳しくて、良いことばかりじゃない―――っていうのも、分かってるつもり。
でも今は信じられる。どんな夢みたいな事も、君と二人なら叶うんだと。
叶えていけるんだと。
泣きそうなのを堪えて、私はその笑顔に大きく頷いた。
初めて永遠を誓った、あの日のように。
「うん!」
きっとこの想いは、今までも、これからも、いつまでも変わらない。
君を見るたびに胸の奥で煌めく、それはきっと幸せのサイン。
小さい頃から好きだったキャンディよりチョコレートより甘くて柔らかくて穏やかな奇跡。
私はレンの真っ白いタキシード姿に抱き着いて、思いきり笑顔を浮かべた。間髪いれずにぎゅっと背中に腕が回るのを感じて、いっそくっついてしまえとばかりに私も腕に力を込める。
きっとこれはありきたりで陳腐な言葉なんだと思う。
だけど仕方ないよね、他に表しようがないんだから。
「レンっ」
少し強い太陽の日差しより温かいその体温が、何より私の心を捕らえる。
君が私を抱きしめてくれている。それだけで十分なのに、
空は青くて、雲は白くて、レモネードは甘くて、
ああ。
なんて素敵な世界なんだろう!
「―――大好きだよ!」
さあ、しあわせになろうね!
ハッピーマリッジイエローに寄せて
マリッジとか言ってる割には、この鏡音は普通に14歳設定のつもりです。
あんまり現実味が無いけど、その分未来への希望に輝いていて眩しいウエディング。そんな感じです。
マクガフィンさんの「ハッピーマリッジイエロー」が可愛すぎてたまらなくなって書きました。聞いてて幸せになる曲です。
でもWEB上にUPされてはいないので、知らない方の方が多いのかな?
最近はこれと、FMAKさんの「革命家の散弾銃」の二つをエンドレスリピートしています。
ジャンルが違いすぎる二曲ですね!
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ブクマつながり
もっと見る「…なんかなー」
「ん?何、どうかした?」
隣に座る女の子…リンの金髪が肩に当たるのを感じながら、首を傾げた。
リンはご機嫌斜め、というか、どこか納得出来ないような顔をして俺の事を見上げて来る。
「いや、なんかレン見てると、『男女の間に友情は育たない』とかなんとか言うような迷信を信じそうになると...楽園に別れを
翔破
注意
・ひとしずくPのおまけmp3と鈴ノ助さんの絵に触発されました
・絶叫系シンクロニシティ
~~~~~~~~~~~~~~
扉が開く音に、リンは振り返った。
殺風景な岩の中に佇む、金の人影。
初めて見るはずの人影にどうしようもない懐かしさを感じ、勝手に瞳が潤むのを感じる。
ずっと昔から知っていた――...シンクロニシテイマス
翔破
「リンー」
「なに、めーちゃん?」
頭だけキッチンから出した格好でめーちゃんが声をかけてくる。私は読み掛けの雑誌から顔を上げて返事を返した。
「あのね、もう夕飯なんだけど、まだレンが買い物から帰ってないのよ」
「え?」
ちょっと驚いて壁の時計を見上げる。
銀の針が示しているのは七時半。別にそんなに遅...なまえのない そのうたは
翔破
(暇だなぁ…)
そう思いながら、レンはテレビを眺めていた。
内容は頭に入っていないらしく、ボーッとした表情からそれが伺える。
現在レンは双子の姉と共に、留守番の最中だった。
当の家主であるマスターは、年長のテトと一緒に買い物に出掛けている。
時計を目にやっても過ぎた時間はほんの30分、帰ってくるのは...飴玉より甘いモノ
欠陥品
「鏡音リンさん」
「なあに、鏡音レンくん」
「またシャー芯全部無くなってんですけど、これどういうことですか」
「へえー、それは大変ねえー」
「反省のかけらもないとかッ…!」
<だって気になるのよ>
私こと鏡音リンと彼こと鏡音レンはクラスメイト。席が隣で班も同じで、なんかこの思春期特有の男女の微妙な...だって気になるのよ 上
翔破
わたしは可愛いお人形を持っているの。レンという名前よ。
私の言うことにはハイ、ハイと頷くとっても従順なおもちゃ。
檻の向こうでわたしに跪づく、とても綺麗なおもちゃ。
そして、何と言ってもレンは生きているのよ。自我だってあるし壊れ難さは段違い。
どうして手に入れたのだったかしら。覚えていないわ。
気付...私的篭ノ鳥
翔破
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